小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 戦いの様子をザイルは呆然と眺めていた。
 雪の女王がモンスターであったことも大きな驚きだったが、それと同じくらい、敢然と立ち向かっていくアランの姿に衝撃を受けた。
 あの少年は何と言ったか。ザイルを酷い目に遭わせた、それが許せない、と。
 自分と同じ、人間の子が。ただ甘言に操られて全てを拒絶した自分、それにも関わらず友達になろうと言ってくれた、あの少年が。
「……くっ」
 ザイルは立ち上がる。こうして見ているとわかる。アランの実力はザイルより上だ。仮にアランたちと戦っていたとしたら、敗れていたのはこちらだろうと思う。
 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
 そう、今は――
「ザイル!」
 ベラの声に振り向く。必死の形相の妖精族が、ザイルに向かって怒鳴ってきた。
「これでわかったでしょう!? あなたは操られていたの! あなたが私たちからだけでなく、ゴースさんの元からも離れたきっかけを作ったのは、あいつ!」
「……ああ。よっくわかってるさ! でも、だから俺にどうしろって言うんだよ!」
「逃げなさい!」
 意外な言葉にザイルは目を大きく見開いた。ベラは重ねて叫ぶ。
「逃げなさい、ゴースさんのところへ! そして全部話すの。時間はかかるかもしれないけれど、きっとみんなともわかりあえる。ポワン様も許してくださるわ!」
「お前……なんで」
「決まってるでしょそんなこと!」
 アランの補助をするためしきりに呪文を繰り出しながら、ベラが言った。
「あなたはアランの友達! 友達を助けるのは姉の役目よ!」
「あ、ね?」
「さあ早く! 何とか保たせるから、今のうちに逃げるのよ!」
 その声とともにかしの杖を大きく振りかぶる。流れるような詠唱の後に、ベラは仲間たちに合図した。
「アラン、チロル! 離れて! 行くわよ!」
 ギラ――火炎呪文が迸る。
 床を焼く音とともに蛇のごとく炎が走り、雪の女王に絡みついた。見た目通り、炎の魔法は苦手らしく顔面を押さえてのたうち回る。ベラの顔に会心の笑みが浮かんだ。
 だがザイルは見逃さなかった。何とか顔面の炎だけ取り去った雪の女王が、その口を大きく開けていたことに。白い燐光を纏った空気が女王の口から体内へ取り込まれていく。
「やばい!」
 気がついたときには走り出していた。
 床に突き刺さったままの斧を手に取り、振りかぶる。
「アラン、ベラ! 防御しろ!」
「え!?」
「『アレ』が来る!」
 アランたちが構えを取る姿を確認する前に、ザイルは斧を放り投げた。鋭く回転する刃が雪の女王の顔面に激突する。
 ――その直後に、来た。
 真円に開かれた雪の女王の口から、凍てつく氷の息が放たれたのだ。
 ザイルの攻撃によってのけぞった雪の女王は、アランたちに直接氷の息をぶつけることができなかった。しかし、撒き散らされた冷気の風はアランたち全員に容赦なく襲いかかった。
「うわああっ!」
「きゃああっ!」
 アランとベラの悲鳴が重なる。チロルとザイルは顔を守り蹲っていたが、それでも凍てついた体は鋭い痛みを訴えてくる。
 やがて氷の息が止む。
「……ぐ……ひゅ。ザイ、ル」
 長い髪の間から雪の女王が鋭い視線を向けてきた。
「ザァアイルゥゥウ……よぉおくもぉお……」
「へん! 先に裏切ったのはそっちだろ!」
 痛みを堪え、強がりを言う。この宮殿を氷漬けにした力を見てきたからこそ心構えができたが、だからと言って無事に耐えられるかどうかは別問題だ。
 まずいかもしれない、という思いがちらと脳裏をよぎる。
 そのとき、ザイルの体が温かな光に包まれた。驚いて振り返ると、いち早く仲間の治療を行っていたアランが、ザイルに向かってホイミを唱えていた。
「ザイル、君もケガしてる。治すよ」
「アラン……」
「君のおかげで僕たち助かったんだ。ありがとう」
 その言葉を聞き、そしてアランの真っ直ぐな瞳を見たザイルは、不覚にも涙ぐみそうになった。
 アランと二人、肩を並べる。ザイルは言った。
「相手は強ぇーぞ、覚悟はいいか」
「もちろん。僕らはみんなで帰るんだ。だから負けないよ」
 ザイルは予備の短剣、アランは銅の剣を構え、いまだ呪詛の声を漏らす雪の女王に対峙した。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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