広々とした草原となだらかな丘をひたすら歩くと、鬱蒼と茂る森と小高い山が見えてきた。そこがアランたちの目的地である。
木々に半ば隠れるように、ひっそりと村があった。
「ようやく着いたか。サンタローズ」
パパスが感慨深げにつぶやく。普段は勇猛で冷静沈着な父だが、どことなくほっとして嬉しそうだとアランは思った。
村の入り口にあたる木組みの門の前には、簡素な鎧を着込んだ男が門番として立っていた。彼は村にやってくる人影に一瞬目を細めたものの、すぐに破顔一笑、満面の笑みで迎えてくれた。
「やあ! パパスさんじゃありませんか! お久しぶりです!」
「ああ。しばらくぶりだった。皆に変わりはないか?」
「ええ、もちろん。おっと、こうしちゃいられない。皆に報せないと!」
言うが早いか、男は門の番を放り出して村へと走っていった。アランはつぶやく。
「お仕事、いいのかなあ」
「はっはっは」
むつかしい顔をするアランに、パパスは声に出して笑った。
父に連れられ門をくぐる。その先の石段を登ると、さっそく出迎えがあった。
「パパスさん、お帰りなさい。二年ぶりですね」
「うむ」
「またうちによってくださいね。良い酒を用意してお待ちしていますから。旅の話を聞かせてくださいよ」
「ああ、楽しみにしていよう」
笑顔で話しかけてくれたのは村で唯一の宿屋と酒場の店主だった。丸々と太った身体にはどことなく、アランも見覚えがあった。
砂利道沿いに歩く。小川をまたぐ小さな橋を越えた辺りで、今度は大声に迎えられた。
「ようパパス! 二年もどこほっつき歩いていたんだ!」
見るからにガタイの良いその男に、パパスは苦笑を浮かべた。
「はは。相変わらず威勢が良いな」
「ったりめーよ。アンタとはまだ飲み比べの勝負がついてねえんだ。付き合ってもらうぜ。ついでに旅先でのあれこれも聞いてやっからよ!」
「うむ。受けて立とう」
がっ、と拳を合わせる二人。口は悪いが、男もまたとても嬉しそうだった。「お、この子があのときの坊主か。大きくなったなあ」と頭をぐりぐりされ、アランは恥ずかしいやら嬉しいやら複雑な気持ちになる。
すっかりずれてしまった帽子を直しながら再び父の後ろをついていく。空は雲一つ無い快晴だ。暦の上ではもうすっかり春である。
しかし。
「……くしゅん!」
「おお、風邪か。アラン」
「ううん。でも、何だかすこしさむいね」
「……うむ。確かにな。季節はとっくに春だというのに、風が冷たい」
パパスが神妙にうなずく。道ばたでは季節外れのたき火をしている人がいた。そういえば来る途中の道沿いにあった畑は、発育が遅れているのか少々寂しい見た目だったことをアランは思い出す。
不思議なこともあるんだなあ、とアランは思った。
「パパス殿」
もうすぐ目的の場所というところで、シスターに出迎えられた。物静かな感じの初老の女性が、往来の真ん中でまっすぐにパパスを見つめている。
「よくぞ戻られました。ご壮健そうで何より」
「はい。皆には心配をかけました」
「これも神のお導きなのでしょう……とまあ、堅苦しい挨拶は抜きにして」
突然、シスターがにっこりと笑った。
「わーい、わーい。パパスさんが帰ってきた! 嬉しいー!」
「シ、シスター……」
「うふふ。嬉しいことを我慢するのは良くないことですよ。さあ、お疲れでしょう。サンチョさんがご自宅でお待ちですよ」
パパスはシスターに深々と礼をした。去り際、シスターがにっこりと笑ってアランに手を振ってきた。何だか嬉しくなって、アランもまった満面の笑みで手を振り返した。
教会へと続く道の脇に、アランたちが目指す家がある。
質素だが立派な造りの家の前で一人の男が立っていた。その姿を見て、パパスとアランの表情が自然と緩んだ。