小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ふと、夜明けの光とは別の輝きがアランたちに近づいてきた。
「……エリックさん?」
 驚きの声を上げるアランに向かって、エリックは手を差し伸べた。彼の隣には、あの大きな部屋で見た女性の幽霊が浮かんでいる。彼女はエリック同様、ビアンカに向けて手を伸ばす。
 アランたちは彼らの手を握る。朝霧を掴んだような感触とともに、二人の体はふわりと浮かび上がった。そのまま空中を走り、屋上へと運ばれる。
 そこは、以前ビアンカが閉じ込められていた墓の前であった。
 エリックが穏やかに微笑みかける。
『ありがとう。君たちのおかげでモンスターたちは去った。これでこの城も平穏を取り戻すだろう』
「そんな……」
 アランははにかんだ。一方のビアンカは「あれだけ苦労したのだから、みんなで喜んでくれてもいいのに」となぜか不満気だ。その様子を見て、エリックの隣にいた女性がくすりと笑った。初めて見る笑顔だった。
『……ようやく、この城に朝が戻ってきます。小さな勇者さんたち、本当にありがとう。この城にいる人たちを代表して、私たちがお礼を言います』
「もう、だいじょうぶなんですか?」
『ええ。あのときはごめんなさい。ろくにお話もできなくて……。モンスターの束縛が強すぎて、姿を現すのが精一杯だったのです。でも、これでやっと自由になれる……』
「そうだったんだ……。あれ? でもエリックさんって、ずいぶん自由に動き回っていたような」
 ビアンカが首を傾げると、女性は笑った。今度は困ったような笑顔だった。
『このひとは、昔から奔放なところがあって……モンスターたちも、このひとの強引さにはいささか手を焼いていたみたい』
『こら。何を言うか。それでは私がモンスターより厄介な存在に聞こえるではないか』
 ぶすっと不満を垂れるエリック。アランとビアンカは顔を見合わせた後、声に出して笑った。
 取り戻せたのだ――そう、心から思えた。
 朝日が空に差し込む。レヌール城の屋上から見えるそれは、思わず言葉を失うほど綺麗だった。
『さて……そろそろ行くか。おまえ』
『はい。あなた』
「え、もう行っちゃうの?」
 ビアンカが問う。エリックたちは首を縦に振った。
『私たちは、もう死んで魂だけの存在になっている。モンスターたちに縛られたせいで長くこの地に留まらざるを得なかったが、本来は神のもとへと召されなければならない』
『ここでお別れね』
 女性が再び手を差し伸べてくる。アランとビアンカは、その手をしっかりと握りしめた。手応えはないのに、なぜか手の平がじんわりと温かくなる気がした。
 やがてエリックと女性は、陽光が夜の闇を拭うのに合わせるように、ゆっくりと空へと昇っていった。――音もなく輪郭が消えるまで、アランたちはじっとその行き先を眺めていた。
「……行っちゃったね」
「うん」
「いろいろあって、いたい思いもしちゃったけど……来て、よかったね」
「うん」
 ビアンカがうーん……と背伸びをした。
「さて、と。早く戻らなきゃ。あんまり遅くなっちゃうとお母さんに怒られちゃうわ。あのネコちゃんのことも心配だし。……あら?」
 ふと、ビアンカが墓の根元を見た。
 アランも視線の先を追う。そこには、朝日の反射で輝く大きな宝石があった。その金色の美しい宝石からは、見つめるだけで吸い込まれてしまいそうな不思議な力を感じた。
 ビアンカが宝石を手に取る。
「綺麗な石……きっとエリックさんたちのお礼だわ。もらっていきましょ、アラン」
 はい、と手にした宝石をアランに渡す。アランは首を傾げた。
「宝石だよね? それはビアンカがもっていたほうがよくないかな」
「いいの。これはエリックさんのお礼だけど、私のお礼でもあるもん」
「ビアンカの? どうして?」
「もう、あんがいにぶいのね、アランは。そんなことじゃ、大きくなってもおよめさんが来ないわよ?」
 呆れたように言うビアンカを前にしても、アランには何のことかわからない。そうこうしている内に、ビアンカは半ば無理矢理アランの手に宝石を握らせてしまった。
「とにかく! これはアランが持ってて。私たちが今夜、すごい冒険をしたんだって証に。私たちが力を合わせれば、こんなすごいことができるんだぞっていうこと、アランにはずっと覚えていてほしいから」
「……うん。わかった」
「よろしい」
 にぱっ、とビアンカは笑った。アランもつられて笑った。
 それから二人は歩き出す。
「じゃあ、かえろう」
「ええ。かえりましょう。アルカパに!」

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