小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「しかし、今回のことは父も驚いたぞ」
 パパスからそんな言葉が漏れたのは、サンタローズへの帰路をしばらく歩いた頃だった。
「まさか私が床に伏せている間に、たったふたりでモンスターたちを退治してしまうとは。しかも、話ではそこのボスはかなりの強敵だったという」
「でもお父さん、『親分ゴースト』は僕ひとりじゃ勝てなかったよ。ビアンカや、城のひとたちのおうえんがあったから、勝てたんだ」
 アランはまっすぐにパパスの目を見ながら言う。それは紛れもない本心で、同時に隠すべき事ではないとアランは直感的に理解していた。
 パパスは一瞬、驚いたように目を丸くした。そして、ふっ、と優しく微笑む。
「そうか」
「うん」
 パパスのすぐ後ろを小走りについてくるアラン。その姿は、アルカパに到着したときよりも少しだけ大きくなったように見えた。
「……ところでアラン。その子猫のことだが」
 と、パパスが言いかけたそのとき。
 草むらをかき分けて、突如として巨大なイタチのモンスターが現れた。三匹。威嚇するように荒い鼻息を吐いていた。今にも襲いかかってきそうな気配だ。
「アラン、下がっていろ」
「ううん、お父さん。僕も戦う」
 言うなり、アランは銅の剣を構えた。だが自分から打って出る真似はしない。父の目の届くところで迎え撃つ姿勢を取る。「ふむ」とパパスは感心したように漏らした。
 モンスターが一斉に襲いかかってくる。
 数は多くとも、パパスの敵ではない。あっという間に一匹、斬り伏せてしまう。仲間の亡骸を踏み越えアランへと突進してきた一匹も、アラン自身の剣で退けられた。
 モンスターは懲りずに波状攻撃をしかけてきた。先の二匹をさらに踏み越え、最後の一体がアランへと牙を剥く。
 少しだけ反応が遅れた。躱せない。迎撃もできない。アランは咄嗟に防御の姿勢を取った。
 そのとき。
「ぐるるるぅっ!」
「キィーッ!」
 うなり声と悲鳴が重なった。
 何と、それまでアランの足元に寄り添っていたチロルが自ら前に出て、モンスターに攻撃を加えたのだ。予想外の反撃に油断したのか、首筋に爪の傷を受けたモンスターはあえなく後退する。
 その隙を見逃すパパスではなく、彼は残った二匹をまとめて一刀両断にしてしまった。
「ふぅ……大丈夫か、アラン」
「うん。僕はへいき。でもチロル、すごいじゃないか」
 再び足元に寄ってきたチロルを抱き上げ、アランは驚きの声を上げる。チロルは目を細めながら「なぉん」と鳴いた。まるで胸を張って自慢するように。
 思案げに顎に手を当てていたパパスは、アランにたずねる。
「気になっていたのだが、その猫はアルカパの子どもが拾ってきたのだったな」
「そうだよ。でもいじめられていたから、何とかしなきゃって思ったんだ」
「だがアラン、その子猫はもしかしたら――」
 言いかけ、パパスは口をつぐんだ。
「なに? お父さん。チロルがどうかしたの?」
「いや。子猫にしては勇気と力があるなと感心していたのだ。ただ、まあ……チロルという名前がいかにも何と言うか……ずいぶんと可愛らしい名前をつけたものだと、思ってな」
「え? でもお父さん、チロルは女の子だよ」
「………………なぬ?」
 ねー、チロル、とアランが語りかける横で、パパスは唖然としていた。彼はまじまじとチロルを見るが、可愛らしい子猫という以外、雄なのか雌なのかさっぱり区別がつかなかった。
「アランよ。お前はいつのまに子猫の性別を見分けられるようになったのだ」
「うーん……? なんとなく、かなあ。ほら、目のくりっとしたところとか、ふんいきとか。女の子なのは間違いないよ、お父さん」
「なんと……まあ……」
 しばし呆然としていたパパスだったが、ふいに遠い目をした。
「これもまた妻から受け継がれし素質、なのかも知れぬ」
「お父さん?」
 何でもない、とパパスは言った。
「さあ、先を急ぐぞ。不測の事態で皆には心配をかけているからな。早く戻らねば」
「そうだね。サンチョにチロルのことも紹介しなきゃ」
 アランは笑いながら言った。そうだそうだと言わんばかりに、胸に抱かれたチロルも「なぁるぅ」と鳴いた。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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