小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 翌日――
 小さな子どもたちがレヌール城のモンスターを退治した、という噂は瞬く間に町中に広がり、アランとビアンカはちょっとした有名人になった。もちろん、黙って深夜に抜け出したことについてはビアンカの母親や、何とか風邪から回復したパパスからこっぴどく叱られた。それでも、アランとビアンカはまったく後悔していなかった。
 そして――



「さあ、約束だわよ。あの猫ちゃんを自由にしてあげて」
 町の広場で、例の二人組を前にしながらビアンカは胸を張った。
 堂々とした彼女の態度に、男の子たちは顔を見合わせる。
「まさか本当にたいじしてくるなんて」
「そうだよなぁ。……うん、わかった。この猫はあんたたちにあげるよ。約束だもんな」
 そう言って男の子のひとりが杭につないでいた紐を解き放つ。子猫は男の子に噛みつくでもなく、とことこと大人しくアランたちのところへやってきた。
 ビアンカが子猫の頭を撫でる。
「よかったね。もういじめられなくてすむよ」
「なぁーご」
「あはは。返事したよ、この子。かわいいなあ」
「うん」
 アランは生返事をしながら、じっと子猫を見つめていた。目が合うと、優しく微笑みかける。もうだいじょうぶ、そんな思いを込めた。
 子猫がアランのもとにやってくる。アランもまた、子猫の頭をゆっくりと撫でた。今度は鳴き声も上げず、子猫は大人しくされるがままになっていた。手を止め、アランが踵を返して歩き出すと、子猫は当然のようにその後ろについてくる。
「あ!」
 突然、ビアンカが声を上げた。
「そうだわ、アラン。この子に名前をつけてあげなくちゃ」
「名前、かあ」
「そうね……ゲレゲレっていうのはどう?」
 アランは子猫を見る。きょとんと首を傾げられた。
「あんまり気に入ってないみたい」
「そう? じゃあ、ねえ。アンドレは? これならかっこいいでしょ」
「でも、この子は……」
「なぁに、これでもダメ? うぅーん、それじゃあかわいいやつで……チロル!」
「チロル」
 アランは子猫を見る。大人しく座ってこちらを見ていた子猫は「なぁご」と鳴いた。アランはビアンカに向き直る。
「うん。いいんじゃないかな」
「よし、決定! ネコちゃん、これからあなたの名前はチロルよ。よろしくね!」
「ごろごろ……」
 チロルがビアンカの手をなめる。「あはは、くすぐったいってば」と笑うビアンカをアランは微笑ましげに見つめていた。
 空を見る。太陽は頭上高く上がっていた。そろそろパパスと約束していた時間だ。
「行こう、ビアンカ。チロル。そろそろ戻らなきゃ。お父さんがまってる」
「あ、そうね」
 笑顔で応じたビアンカは、しかしすぐにしゅんとうつむいた。
「でも、もうお別れなんだね。少し、寂しいな」
「だいじょうぶ。となりまちなんだから、すぐに会えるよ」
「うん。そうだね」
「もしよかったら、チロルはビアンカがあずかって――」
 と、そこまでアランが口にしたとき、チロルがビアンカの脇をするりと抜け出した。アランの足元で座り込み、なぁご、と鳴く。まるで抗議しているようだった。
 ビアンカが腰に手を当て苦笑いする。
「ダメよ。チロルちゃんはアランと一緒に居たいって言ってるんだから」
「そっか。ごめんね、チロル」
「なぁご……ぐるぐる」
「ふふ。でも私もチロルちゃんには忘れてほしくないから……これをあげるね」
 ビアンカは自らのお下げを結っていた二本のリボンを外すと、一本をチロルの首に優しく結びつけた。
 もう一本をアランへと手渡す。
「これ、私のお気に入りなの。大切に持っていて。チロルちゃんとアラン、それから私。みんなずっと、ともだちなんだって証だよ」
「うん。わかった。大切にするよ、ビアンカ」
 アランはビアンカのリボンを両手で握りしめた。なくさないように、懐にしまう。
「さ、行きましょう。お母さんたちにこれ以上怒られちゃったらたまらないもの」
 率先して歩き出すビアンカ。すれ違いざま、涙の欠片が宙を舞ったことをアランは見逃さなかった。
 その後、ダンカンや町の人たちとの挨拶をすませたパパス、アラン、チロルは、その日のうちにアルカパを後にした。宿が見えなくなるまでずっとビアンカは手を振り続け、アランもそれに応えていた。








 このときのアランは知る由もなかった。
 気の強い、しかし誰よりも優しいこの幼なじみと再会するまでに、長い長い時間が必要になることなど――


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