小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 サンタローズに到着するや、入り口の番をしていた男が駆け寄ってきた。
「おお、パパスさん! お帰りなさい。なかなか戻られないので心配しましたよ。風邪を引かれたとか。大変でしたね」
「いや、すまない。体だけは頑丈だと思っていたのだが、私も歳なのかな」
「何をおっしゃいますか。疲れが溜まっていたのですよ。ゆっくり休めという神様の思し召しでしょう」
「本当に情けない。皆には心配をかけた」
 そう言ってパパスは頭を下げる。いやいや、と男は手を振った。「坊主もおかえり」という言葉に「うん」とアランは答えた。
「そういえば、先程から気になっていたのだが……その手の物は?」
 パパスが首を傾げる。男の手には侵入者撃退用の槍の他に、なぜか小さな鍋が握られていた。男は鍋をかかげ、苦笑する。
「ああ、これですか? ついさっき、そこで拾ったものでして。どうやらすぐそこの老夫婦のものらしく、これから届けようと思っていたのですよ」
「はて。持ち歩く小物ならまだしも、鍋が落ちていたと?」
「最近多いんですよ。ちょうどパパスさんたちがサンタローズを出られた頃からかな? あちこちの家で鍋やらやかんやら食器やら、およそ落とし物にはなりそうにないものが次々となくなっていまして。そのどれもが、いつの間にか外に転がっているのですよ。そうですね、ちょうど」
 男は宿屋の方向を指さした。
「宿屋のグレイスさんの周辺にぽろぽろと。最初は子どもの遊びだと思っていたのですが、村の子どもたちは皆本当に知らないようで。もちろん、グレイスさんには何の心当たりもないそうです。むしろ、彼自身が一番被害に遭われていることがわかっています」
「ふぅむ……」
「まあ、村の誰かに危害が加わったり、本当に生活に困ったりする事態にはなっていませんので、皆困惑しているところですよ」
「わかった。少し調べてみよう。大事ないとは思うが、万が一ということもあり得る。それから念のため、洞窟の見張りを強化するよう頼んでみてくれ。もしかしたら、いたずらなモンスターが洞窟から出てきているのかもしれぬからな」
「わかりました。お願いします」
 うむ、とうなずくパパス。彼等の会話の間、アランは後ろで大人しくしていた。チロルの毛並みをゆっくりと撫でながらつぶやく。
「ふしぎなことが起きているんだね。でも、いくら危なくなくても、みんな困ってるよね」
「なぁあ〜?」
 チロルが首を傾げる。アランは微笑んで、それから表情を引き締めた。
 もし誰かのいたずらなら、大人よりも僕の方が見つけやすいかもしれない。お父さんひとりで探すより、いたずらした人がはやく見付かるかも。そうしたら、そんなことしちゃダメだよって教えてあげないと。
 ぐっ、と拳を握る。その使命感は、ひとえにレヌール城攻略で身につけた自信があればこそだった。
 自宅の前では例によってサンチョが待っていた。またもや泣き顔である。パパスは彼を宥め、事情を話すとそのまま村の教会へ歩いて行った。村に帰った報告とあわせ、情報収集をするらしい。
「ねえサンチョ。僕もお父さんの手伝いをしに行っていい?」
 アランが言うと、サンチョは少し驚いたように目を丸くした。
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。ここは旦那様に任せておきましょう」
「でも、村の人は困っているんでしょ? 僕だって何かしたい」
「坊ちゃん……」
 ふう、とサンチョがため息をつく。呆れた、というよりも肩の力が抜けた、どこか温かな表情を浮かべる。
「そこまでおっしゃるのなら、このサンチョのお願いを聞いてはくれませんか?」
「サンチョのお願い? サンチョも困ってるの?」
「ええ。旦那様や坊ちゃんがお帰りになられると聞いて、温かい食事でもと思って支度をしていたのですが、つい先程まで使っていた『さじ』がなくなっているのです。たくさんシチューを作っていたのですが」
「え? シチュー?」
 アランの食いつきにサンチョは笑った。
「予備はありますが、あのさじは長い間使っていた愛着あるもの。できれば探して欲しいのです」
「わかった。さじ、だね?」
「はい。見付かり次第、ご飯にしましょう。ですからあまり遅くならないように」
「うん。すぐにもどるよ。いこ、チロル!」
「なぉん!」
 くんくん、と匂いを嗅いでいたチロルに声をかけ、アランは勢い良く走り出した。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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