「ピキィーッ」
草むらから現れた三体のモンスター。青く小さな身体を震わせながら、アランに対して威嚇の声を上げてくる。
「ス、スライム!?」
「ピュキィッ!」
「うわぁっ!」
いきなり襲いかかられ、アランは尻餅をついた。彼の頭があった場所を、一匹のスライムが通過していく。体当たりされたのだ。以外と俊敏なスライムの動きに、アランは背中に汗をかく。
別の一匹が正面から迫ってきた。アランは唇を噛み、右手の『ひのきの棒』を握り直した。
父の姿を思い出しながら、正眼に構える。
「……来いっ」
「キュイィッ!」
アランの声に応じて、スライムが飛び込んできた。アランは目を逸らさず、大きく武器を振り上げた。震える足を叱咤して、一歩前へ踏み出す。
「はああぁっ!」
そして思いっきり振り下ろした。
ひのきの棒のちょうど中心のところで、スライムの身体をとらえる。握りの部分に痺れるような衝撃が伝わってきた。
力が緩み、手放しそうになるのを堪え、最後まで振り抜く。
スライムの身体が吹っ飛んだ。
「……ィ……」
草むらに落ちたスライムは小さく声を上げ、やがて姿が消えた。
アランは荒い息をつきながら、自らの手を見る。
そこにはまだ、先ほどの感覚が痺れとして残っていた。
「やった……!」
会心の一撃――
アランは初めて、自分の力だけでモンスターを撃退したのだ。
だが――勝って兜の緒を締めるには、まだアランは幼すぎた。
「キィィッ」
「あっ!?」
残った一匹がアランの左腕にかみついたのだ。鋭い痛みとともに、左腕がかぁっ、と熱くなる。無我夢中でスライムを引きはがした拍子に、赤い血が空に舞った。
数歩下がって、アランは小さく呻く。先ほどまで感じていた高揚感が急にしぼんでいくようだった。
仲間と合流したスライムが二匹、真正面から迫ってくる。
「これが」
戦い。
父の雄姿を間近で見たときは「何て格好いいんだろう」と思っていた。いつか自分も、と思っていた。
でも、今の自分は――
「キィ、ピキュキィィーッ!」
「……お父さんっ!」
ぎゅっ、とアランは目をつぶる。
そのときだ。
「おおおおぉぉっ!」
勇ましい、けれど懐かしい雄叫びとともに、風がアランの横を通りすぎた。
目を開ける。ああ、とアランは歓喜の声を上げた。
「お父さん!」
「下がっていろ、アラン!」
言うが早いか、パパスは愛剣を手にスライムの一匹に斬りかかった。
その動き、まさに疾風迅雷。
スライムは避けることもできずに真っ二つに両断される。
残った一匹がパパスの方を向く。その時にはもう、パパスは次の踏み込み動作に入っていた。
「むんっ!」
返す刃で雑草ごとスライムの身体を薙ぎ払う。悲鳴も上がらすスライムは全滅した。
恐るべき二回攻撃。
アランは感動に打ち震えるとともに、自らが握っていた『ひのきの棒』を少ししょげた表情で見つめた。
「大丈夫か、アラン」
パパスが近づいてくる。アランは笑顔でうなずこうとして、左腕を押さえた。
「……痛っ」
「待ってろ。すぐに治す。…………、ホイミ!」
かざしたパパスの手から、白く温かな光が漏れる。アランの腕の傷がだんだんと塞がっていった。
そうだ、とアランは思い出す。パパスは剣技だけではない、回復呪文も使えるのだ。アランはまだ、呪文のひとつも使えない。覚えるならまず真っ先にこの呪文にしよう、とアランは思った。
腕の痛みも傷口もすっかり消えてなくなったのを見届けると、早速パパスはアランを叱った。
「アランよ。外に出ててはいけないと父さんは言ったはずだな。言いつけはきちんと守らなければいけないぞ」
「……ごめんなさい」
「ふむ」
すると何を思ったか、パパスは草むらを見た。
「しかし、たった一人でスライムを倒すとは、正直父さんも驚いた」
「……え?」
「だが今後はひとりで危ないことはしないように。いいな?」
「うん」
「よし。では行くとしよう」
差し出された父の大きな手を握り、アランは笑顔で歩き出した。