アルカパの街が見えてきた。アランはほっと息を吐こうとしたが、ここまでビアンカを背負ってきたせいか荒い呼吸しか漏れなかった。
「う……ううん……」
「ビアンカ!? きがついた?」
「アラン……? あれ、私」
アランの背中でビアンカが目をしばたたかせる。アランは手短に経緯を説明した。話を聞いた彼女は少しだけ顔を青ざめさせ、やがて神妙な声で「……自分で歩く。ありがと」と言った。
しばらく無言のまま、二人並んで歩く。アルカパの街に入り、相変わらず大胆な寝相の門番の脇を通り、宿の扉の前に辿り着くまでビアンカは口を閉ざしていた。
アランはビアンカを気遣った。
「だいじょうぶ? ビアンカ」
「……うん。ごめんねアラン。迷惑かけちゃった」
「いいよ」
「ごめん。痛いとか、お城に行くのが嫌になったとか、そういうのじゃないんだ。だけど、ちょっと……ダメだったなあ私、ってさ」
珍しく落ち込んだ様子の彼女にアランも困り顔をする。こういうときどのように声をかければいいのかわからなかった。
しかし、やはりビアンカはビアンカだった。
扉に向かい合い、大きく深呼吸。家主を起こさないようにゆっくりと扉を開ける。ちょうど席を空けていたのか、受付カウンターに人の姿はなかった。それを確認し、アランを振り返ったときにはもう、彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。
「今日はここまでにしましょ! いろいろあって疲れちゃった」
「うん」
「ねえアラン、明日少し付き合ってもらえる?」
「どうしたの?」
「いや、レヌール城に行くために、もっといろいろ準備しておきたいなと思って。今日の冒険でお金もたまったことだし」
むん、と気合を入れるように拳を握りしめるビアンカ。
「やっぱり冒険は楽しいことばっかりじゃないよね。あぶないこともあるんだ。だから私、がんばるよ。かならず猫さんをたすける。そのためにはもっとがんばらなきゃいけないんだ!」
「ビアンカ……」
「協力してくれる、アラン?」
少しだけ不安そうにこちらを見てくるビアンカに、アランは笑顔で「もちろん」とうなずいた。
翌日。
アランとビアンカは連れだって街へ出かけ、昨夜獲得した資金を使って装備や道具類を整え始めた。一晩経ってすっかり元気を取り戻したビアンカは、念願の『いばらのムチ』を手に入れてご機嫌だった。
宿で早めに休み、夜には街を抜け出す。二人は街の周辺で念入りに戦い方を確認した。素人で、しかも子どものやることではあったが、アランには洞窟での冒険で一日の長がある。ふたりで協力して戦うためにも、戦闘の訓練は必要だった。
そうしてある程度の経験を積んで、早めに切り上げる。さらに夜が明けてから、手が届かなかった分の装備を購入する。同時にレヌール城についての噂をふたりで手分けして集めた。それによると、どうやら城にお化けが棲みついたのは最近のことらしく、夜な夜なすすり泣くような声が聞こえてくるとのことだった。
――こうして、瞬く間に時間は過ぎていく。
本来短期滞在のはずのアランたちがこうまで長くアルカパに滞在できたのは理由があった。
「ぶぇっくしょっい! うぅ……ブルブル」
アランが宿の部屋に戻ると、パパスが寝台に横になったまま盛大にくしゃみをしていた。ビアンカの父、ダンカンの風邪をうつされてしまい、寝込んでしまったのだ。
「お父さん。だいじょうぶ?」
「うう……情けない。アラン、うつすといけないからあまり近づいてはいけない」
「今お薬取ってくるね」
そう言って階下へ降りる。ダンカン夫妻に薬の件を伝えると、残った薬を快く分けてくれた。ダンカンの調子はかなり良くなっていて、寝台から起き上がれるほどに快復していた。
薬を抱え、部屋を出る。そのときビアンカとすれ違った。
真剣な表情で、うなずきをかわす。
『じゃあ、また夜に。迎えに行くから』
『いよいよだね』
そう――
今夜、ついに二人はレヌール城へ乗り込むことに決めたのだ。