小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「愚か……愚か、愚か、愚かっ!」
 雪の女王が髪を振り乱した。
「何と言う、愚かさ! 何と言う、不快さ! 虫酸が走ります、お前たち!」
「別にあんたに好かれようなんて思っていないさ。今はもう、な!」
 ザイルが啖呵を切る。彼の意気に合わせ、アランもまた剣を構え直した。その横にはチロルが控え、さらに彼らの背後にはベラがかしの杖を胸に抱き、雪の女王を睨みつけている。
 雪の女王は嘲った。
「私の言葉を聞いたとき、泣きそうな瞳で縋(すが)ってきたのはどこの誰でしょう? まったく、忌々しい」
 挑発に一歩前へ出ようとしたザイルをアランが制する。無言で首だけを横に振った。居たたまれなさのせいか、歯を食いしばり顔を赤くするザイル。だが、飛び出すことだけは自重したようだ。
 悪ぃ、アラン――そんなつぶやきが聞こえ、アランは小さく微笑んだ。
 すぐに表情を引き締める。
 雪の女王が三度、飛びかかってきたのだ。
 女王は空中で氷呪文ヒャドを唱える。鋭い氷柱が後列にいるベラ目がけて飛んできた。
「ベラ!」
「大丈夫!」
 避けるどころか、彼女はかしの杖を大きく振りかぶる。裂帛の気合を込めるように、大声で呪文を詠唱した。杖の先から炎が溢れ、火炎呪文ギラが氷柱を迎え撃つ。
 溶けた氷が蒸気となり、周囲はマヌーサをかけたように視界不良となった。
 霧をかきわけ、雪の女王が氷の拳を握り込む。息を呑むベラに向かって、女王は真っ直ぐに拳を突き出してきた。
「………………かふっ……」
 ベラの喉から息が絞り出される。
 眉間の正面に、雪の女王の拳があった。よろめくベラから血が一筋、宙に舞う。彼女はそのまま膝から崩れ落ちた。
 雪の女王は作り物めいたその口元を真一文字に結んだ。
 真円の目が白く白濁し、雪中から漏れ出したような呻き声とともに睨みつけてくる。
「おのれ」
 雪の女王は言った。
「こしゃくな、小僧だこと」
 単語で区切るように漏らした言葉。その声をアランは静かに聞いていた。
 ――雪の女王の傍ら、その横腹に銅の剣を突き立てた状態で。
「こうなれば、お前たち全員――」
 大きく息を吸う雪の女王。再び冷気が結晶となって吸い込まれていく。
 アランは叫んだ。
「チロル!」
「にゃああああっ!」
 渾身の力を込め、雪の女王の肩口から下腹の辺りまで、チロルは両の爪で二度にわたって切り裂いた。硬直する女王。冷気はどんどん濃く、大きくなっていく。アランは自分の意思とは関係なく体が震え出すのに気づいた。
 雪の女王の手がアランの頭を鷲づかみにする直前、反対側からザイルが短刀を女王の脇腹に突き立てた。万感の想いを込めるように、力強く握り、ひねる。
 雪の女王の顔が天井を向いた。氷の息を吐くために冷気を集めている彼女は言葉を発することができない。だが女王にとって、まぎれもなく、必殺の一撃だった。
 ――一撃と、なるはずだった。
「……私を、忘れないでほしいわね」
 額から薄く血を流しながら、ベラが片膝を立てる。かしの杖を支えにして、彼女は高速で言葉を紡ぎ始める。
 杖の突端、その先には雪の女王の顔面がある。
 不自然に鋭い顎先に向かって、ベラは力強く呪文をとなえた。
「――。これで、終わり、だぁぁぁっ!」
 溢れる熱気、迸る炎。
 残っているありったけの精神力をこめた、ベラのギラ。それは雪の女王の胸元を直撃し、再びその熱の虜にした。
 同時にアラン、ザイルが声を振り絞る。
 一歩前へ踏み出す。
 歯を食いしばり、己の武器をさらに深くねじ込む。
 呪文の熱で顔面が焼けそうになるにも関わらず、彼らは叫び続けた。
 やがて、そのときがくる。
 雪の女王の口元で凝縮されていた冷気が一気に爆発した。天を向いた女王の口から、とめどなく冷気が溢れ出て白い光の柱を作る。
 まるで噴水が勢い良く、そして高く伸び上がるように。
 雪の女王の魂すら飲み込んで、白い光は輝きを強めた。それは天へと昇り、薄暗さの原因とも言えるであろう黒い膜へとぶつかって、はらはらと落ちてくる。同時に、北の宮殿を覆っていた膜の黒さが、また別の色となっていく。
 降り積もる光。
 それはまるで、雪のように。そして雪が水となって、やがて消えていくように。
 雪の女王の姿は、細かな燐光となって流れていったのである。

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