小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 古代呪文ルーラ。
 これは間違いなく『あの呪文』と同じだとアランは感じた。
 十年前。父パパスを屠り、自分とヘンリーを大神殿まで運んだ魔導師ゲマ。宿敵が使用したそれとは比較にならないほど澄んだ光をアランのルーラは放っていたが、それでも胸中は心穏やかではいられなかった。
 上空高くを超高速で飛翔する間、自分の精神力がやすりで削られていく感覚を味わう。アランは顔をしかめた。慣れないための苦痛とはいえ、これほどの呪文をゲマは難なく使用していたのだ。それもアランより数段速く、そしてさらに高く――改めて、自らが仇とする相手の力を痛感する。
 ルーラの光に包まれたアランたちは、唐突に下降線を描いた。これもルーラの効果なのか、風切り音も大気の冷たさも感じない。その状態のまま凄まじい勢いで近づいてくる地面に、アランは「止まれ」と心の中で強く念じた。だが勢いは弱まることなく、アランたちは半ば墜落するように大地に叩き付けられた。
 視界が反転する。
「アラン!」
 地面に降り立った直後、すかさずピエールとチロルが駆け寄ってきた。スラリンも含めて仲間たちは無事だった。地面に横たわり全身を貫く痺れに呻きながら、アランは苦笑いを浮かべる。どうやらルーラによる着地失敗の衝撃はほとんどが術者に向かうらしい。
「大丈夫……くっ!?」
「その様子で何が大丈夫なものですか。今癒やします。チロル、アランを乗せて宿屋に向かいますよ」
「がるっ!」
「アラン! アラン!」
 ピエールがホイミを唱え、チロルが背を向けてくる。スラリンが心配そうにこちらを見詰める中、アランは自らにベホイミの呪文を唱えて、ゆっくりと立ち上がった。途端にピエールが苦言を呈した。
「またあなたは。無理はなさらないでくださいとあれほど申し上げているではありませんか」
「すまない。けれど大丈夫、このまま城に行こう」
「しかし」
「自分の足で歩いて、見てみたいんだ。この街を。そのためにルーラの最初の行き先をここに選んだんだから」
 朝陽が斜に差しこむ目抜き通りを眺める。店の準備をする人がいた。朝の散歩をする人がいた。動物の姿が、飛翔する鳥の煌めきが、そして何より一日の始まりを予感させる活気があった。
 かつてヘンリーとともにラインハットの地を踏んだときとはまったく雰囲気が違うことを、アランは肌で感じた。
「ラインハットは確実に復興している……」
 主のつぶやきに、ピエールは嘆息する。
「いつものことながら、あなたはご自身のことより盟友の故郷のことを気になさるのですね」
「ラインハットを出るときの約束だったからね」
 そう言ってアランは微笑んだ。
 それから一行はゆっくりと目抜き通りを北上し、壮麗な城へと足を進めた。巨大な跳ね桟橋は降ろされ、すでに何隊かの商人が出入りをしていた。彼らの脇を通りながら「確かに、これほど早く活気を取り戻すとは意外です」とピエールがうなずいていた。
 外門を通り抜け、普段一般人は通らない奥の門へ行く。衛兵の姿を見たアランはデールからもらった通行証を取り出すために道具袋を探った。ところがその前に衛兵の方から声をかけられる。
「もし。失礼ですが、貴方はアラン様ではありませぬか?」
「ええ。そうですが」
「おお! やはり。よくぞお越し下さいました。覚えていらっしゃいませんか? 私です。トムですよ」
 アランは目を大きく見開いた。もちろん覚えている。ラインハット国境を守っていた兵士で、ヘンリーのことを昔から知る男だ。
「ヘンリー様のご厚意で、此度、こちらに配置換えとなりまして。まさかその折にアラン様にお目にかかれるとは、これも神の思し召しなのでしょう」
 そう言うとトムは同僚に合図し、何の躊躇いもなく内扉を開けた。アランは慌てる。
「いいのかい、通行証を見なくても……」
「何を仰いますか。あなた様をお引き留めしたとあっては、私がヘンリー様に袋だたきにされてしまいます。さ、どうぞ中へ。謁見の間までご案内しましょう!」
 喜色満面の衛兵を文句を言うわけにもいかず、アランは仲間とともに城内に足を踏み入れた。その瞬間、周囲に漂う喜びと平穏の空気が彼らを包んだ。
 絨毯、柱、調度品、全て綺麗に掃き清められている。だが『華美』と表現するよりは、年月の経過した『落ち着き』を感じる光景であった。
 しばらくトムの後ろを歩きながら、アランはふと声に出して笑った。
「どうかなされましたか?」
「いや。十年前と変わらないなと思って」
 遠く懐かしい思い出を見るアランに、ラインハットの衛兵は微笑みを返した。
 やがて見覚えのある螺旋階段に辿り着く。トムの役割はそこで終わりだった。「謁見のご予定はありませんが、アラン様のお出でとあっては陛下も否とは言いますまい」と、およそ衛兵らしくない台詞を背に受け、アランたちは階段を上った。途中、書類を抱えて忙しそうに駆け下りる文官とすれ違う。額に汗をかきながらも、彼の横顔は生気に満ちていた。
 玉座の麓まで来ると、上にいた大臣と思しき男が怪訝そうにアランを見る。そして次の瞬間大きく目を見開き、奥にいる者に何事かを話した。若干の申し訳なさを抱きながら、アランたちは玉座までの階段を上る。
 最後の一段を踏みしめたとき、すでに青年国王が立ち上がってアランを迎えていた。
「アランさん! お久しぶりです! ようこそお越し下さいました!」
「ごめんね、デール。突然来てしまって」
 思わず常の言葉遣いで応える。敬意を表し膝を突こうとして、当のデールに止められた。青年王の表情はすっかり明るくなっている。それだけでなく、人の上に立つ者の静かな威厳と自信が垣間見えるようになっていた。
 デールはアランの両手を握ると、側近に場を預け、奥の私室へとアランを案内する。以前、偽太后の事件の際デールと話し合った部屋とはまた別の場所だ。玉座の裏にある扉からさらに階上へと上がっていく。
 外光を取り入れた明るい通路を歩きながら、デールは弾んだ声で言った。
「せっかくお越し頂いたのです。ぜひ兄さんたちにも逢ってあげて下さい」
「ヘンリー『たち』?」
「きっと喜びますよ」
 首を傾げるアランに、デールは悪戯っぽく片目を閉じた。

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