小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 落ちる。
 落ちる。
 落ちる――!
 長い悲鳴の尾を引きながら、アランとビアンカはひたすら落ち続ける。
 視界の端を、もの凄い勢いで白い何かが過ぎ去っていった。松明――いや、違う。あのホールで目にした、この城の使用人たちだ。彼らの目の前を、アランたちは落下していったのだ。
 やがて床に開けられた大きな穴へと入り込み、さらに下へ。
 衝撃は突然だった。べっしゃあっ、という湿っぽい音とともに落下が止まる。ひどく柔らかく、それでいて水っぽい何かに埋もれる。途端、強烈な臭いがアランたちを襲った。
「けけけっ。来たぜ来たぜ、今日のメインディッシュが!」
 くらくらする頭でその台詞を聞く。顔を上げると、あの『おばけキャンドル』たちが頭の炎を愉快げに揺らしながら哄笑を上げていた。
 じゃあ、ここは台所……? でもメインディッシュって……。
「上の連中がお待ちだ。そーれ、上げろ上げろ!」
「きゃあっ!?」
 今度は台座ごと急激に持ち上げられた。隣でビアンカが声を上げる。
 アランたちが落下したのは料理が盛られた大皿の上だった。元の材料さえ判別のつかない不定形の何かにアランたちは半身が埋まっている状態である。臭いも感触も最悪だったが、おかげで意識を失うこともなく大きな怪我もない。
 だが安堵している暇は彼らにはなかった。
 薄暗い厨房から煌々と明かりの灯るホールへ。アランたちは再び可哀想な幽霊たちが踊る場所へと引き上げられた。そして。
「ひゃっほうっ! メシだメシだ!」
「おいおい、待ちくたびれたぜ! 早く食わせろぉ」
「旨そうなガキどもだ。こりゃあたまらんぜ!」
 アランたちを待っていたのは、何体もの『おばけキャンドル』の群れ――完全に囲まれていた。ロウでできた白いナイフを振りかざし、モンスターがじりじりと距離を詰めてくる。臭いで顔を青くしていたビアンカが、短く息を呑んだ。
 アランは彼女の手を一度、強く握りしめた。
「だいじょうぶ」
「あ……」
「ぼくらはやらなきゃいけないことがあるんだ。だから、戦うんだ。ビアンカ」
 力強いアランの言葉にビアンカは我に返る。「ええ」と彼女はうなずいた。
 ふたりは大皿の上にすっくと立った。「おおっ!?」とおばけキャンドルたちがざわめく。アランは銅の剣を、ビアンカはいばらのムチを手に取った。
「ぼくたちは負けない。かくごしろ、モンスター!」
「うるさいガキだ。やっちまえ!」
 いっせいに襲いかかってきた。アランは一番手前のおばけキャンドルに斬りかかる。
 少年の細腕ながらこれまで何度もモンスターを倒してきたアランの力は、おばけキャンドルの身体を真っ二つに切り裂いた。
「ぎゃあああっ」
「はああああっ」
 返す刀で次のモンスターを屠る。アランの脳裏には今、はっきりと父パパスの後ろ姿が映っていた。
 パパスならどうする? どう動く?
「お父さんはもっとはやい! もっと強い!」
「こいつめぇっ!」
 脇から一体のおばけキャンドルが斬りかかる。アランの反応が若干遅れた。そのとき。
「――、マヌーサ!」
 さぁっ、と周囲を一瞬にして濃い霧が包み込んだ。霧はモンスター一体一体に絡みつき、視界を奪う。さらに――
「げげっ!? ガキが何人もいる!?」
「ど、どうなっているんだ!?」
 おばけキャンドルたちは騒ぎ出した。彼らの目には、霧の向こうから何人ものアランたちが立ち向かってくる幻が映る。慌てふためき、闇雲に幻を追っているうちに、彼らは一カ所に固まり始めた。そこから漏れた者や幻の解けた者は、それぞれアランの剣やビアンカのムチによって倒されていく。
 おばけキャンドルたちがまるでひとつの団子のように固まったとき――
「いくよ、アラン!」
「わかったよ、ビアンカ!」
 ふたりは背中を合わせ、同時に攻撃呪文の詠唱に入った。
 今ふたりが持ち得る、最大の力を持った呪文。
「――っ、燃えちゃえ、ギラ!」
「――っ、かけぬけろ、バギ!」
 ビアンカの手からは溢れる炎の波が。
 アランの手からは鋭い風の刃が。
 おばけキャンドルたちに襲いかかる!
「ぎゃあああああああぁぁぁっ!」
 長い長い悲鳴。
 やがて炎と風が収まったとき、モンスターの姿はすべて消え去っていた。

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ドラゴンクエストVのあるきかた
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