船が出てすぐ、パパスとアランの元に駆け寄ってくる人影があった。
「おおっ、パパス! パパスじゃないか」
「あらあら、まあまあ。ずいぶん久しぶりだねえ! 二年ぶりじゃないかい?」
彼らは港の管理をしている夫婦だった。パパスとは旧知の仲である。
しばらく旧友と雑談をしていたパパスは、所在なげに立っていた息子に向かって言った。
「父さんはこの人たちと話があるから、しばらく散歩でもしていなさい」
「うん。わかった」
「よし。だがアラン、港の外には出るんじゃないぞ。危ないからな」
「はーい」
アランは歩き出した。
港は陸から建物だけ突き出たような形になっていて、海面がすぐ側にある。海からの風も気持ちよく、アランは終始上機嫌だった。
ふと、どこからか声が聞こえた。
きぃ、きぃ……という動物の声だ。アランの表情が変わる。その声はどこか、助けを求めているように思えたからだ。
声の主はすぐに見つかった。港の端、木組みの足場がやや崩れているところで、大きなリスが一匹足を取られていた。口には小枝を噛んでいる。どこかにその枝を運ぼうとして誤って嵌ってしまったのかもしれない。
アランが近づくと、リスはさらに甲高い声を上げて暴れた。
じっとリスを見つめながら、アランはゆっくりと言う。
「だいじょうぶ。もう心配いらないよ。キミを助けてあげる」
リスがぴたりと大人しくなる。リスの大きな黒い瞳がアランを見つめていた。
慎重にその身体に手をかけ、アランはリスを解放した。ほっと息をつく。どうやら怪我もないようだ。
「ほら。お行き」
促すとリスは勢いよく駆け出した。微笑みながらそれを見送るアラン。
ところがリスは、港と陸地とを繋ぐ桟橋のところで立ち止まった。アランを振り返り、尻尾とヒゲをぴくぴくと動かす。
「……付いてこいってことなのかな?」
アランが歩き出すとリスも走り出す。アランと一定の距離を保つように、たびたびリスは振り返ってきた。どうやら本当にどこかへと案内してくれているようだった。
桟橋を越えてすぐ脇に林がある。リスはその中へ入っていく。しばらく行くと、何やらこんもりと枝が盛られた場所へと辿り着いた。
そこから数匹の小さなリスが顔を覗かせている。
「ここがキミの家なんだ。立派だね。でもいいの? 僕をここに連れてきても」
するとリスは巣の回りに落ちているものを鼻先で示した。財布やら人形やら、おそらく旅人が落としたであろう品々が土にまみれて転がっているのがわかった。中にはわずかながらお金(ゴールド)もある。
どうやら助けてくれた御礼に持っていけということらしい。
一度は断ろうとしたが、リスが服の裾を引っ張ってまで引き留めようとするので、アランは仕方なく落とし物のひとつを手に取った。
細長い木製の武器――『ひのきの棒』である。おそらくただの枝と間違えて持ってきてしまったのだろう。巣の脇にどことなく邪魔そうに置いてあるのが印象に残っていたのだ。
落とし物の割にはしっかりした加工である。幾重にも布が巻かれた握りの部分に手を添える。見よう見まねで構えてみると、何だか憧れの父に近づけたような気がして嬉しくなった。
リスがきぃ、きぃと鳴く。「気に入ってくれてよかった」と言っているようだった。
「ありがとう。じゃあ、元気でね」
アランはリスたちに別れを言った。元来た道を引き返していく。パパスとの旅で鍛えられたせいか、方向感覚には少し自信がある。
迷うことよりも、父の言いつけを破った形になってしまったことの方が心配だった。
「早く戻らなきゃ」
少し焦りながら、アランは林を抜ける。
その直後だった。
「えっ……?」
目の前にモンスターが現れたのは。