小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 その後、アランは船の中を探検した。乗船してから数日、すでに何度も船内は見て回っていたが、何度見ても面白い。
 例えば風に揺れる帆の様子とか。
 床一杯に敷き詰められた荷物の山とか。
 何故か風呂場で自分を驚かそうとしてくる変なおじさんとか。
 逢う人逢う人、みな笑顔で迎えてくれる。そして誰もが、アランの父パパスはすごい人だと言ってくれるのだ。アランにはそれが何より楽しく、そして誇らしかった。
 だが、その楽しい旅もそろそろ終わりの時を迎えようとしている。
 水平線ばかりだった海に、うっすらと陸地の影が見え始めたのだ。
「港が見えたぞー!」
 マストの先に作られた見張り台で、船員が大声を上げる。にわかに慌ただしくなる船上の直中に立ちながら、アランは興奮と寂しさを同時に感じていた。
「そろそろお別れだな、坊や」
 声をかけられ振り返る。真っ白な服を着た初老の男性が微笑んでいた。航海中、よくパパスと話をしていた船長だ。アランもずいぶんと可愛がってもらった。まるで実の息子のように。
 わずかにうなだれるアランの頭を撫でながら、船長は言う。
「さ……お父さんを呼んできてくれないか。もうすぐ港に着く」
「うん」
 小さくうなずいたアランは駆け出した。客室にいる父を呼びに行く。
 アランから港到着の報を受けたパパスは感慨深そうにうなずいた。
「サンタローズを出てもう二年になるか。早いものだな。まだお前が四つのときだから、覚えていないかも知れないが」
「ううん。僕の故郷だよね、お父さん。覚えてるよ」
「そうか。では、行くとしよう。忘れ物がないようにな」
 そう言うとパパスは部屋を出て行く。父に連れ立って扉をくぐったアランは、ふと背後を振り返った。誰もいなくなった部屋に向かって深くおじぎをする。
「お世話になりました。行ってきます」



 辿り着いたのは、巨大な船体には少々似つかわしくない小さな港だった。
 操舵手の妙技でぴったりと横付けされ、桟橋の代わりに大きな板が船との間にかけられる。アランは父と並んで、その作業を感心しながら眺めていた。
 そのとき、港に人影があることに気付いた。三人。
「ルドマンさん! お待たせしました!」
「ご苦労、船長さん! 相変わらず時間どおりで感心ですな!」
 船長と気安げに会話する港の人物。遠目でも恰幅が良さがわかった。傍らには小さな女の子がふたり、寄り添っていた。
 ルドマンと呼ばれた男が桟橋代わりの板に足をかける。――と同時に、右側にいた女の子がルドマンを追い抜いて船に駆け込んできた。黒髪が海と空の蒼に映える。あっという間にパパスの前まで辿り着く。
 きょとんとするパパスに向かって、黒髪の女の子は気の強そうな瞳を向けた。
「おっさん。邪魔よ」
「お、おっさ……?」
 思わぬ台詞にパパスが目を白黒させる。次いで女の子はアランにも目を向けた。ほとんど睨むような表情ながら、そこに潜む可憐な容貌にアランはどきりとした。
「こらデボラ! 待ちなさい」
「ふんっだ」
 ルドマンの声にも振り返らず、デボラと呼ばれた少女はさらに奥へと駆けていった。彼女が向かったのはアランが唯一、立ち入ることが許されなかった専用の客室がある場所だった。
 ルドマンがようやく板を渡りきる。傍らにはもう一人の女の子がいた。
 アランはまたも、どきりとする。
 大きなリボンと空のような蒼い髪が印象的だった。デボラとは反対に、清楚な華を思わせる可愛らしい女の子である。
 彼女はアランの視線に気付くと、わずかに身体をルドマンに寄せた後、はにかみながら頭を下げてきた。
 ルドマンが恐縮の体でパパスに詫びる。
「申し訳ない、お客人。私の娘がとんだ粗相をしてしまいましたな……」
「いえ。お気になさらず。元気があるのは大変良いことです。……その子もあなたの?」
「ええ。フローラと言います。私はこの子らの父、ルドマンと申します。さ、ご挨拶なさい。フローラ」
「はい、お父様。……初めまして。フローラと言います。さきほどはねえさ……姉が失礼をしました」
「これは驚いた。ずいぶんしっかりしたお嬢さんだ。……っと、失礼。挨拶が遅れましたな。私はサンタローズのパパス。こちらは私の子、アランです」
「は、はじめまして……」
 突然名前を呼ばれ、アランはどきどきしながら礼をした。何だか格好悪いなと思いながら、ゆっくりと顔を上げる。
 ルドマンは「利発そうなご子息ですな」と朗らかに笑い、フローラは先ほどよりも打ち解けた笑顔を見せてくれた。アランは再び顔を赤くしてうつむいた。
 それからパパスとアランは船長に感謝の礼を言い、併せてルドマンたちの船旅の安全を祈った。彼らもまた、パパスたちの行く末に幸多きことをと祈ってくれた。
 船はゆっくりと出航していく。その後ろ姿を見つめながら、アランはふと、偶然出逢った二人の少女の顔を思い出すのであった。

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