小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 自然と小走りになりながら廊下を進む。どのような形であれ、目指すべき場所がわかった分、二人の足取りは軽くなっていた。
 だが、それもすぐに止まる。
「……うわぁ」
 思わず漏れた声。複雑な装飾の扉を抜けた直後であった。
 そこは巨大な吹き抜けの空間となっていた。二、三階分がひとつのフロアで繋がっている。アランたちがいるのは、そのうちの二階部分の渡り廊下だった。
 感嘆の声、ではない。むしろ怖れ、悲痛さを滲ませた苦悶の声だった。
 フロアにいたのは何十人もの人々――すべてが、半透明な身体をした幽霊だった。
 おそらくエリックが言っていたこの城の使用人たちだろう。
 身なりこそ綺麗な服で着飾っている。だがその表情は皆、苦しげでつらそうだった。空中では何組もの男女が踊っている。
『誰か……止めてくれ……』
『身体が、身体が勝手に。もうイヤ……』
 アランたちのすぐそばを通っていた一組の男女。彼らは空中で見事なステップを踏みながら、今にも泣き出しそうな顔で呻いていた。誰も彼もが、彼らと似たような境遇にあった。
 フロアの中央には大きな四角い穴が開いていて、その周囲にモンスターがたむろしていた。
「ひゃひゃひゃっ。そら、踊れ踊れっ」
「おぉーい、メシはまだか。いい加減腹が減ってきたぜ!」
「この城は最高だ! 親分ばんざい!」
 こちらは実に愉快そうに、聞いているだけで背筋が泡立ちそうな金切り声を上げていた。
「アラン」
 ビアンカがささやく。
「これってもしかして、親分ゴーストたちのしわざなのかな」
「うん……きっとそうだよ。あのひとたち、むりやりこんなことさせられているんだ。ゆっくり眠ることもできずに……」
「ひどい」
 口元を押さえ、ビアンカがぽつりと漏らす。アランはその手を握った。急ごう、と率先して走り出す。渡り廊下を駆け抜け、扉をくぐり、階段を下りる。喧噪は遠ざかり、かわりに粘つくような薄暗闇と湿気、そして鼻をつく強烈な臭いがアランたちを襲った。
 涙目になりながら我慢して通路を進む。モンスターの気配があった。かちゃかちゃ……と、食器を運ぶ音がする。アランとビアンカはうなずきあった。
 ――きっとここが厨房だ。
 ふたりは棚の陰に隠れるように慎重に進んでいった。調理台と思しき大きな机に身を隠したとき、どん、と大きな音がした。二人の息が詰まる。
 すぐそばでモンスターが談笑していた。
「お、それが今日のメインディッシュか?」
「いや。親分がとびっきりのごちそうを用意してくれるんだとさ。これはそれまでの繋ぎ」
「そりゃ楽しみだぜ。へっへっへ」
 どきん、どきんと心臓を高鳴らせながら、同時に漂ってくる猛烈な臭気に呻き声を必死に抑える。これは巨大な肉が完全に腐った臭いだ、ぜったい。モンスターはこんなものを食べるのかとアランは辟易した。
 やがて腐った肉を置いたままモンスターはテーブルを離れていく。様子を窺うと、二つの炎がゆらゆらと揺らめいているのが見えた。巨大なろうそく型のモンスター『おばけキャンドル』だ。
 彼らの目がよそへ行っているうちに、アランとビアンカは物陰を飛び出した。身を屈め、厨房の奥を目指す。そこは壁一面が物置棚になっていた。アランたちは極力物音を立てないようにたいまつを探し始めた。ときどき後ろを振り返り、モンスターたちがこちらに気付いていないことを確認する。
 壺をのぞいていたビアンカに袖を引かれた。
「アラン、これ」
 中から取りだしたのは表面に複雑な文様が刻まれた木の棒だった。先端に青く染められた布が巻き付けられ、さらにそれを保護するように銀細工の装飾が施されていた。
「まちがいない。きっとそれだよ」
「ええ。……でも聖なるたいまつをこんなところに置いておくなんて、エリックさんってやっぱり変わっているのね。まちがえて薪に使われたらどうするつもりなのかしら」
 呆れた声を出すビアンカ。アランは苦笑し、それからすぐに表情を引き締めた。
 来たとき以上に慎重に、アランたちは厨房を横切る。幸い、会話に夢中なモンスターたちに気付かれることなく部屋を後にすることができた。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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