小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ビアンカが大きく息を吸い込む。まるで自分を鼓舞するかのように、力強く一歩を踏み出した。
 腕を、振る。
「いっけぇぇっ、ギラッ!」
 巻き上がる炎。
 ふたつの火の手が正面からぶつかり合った。
 空気がきしむような音が響く。
 額だけでなく、腕からも汗を浮かべながらビアンカは『親分ゴースト』の呪文に真正面から押し返そうとしていた。
「かーっ!」
 相手もその意図に気づいたのだろう。馬鹿にするなと言わんばかりに咆吼を上げる。
 マヌーサの霧が、逆巻く炎に煽られて消えていく。ビアンカの表情が徐々に苦しげなものになっていく。
 そして――
「きゃああああああっ!?」
 どんっ、と爆発音が響き、黒煙が上がった。
 衝撃でベランダはびりびりと揺れ、小柄なビアンカはそのまま地面に叩き付けられた。だが『親分ゴースト』も無事ではない。爆風に視界を奪われたのか、骨だけの目元を押さえて苦悶の声を上げている。
「く、そっ。くそぉぉっ。小娘! よくも!」
 鋭い爪を伸ばしてビアンカににじりよる。その体全体から醜く濁った煙が滲み出ている。それは夜の闇の中でもなお暗く、視界を奪うほどだ。
 ふと、『親分ゴースト』の歩みが止まる。
 何かに気づいて、左右を見る。
「……へへっ」
 膝を突きながら、ビアンカが不敵に笑った。
 どこからか空気を切るような音が――近付いてくる。
「ざんねんでした。わたしは、ひとりじゃないんだから」
 その言葉の意味を理解できず、完全に立ち止まる『親分ゴースト』。
 空気を切る音はどんどん近付いてきて。
 どこから――そう、上から。
 がばっ、と顔を上げた『親分ゴースト』のすぐ目の前に、アランが突き出した剣の切っ先があった。
「――これで」
 驚愕する敵にアランは叫ぶ。
「おわりだぁっ!」
「う……うおおおおおおおっ!?」
 全体重と落下の勢い、そして渾身の力を込めた一撃が『親分ゴースト』を脳天から貫いた。硬い骨を砕く感触にもかまわず、アランは自らの剣に力と思いの全てを込める。
 やがてその切っ先は骨よりもなお硬いものにぶちあたった。キンッ、と甲高い音を立て、同時に落下が止まる。
 上から、下まで――『親分ゴースト』の体を文字通り貫き通したのだ。
 ぶわぁっ。『親分ゴースト』から濁った煙が吹き飛ぶ。
 衝撃によろめきながら、アランは急いで離れる。ビアンカとふたり寄り添うように、固唾を呑んで『親分ゴースト』の様子を窺う。
 しばらく敵は止まったままだった。
「ぎ……」
「!?」
 アランの顔にさっと緊張の色が走る。ぎこちないながらも、『親分ゴースト』がこちらを振り向いたのだ。
 今にも崩れ落ちそうな様子で、心なしか体の下半分も透けているように見える。だが、『親分ゴースト』はまだそこにいた。
 いちはやく、ビアンカが武器を構え直した。「なんどでも……!」と、彼女の瞳には強い意志が宿っている。
 対するアランは『親分ゴースト』の様子を見て取ると、武器を構えることなく数歩、近付いた。目前で、改めて剣を構える。
 そのときだ。
「……ま、まいった……」
 どこか情けない声で『親分ゴースト』はつぶやいた。満足に動けないのだろう。不自然な体勢のまま懇願してくる。
「これ以上やられたら、本当に消えちまう……。もうこの城にはちょっかい出さねえ、子分たちもみんな出て行かせる……だ、だから許してくれ。この通りだ」
「アラン! ダメよ、そんなやつのいいなりになっちゃ!」
 ビアンカが憤慨した声を上げる。
 アランはじっと『親分ゴースト』を見る。アランを見返すモンスターは、心なしかさきほどよりも小さく見えた。
 長いこと見つめ続け、そして『親分ゴースト』がかたときも目をはなさいことを見て取ったアランは、ゆっくりと剣を下ろした。
「いいよ。逃がしてあげる」
「あ、アラン!?」
「でも、もしまたみんなにめいわくをかけたら、そのときはゆるさないからね。ぜったい」
 驚きの声を上げるビアンカを背に、アランはゆっくりと諭すように『親分ゴースト』へ告げた。するとモンスターは脱力したように長い息を吐いた。
 それから――どういうわけか少し親しげに――アランに言った。
「へへっ……ありがとよ。あんた、いい大人になるぜ……」
 その言葉とともに、『親分ゴースト』の姿がすぅっと薄れていった。アランはその様子を見届けた。
 同時に城全体から禍々しい気配も消えていく。
 ――いつの間にか、夜明けが近付いていた。

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