ビアンカを手をしっかりと握り、再び扉をくぐって城の中へ入る。
「……どうしたの? アラン」
「……ううん。何でもない」
両脇に鎮座する石像に目をやりながらアランは短く答えた。
――石像の顔の向きが戻っていた。
いくぶん早足に廊下を歩く。突き当たりにさらに階段があった。煙でも充満しているのかと思えるほど、その先は真っ暗であった。
下りる。
床に足を置いたときには、すでに隣にいるビアンカの姿すら見えなくなっていた。
「……真っ暗だわ。アラン、気をつけてね」
「うん」
さらに強くお互いの手を握りしめ、アランたちは一歩一歩前に進んでいく。だが周囲を完全な闇に包まれていると、次第に自分がどちらの方向に歩いているのかすらわからなくなってきた。
闇はまるで粘土のようにアランたちに絡みつく。
ぎし……
きぃ……
意識しなくても、周囲の微かな音が耳に入ってくる。
何とか壁伝いに向かいの扉まで辿り着いたときには、ふたりともすっかり疲弊していた。
だがレヌール城の怪異はそれだけでは終わらない。
「あら」
扉を開け、光のある部屋に入ったとき、ビアンカが目をこすった。
「いま、あそこに誰かがいたような」
指差す先にはさらに階段があった。どうやらこの城は各階を繋ぐ階段が至る所に設置されているらしい。だがアランが目を凝らしても、そこに人影は見えなかった。
意を決し、階段へ向かう。そこは他と違い、造りが豪華なものだった。螺旋状に上へと続いている。埃の舞う絨毯を踏みしめながら、アランたちは階段を上りきった。
長く、広い廊下が目の前に続く。
「……まるで王様のお部屋みたい。このお城の持ち主さんがいたのかな……?」
ビアンカのつぶやきを耳に、廊下を歩く。その途中、大きな扉のある部屋の前に来た。
物音が、する。
しかも床がきしむような類の音ではない――人の声だ。
泣いている。
息を呑むビアンカの前で、アランは扉に手をかけた。
「ちょ、ちょっとアラン!」
制止を振り切り、部屋の中へと入る。
橙色の灯火がアランたちを包む。とても大きな室内だった。埃を被ってはいるが、調度品はどれもこれも立派な拵(こしら)えで、一目見ただけでもここが身分の高い人の居室だったことがわかる。
恐怖も忘れ感嘆の声を上げるビアンカを背に、アランは何気なく部屋の奥を見た。
「……っ!」
悲鳴を飲み込む。
ソファーの上に、女性がひとり静かに腰をかけていた。まっすぐにアランたちを見つめている。その顔には涙の跡があった。まるで息を吹けば散り散りに消えてしまいそうなほど儚げで――
実際に、身体が透けていた。
ビアンカも気付き、アランの服の裾を握る。その手を握り、アランは女性のところへと歩み寄った。女性はこちらを見つめ続けている。アランは恐怖よりも強く、「何とかしなきゃ」と思った。彼女の目があまりにも哀しそうで、つらそうだったから。
声をかけようとしたその瞬間――
ふい……と女性が顔を逸らした。
代わりに指で、どこかを指し示す。
そしてそのまま音もなく消えていった。
「あ……」
「お化けさん……だよね? でも何だか、とってもかなしそうだったよ」
「うん。僕もそう思った。何でなんだろう。お化けって、もっと怖いものだと思っていたのに、あの人は、なにかちがう感じだった」
「それにさっき、どこかを指差していたよね」
アランとビアンカは顔を見合わせた。
そして二人同時に、同じ方向を見る。
壁の向こう――廊下の奥。女性の指は、この部屋のさらに先を示していた。