「ビアンカ、ビアンカ!?」
呼ぶ。だが返事はない。
部屋の隅に溜まった闇に声が吸い込まれていくようだ。アランは勇気を振り絞り、開いたままになっている棺をひとつひとつ見て回った。
松明の光に照らされ、空中に舞う埃が見える。棺の中は例外なく空っぽで、蜘蛛の巣がはっていて、何より血のように真っ赤だった。
部屋の奥――ひとつだけ、下に降りる階段がある。
松明の光が微妙に届かないそこは、まるで奈落の底に続いているかのようである。声はしない。代わりに、かすかに、ほんのかすかに風の通る音がする。
『銅の剣』を握りしめ、アランは階段の一段目に足を置いた。こつ……という音がはっきりと耳に届く。手すりを握りながら、ゆっくりと降りた。
――心なしか、呼吸をするのが、苦しい。
下の階も松明が燃えている。人影など皆無――やはりここも、ひとりでに明かりが灯ったのだ。幽霊が居着いているという噂は、どうやら本当なのだろう。
左右を見回しながら、アランはビアンカの姿を探した。本当に幽霊がいるのなら、そして、彼女がそいつらに連れ去られてしまったのなら――悪い想像を振り払い、アランはひたすら歩いた。
「……?」
ふと、振り返る。
埃が溜まった床の上に点々と自分の足あとが付いているだけで、背後には誰もいない。大きな石像が通路を挟むように立っているだけだ。明かりはあるのに、闇は濃い。
アランは再び歩き出した。
こつん……ごりりぃっ……
「……っ!?」
再び振り返る。今度は身体ごと、剣を構えながら、だ。
石像が『こちらを向いていた』。
アランは思わず唾を飲み込み、一歩、二歩と後退る。
石像は動かない。穴の開いた目で、じっとこちらを見ているだけだ。だけど、あの目はさっきまでは確かに別の方向を向いていた。
横目に扉の姿を捉える。
ゆっくりと、ゆっくりとそちらへ向かった。視線はまだ、石像と合わせたままだ。
石像は――動かない。
いま気付く。石像が握っている剣。あれは石ではない。本物の鉄だ。松明の光が、そこだけ妙に眩く反射している。
石像は動かない。だが――視線はずっと、アランを向いていた。
手が、扉の取っ手に触れる。握った。回す。がちゃん……と音がして、開く。
冷たい風が流れ込んできた。室内とはまた違った闇が扉の隙間からのぞく。
アランは一気に扉を開けその奥に身体を滑り込ませると、そのまま叩き付けるように扉を閉めた。耳鳴りがした。あまりにも静かな緊張感に、額に汗をかいていた。
雷鳴がとどろく。
背筋が凍るほど驚きながら、アランはふと、どこからか漏れてくる小さな声を聞いた。
『……ぅん……うーん』
「……ビアンカ?」
聞き間違えではない。ビアンカの声だ。うなされているような、苦しげな声だ。
周囲を見回す。そこでまた、冷や汗をかいた。
そこは城の屋上に設けられた――墓場だった。
雷鳴に邪魔をされながら、アランは声のもとをたどる。するとひときわ大きな二つの墓から声が漏れていることを突き止めた。
墓石に耳を当て、ビアンカの声を確認すると、アランは意を決して蓋をはずした。重い石板が、腹に響く低音を上げながらずれていく。
半分ほど開いたところで――
「……ビアンカ!」
「ぷはぁっ! ああ、アラン!」
ビアンカが勢いよく飛び出してきた。
「よかった、ぶじだったんだね」
「すー、はー、すー、はぁぁ……。うん、ありがと。たすけてくれて。とても息苦しくて、しぬかと思っちゃったわ。もうちょっと早く来てくれるとうれしかったのに」
ビアンカの言葉に目を瞠る。意外なほどあっけらかんとしているなと思ったアランだったが、よく見るとビアンカの肩が細かく震えていた。そのときの恐怖を表すように、ビアンカの表情が徐々に沈んでいく。
「あのとき、とつぜん真っ暗になったと思ったらふっと身体が軽くなって。誰かに抱えられているんだって思ったけど、全然姿が見えなくて……気がついたらあの中にいたの。ねえ、アラン。やっぱりここ、お化けがいる……んだよね?」
「……うん」
「……」
しばらくふたり、無言になった。
風が、冷たい。
自らの身体を抱くビアンカに、アランは手を差し伸べた。
「いこう、ふたりで。こんどは必ず、僕がビアンカを守るから」
「アラン……」
つぶやくビアンカに、アランは元気づけるように笑いかけて見せた。