小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 窓の外を見たアランはおぼろげに悟る。今登っているのは、謁見の間から繋がる尖塔だ。デールの言葉からすると、ヘンリーの居室はこちらに移ったのだろう。王兄として国政を担っていく者となったことに関係しているのだろうか。
 デールの背中を追い、色々と昔のことを思い起こしていたアランの頬に笑みが浮かんでくる。すると隣のチロルがこちらを見上げてきた。一見大人しくしているが、どことなく浮かない顔付きに見える。
「大丈夫だよ。昔みたいにいじめたりしないから」
 アランが言うとチロルは「ぐるる」と小さく唸った。
 やがて一行は尖塔の奥まった部屋に辿り着く。扉の前には衛兵が立ち、デールに向かって敬礼していた。彼は王の後ろに立つアランの姿を見るなり目元を緩め、自ら道を譲る。
 デールが扉を叩く。
「兄さん、僕だよ。今いいかい?」
「おう、いいぜ。入んな」
 部屋の中から聞き覚えのあるざっくばらんな声が聞こえてきた。デールはアランを振り返ると、まず先んじて自分が中に入った。
「ごめんね、休憩中に」
「いんや。それよかどうした、デール。お前が執務中に抜けてくるなんて珍しいじゃねえか」
「はは。ちょっと大事な用が兄さんにあってね」
 デールに促され、アランはそっと室内に入った。王の外套の先には、見慣れない王族の服に身を包み、見慣れた悪戯っぽい瞳を丸くしたヘンリーの姿があった。彼が何かを言うより先に、デールが微笑みを浮かべて告げる。
「今日はアランさんが訪ねて下さったから、お連れしたんだよ」
「お……おおおっ!」
 妙な大声を上げてヘンリーが飛びついてきた。抱きつき、背に回した手で肩胛骨の辺りをばんばんと強く叩く。
「アラン、アランじゃねえか! いや、久しぶりだなあ!」
「はは。でもそんなに時間は経ってないって。……いてて」
 背中を軽くさすりながらヘンリーと相対する。アランの肩口からスラリンが飛び降り、ヘンリーの頭に登った。
「ヘンリー、ヘンリー! ひさしぶり!」
「おお、スラリン。元気そうだな。どうだ、メタリンとはうまくやってるか?」
「うん。最近メタリン怒りっぽくて困ってるんだよ」
「ぷっ。どうやらお前の方が成長してるみたいだな。何にせよ、楽しくやってそうじゃねえか。結構結構」
「王兄。あなたも相変わらずのご様子ですね」
 ピエールの言葉にヘンリーは苦笑した。
「そのビミョーに引っかかる物言いも変わらずだな、ピエール。ちゃんとアランのこと守ってるか?」
「無論」
「だよな。……で、だ」
 ヘンリーは興味深そうにアランの傍らに立つ獣を見た。
「そのでっかいのはもしかして……チロルか?」
「うん。ラインハットを発った後、旅先で再会したんだ」
 ヘンリーの表情が、どこか遠くを見るものになる。
「そうか。ちゃんと生きてくれてたんだな。よかったぜ、本当に」
 頭を撫でる。彼女は大人しくされるがままでいた。しばらく感慨深そうにしていたヘンリーは、ふと真顔に戻ってアランに言う。
「俺もさ、お前と再会できたら必ず言おうと思ってたことがあるんだ」
「言おうと思っていたこと?」
「実は――」
 と、そのとき。居室の奥の間が開いて、中から一人の女性が姿を現わした。窓から差しこむ外光を受け、波打つ金髪が鮮やかな輝きを放つ。着ているドレスも相まって、見る者を惹きつける美しさが彼女にはあった。
 女性はアランたちを見るなり顔をほころばせた。
「まあ、アランさん! お久しぶりです!」
「マリア? どうして君がここに?」
 ヘンリーを見る。彼は若干頬を赤らめながら真面目くさって咳払いした。
「結婚したんだ。俺たち」
「はい」
 側に歩み寄ってきたマリアも淑やかに頷く。一瞬呆気に取られたアランは、次の瞬間柔和に微笑んだ。
「そうだったんだ。ごめん、お祝いも言えなくて。ヘンリー、マリア。結婚おめでとう」
「よせやい。改めて言われると恥ずかしい」
「あら。お歴々の方々の祝辞にはあんなにも堂々とされていたのに」
「こいつは特別なんだよ」
 がっ、と肩に腕を回される。マリアは口元に手を当て、くすくすと笑った。その仕草がいかにも王家の人間らしく板についている。きっと彼女の人徳がなせる技だろう。
「本当はお前も結婚式に呼びたかったんだが……連絡がつかなかったし、何より使命を背負って旅をしているお前を引き留めるのは気が引けてな」
「そんなの、気にしなくていいのに」
「うん。だから今、思いっきり自慢してやる。どうだ、俺にはもったいないくらいの美人だろ?」
 鼻先に指を突きつけられる。「知ってるよ」とアランは苦笑した。
「本当はマリアもお前のことが好きだったのかもしれんが、そこは勘弁してくれ」
「まあ、あなたったら。アランさんには私よりももっと相応しい女性がきっと見つかりますわ」
 マリアが頬を赤らめる。「な、可愛いだろ?」とのろける親友にアランは笑いながら肩をすくめた。
 デールは公務を理由に謁見の間に戻り、マリアも茶を淹れるためその場を離れる。豪奢な椅子にアランと向かい合って座ったヘンリーは、じっと親友の顔を見た。
「お前もいろいろと苦労しているみたいだな」
「え?」
「顔を見ればわかるさ。俺と旅をしていたときよりもずっと精悍な顔付きになってやがる。でもよアラン」
 真正面から、ヘンリーが言う。
「お前は、その苦労をともにする女性が欲しいとは思わないか?」
 アランは黙り込んだ。
 これまで旅をする中で魅力的な女性に出会ってきた。今、こうして親友が生涯の伴侶を選び、自らの家庭を築いている姿を見ていると、その眩しさに心が揺らぐ。
 仲間モンスターたちはアランの心情を察してか、敢えて黙っていた。スラリンでさえもアランの肩に大人しく収まり、主の言葉をじっと待っている。
 マリアが淹れ立ての紅茶を持ってきた。陶器の器が鳴る音すらもはっきりと聞こえる空気を察し、マリアは静かに礼をしてその場から離れた。
 やがて。アランは静かに首を振った。「今は考えられない」とでも言うように。
 ヘンリーが大きく息をついた。
「母親を助け出すのが先決というわけ、か。しかしアラン。その母親が一番お前の幸せを願っているはずだぜ」
「幸せ……」
「まずお前が、お前自身が幸福になること。それからでも遅くはないさ。お前はもう十分に、幸せになって良い資格があると俺は思うぜ」
 そう言って、ヘンリーは紅茶に口をつけた。

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