小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 みな、同じ姿勢のまま固まっていた。
 アランとザイルは自分の武器を突きだしたまま、ベラは両の手を天空に向けたまま、そしてチロルは、そんな主たちの顔を見上げたまま。
 ただ荒い息だけが彼らの間で谺する。
「や……」
 アランの両腕からゆっくりと力が抜けていく。
「やった……?」
「あーっ、ちくしょうっ。終わったぁ!」
 ザイルが半ば自棄になったように叫びを上げ、仰向けに倒れる。ベラもまた、へなへなと膝から崩れ落ちた。
「……ふぅ。疲れたぁ……あ痛、いたた……」
「ベラ、だいじょうぶ?」
 アランが駆け寄りホイミをかける。額の傷口はゆっくりとふさがり、アランは彼女の血を拭った。ありがと、とベラが微笑む。
「やったのね、アラン」
「うん。雪の女王はもういないんだ」
「ええ。……ザイルも、お疲れさま。それと、ありがとう」
「な、何だよいきなり」
 ベラから声をかけられ、ザイルがうろたえる。彼女は苦笑した。
「あなたがいなければ、私たちはきっと雪の女王に勝てなかったわ。力を貸してくれたことに感謝しているの。それにこれまでのこと、やっぱり謝らないといけないし、ね」
 ふん、とザイルは寝返りを打ち、ベラに背を向けた。むっ、とするベラの肩に手を置き、アランが微笑む。照れているのがアランにはわかったからだ。
「おい、見てみろよ」
 誤魔化すようにザイルは言う。
「空が、元に戻ってきたぜ」
 アランたちは上空を見上げる。黒い膜は取り払われ、眩い日の光が降り注ぐ。反対に床はかつての輝きを失い、陽光を柔らかく受け止めるようになっていた。
 地面を覆っていた氷が、ゆっくりと溶け始めていた。
「やっぱり、宮殿の氷は雪の女王の仕業だったんだね」
「そうね。さあ、アラン。まだ大事な仕事が残っているわ。春風のフルートを」
 アランはうなずく。するとザイルが立ち上がり、「こっちだぜ」と祭壇の中を案内してくれた。
 祭壇は、アランの家の地下室ほどの広さがあった。祭壇の奥に大きな箱が置かれている。ドワーフ製のものらしい重厚な箱から、薄く黒煙が上がっていた。
「ちょっと、これは一体……!」
「ああ、大丈夫だ。雪の女王が箱にかけていた封印が解けているんだよ」
 ザイルが説明する。春風のフルートを受け取った雪の女王はすぐさまこの箱の中に入れ、封印を施した。どこかに運び込むつもりだったらしい。「危ないところだったわね」とベラが言った。
 黒煙が完全に消え去ったのを見届けてから、ベラが箱に近づく。ゆっくりと蓋を開けた。
 途端に柔らかな光が溢れ出てくる。まるで太陽を閉じ込めたように、光は部屋全体を包んでいく。心地良い温かさが体に染みた。
 仲間たちを振り返ったベラは満面の笑みを浮かべた。そして箱の中に慎重に手を入れる。
 彼女の手に握られて出てきたのは、桜の枝のような形をした、一本の楽器だった。その美麗さにアランたちの口から自然とため息が漏れる。
「間違いない。これこそ春風のフルートだわ」
「すごい。やったね、ベラ」
「ええ! これもみんなのおかげよ。ようやく世界に春を呼ぶことができるわ!」
 胸元に春風のフルートをそっと抱く。ベラの目元には涙が浮かんでいた。
 アランの隣で頬を掻いていたザイルが、ふと背を向ける。
「ザイル?」
「俺ができるのはここまでだ。後はお前たちで上手くやってくれよ」
 手を振る。ベラが慌てた。
「ちょ、待ちなさいよ。せめて妖精の村までは一緒に行きましょう」
「やだよ。お前らは違うかもしれないけど、俺はまだ、妖精を完全に信用したわけじゃないんだ」
「まだそんなこと言って……」
「嫌ったら嫌だ。それによ……急いで帰らないと、よ」
 急に落ち着きをなくすザイルにアランは首を傾げる。
「帰らないと、なに?」
「…………爺ちゃんに、怒られる。きっと、すっげー怒られる」
 うわぁやばい、とザイルは両手で体を抱いた。『爺ちゃん』ということだから、きっとゴースのことをだろうが、あの人はそんなに怖い人だろうかとアランは思った。
「ああっ、こうしちゃいられない! 早く帰って謝らなきゃ!」
「ザイルってば!」
「じゃあなお前ら! ちょっとの間だったけど、お前らに会えて良かったぜ!」
 ぶんぶんと手を振り、瞬く間に駆け去っていく。その後ろ姿に向かってベラが「ちゃんとポワン様のところにも行くのよー!」と声をかけると、彼は手だけを振って応えた。
 ベラが苦笑する。
「ちゃんとわかってんのかしらね、あの子」
「きっと照れてるんだよ」
「そうね。ザイルはもう大丈夫、かな」
 微笑む。
 ベラが手を差し出してきた。
「さ、帰りましょう。村では英雄をお待ちかねよ」
「そんな。僕は」
「いいからいいから。さ、出発!」
 上機嫌な姉代わりの妖精に引っ張られるように、アランは歩き出した。例によってチロルが抗議するように唸る。
 彼らの頭上で、空は抜けるように深く爽やかに広がっていた。

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