「じゃあいくよ、アラン」
「うん」
アランがうなずくと、ビアンカは短く呪文を唱えた。指先に小さな火の玉が出現し、たいまつの先端に移る。すぐに燃え広がり、たいまつは煌々と光を放ち始めた。見るだけで心が落ち着くような、深い青の輝きだ。
厨房を抜けたアランたちは、再びあの漆黒の階へと足を踏み入れていた。エリックのアドバイスどおり、たいまつを暗闇に掲げる。
まるで布に水が染み渡るように、内部の様子がはっきりと見えるようになった。濃く濁っていた闇がどこか苦しそうに隅へ隅へと追いやられていく。
「すごい。エリックさんの言ってたことはほんとうだったんだ」
「ほんとうね。でも……だったら最初からこれを使っていてほしかったわ」
ベランダでのやり取りが尾を引いているのか、ビアンカはどことなく不満そうに頬を膨らませる。二人は寄り添うようにゆっくりと歩き始めた。
遠くモンスターたちの嬌声が聞こえる。
これから彼らを討伐するのだと考えると、自然と身体が固くなった。
だが引き返そうとは思わない。大広間でモンスターに縛られた人々を見たこと、そしてアルカパで待つあの猫のことがアランたちに「ぜったいに退くものか」という勇気を与えていた。
最初にこの階に入ったときにはわからなかった階段を見つける。勢い込んで登っていくアランたちの足が自然と重くなった。
……何か、違う。空気が他よりも重い。
「ビアンカ、気をつけて」
「うん」
間違いない。この先に敵がいる。
階段を上りきると、絨毯敷きの広い廊下に出た。たいまつが壁面に施された精緻な文様を浮かび上がらせる。調度品も階下よりも一段階、豪華に見えた。
行く先に大きな大きな扉が見えた。右手と左手、向かい合うようにひとつずつ。
左手の大扉は開いている。そこから、たいまつに照らされてもなお淀む闇がゆらゆらと漂い出ていた。
アランとビアンカは武器を構えた。まっすぐにその扉へと向かう。
大扉の先は謁見の広間だった。扉の入り口から中央奥の椅子まで赤毛氈(あかもうせん)が続いている。
アランがたいまつをゆっくりとかかげると――椅子に腰掛けた『そいつ』が見えた。
「ほほぅ。これはこれは。珍しい客だな」
粘つく声。麻布を擦る音を立てながら『そいつ』が椅子から立ち上がる。全身を包むローブはところどころ穴が開いていて、そこから白い骨が見えた。『そいつ』は笑う。からからから……と骨同士が擦れ合う乾いた音が響いた。
「おまえが」「……『親分ゴースト』!」
アランとビアンカが唱和する。「そうとも」と『親分ゴースト』は首肯した。余裕たっぷりにこちらへと二歩、三歩歩いてくる。アランの頬に汗が伝った。初めて味わう緊張感だった。
「こんなガキどもが俺たちの根城に乗り込んでくるとはなあ。結構、結構。なかなか旨そうじゃないか。けけけ」
「なんですって」
ビアンカが気色ばむ。すると『親分ゴースト』がにやりと笑った。
「ちょうど俺も子分たちも退屈していたところだ。せいぜい――」
もったいつけたような間。直後、アランは異変に気付き、声を上げようとした。だが。
「――愉しませてもらおうかっ!」
『親分ゴースト』が言い放った刹那。
アランとビアンカの足元が突如として『消えた』。
「……えっ」
「き、きゃあああああっ!」
床に開いた大きな穴にアランとビアンカは為す術もなく吸い込まれる。後にはただ、『親分ゴースト』の嘲笑だけが響いていた。