小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 北の宮殿を抜ける途中。
 アランたちは不思議な一団に出逢う。
「あれは」
「モ、モンスター!?」
 そう。そこに勢揃いしていたのは、さまざまな種類のモンスターたちだった。骨の体をした『カパーラナーガ』、黄色が目にも鮮やかな『ドラキーマ』、巨大な角を持った兎『アルミラージ』――多種多様な姿が一堂に会し、アランたちを見つめている。
 ベラが全身を緊張させる。だがアランは剣の柄に手をやることもなく、静かに微笑んだ。
「だいじょうぶ。あの子たちは敵じゃないよ」
「どうしてわかるの?」
「目がそう言ってるから。むしろあれは」
 アランが手を振ると、モンスターたちは体を弾ませて応えた。
「喜んでるみたい」
「どうして……? 彼らはモンスターでしょう?」
「きっと、あの子たちはいじめられていたんだよ。あの雪の女王に」
 そばを横切っても、彼らは手出しをしない。アランたちが北の宮殿を出て、その姿がすっかり見えなくなるまで、モンスターたちは各々の鳴き声をもって見送ってくれた。
 ベラが感心したようにつぶやく。
「なるほど。だからあのとき、音はしたのに何も襲ってこなかったのね。雪の女王の影に怯えて、私たちの様子を見ていたんだ。……にしても、やっぱりアランはただ者じゃないわね」
「どうして?」
「だってそうでしょ? 初めて見るモンスターたちの心を一瞬で見抜いてしまうんだもの。改めて考えると、あなたが大きくなったときが楽しみというか、空恐ろしいくらいだわ」
「何か、ほめられているように聞こえない」
「だいじょうぶ。あなたは凄い子だって私は言っているんだから。胸を張りなさいな」
 ばん、と背中を叩かれる。にゃお!?と抗議の声を上げるチロルにも笑いかけ、ベラは先頭を歩き出す。その手には春風のフルートが大事に抱えられていた。
 背中の痛みに涙目になりながら、後ろ姿からでも喜びが伝わってくるベラの様子に、アランはゆっくりと肩の力を抜いた。


 ――村に帰っての反応は、おおよそアルカパと似たようなものだった。
 いや、人間の、それも小さな子どもが成し遂げた偉業と言うことで、その注目度はさらに上だった。違うのは、周囲に集まるのがみな見目麗しい妖精族ばかりという点で、アランは大いに戸惑った。
 群がる彼女たちを押しのける役割をベラが買って出る。
「はーいはい。どいてどいて。急いでポワン様のところへ行かなきゃいけないんだから!」
「あーん、ベラ。もうちょっと見せてよ。小っちゃい勇者さん」
「だぁーめ!」
 あからさまに邪険にするベラ。
 しかしアランはしっかり見ていた。そうやって村の人からアランを守っているとき、口では迷惑そうにしていながらも表情はしっかり笑顔だったことを。同時に笑顔の中にも、一抹の寂しさのようなものがよぎっていることを。
 このような騒動に揉まれた後だったから、村の中央の巨木に辿り着き、ポワンを前にしたときは正直、ほっとしていた。
 打って変わって恭しく春風のフルートを差し出すベラ。ゆったりとした仕草でそれを受け取ったポワンは、まさしく春を呼ぶ者に相応しい可憐な笑みを浮かべた。
「よくやってくれました、アラン。心から礼を言います。ありがとう」
「よかったです。みんなも喜んでくれて」
「ええ。北の宮殿でのことはベラから聞きました。ザイルとも友誼を結んだと。やはりあなたにお願いをして正解だったようですね」
「ポワンさん、ザイルは悪くないんです。ただ、その」
「わかっています。いずれ、私からあの子のもとを訪ねましょう。双方の誤解、話し合えばきっとわかってもらえると私は信じています」
「ありがとうございます! よかった」
「ふふ……。本当に素直ないい子。村の皆がこれほど浮かれるのも、分かる気がしますね」
 口元に手を当ててポワンが笑う。その隣に控えたベラが明後日の方向を向きながら頬をかいていた。
「そう、あなたはそれだけ大きなことを成し遂げてくれました。私の無茶な願い、聞き届けてくれて感謝します。――さて」
 ポワンの表情が引き締まる。凛とした気品を身に纏い、ポワンは春風のフルートを構えた。それだけで、場の空気が神聖なものに変わる。
「これでようやく、人間界にも春を呼ぶことができます。そこでアラン、ひとつ、あなたに約束をしましょう」
「約束?」
 ポワンは目を柔らかく細めた。
「この先、あなたが困ったとき、私を訪ねてください。必ず力になります。約束ですよ」
 しばらく呆気に取られていたアランは、やがて満面の笑みでうなずいた。ポワンもまた、うなずきを返す。
 ふとベラを見ると、彼女はこちらに向かって何度もうなずきかけながら目尻一杯に涙を溜めていた。それを見た瞬間、アランはここでの役割が終わったことを強く意識した。
 ありがとう、ベラ――そう、口の動きだけで伝える。
 また会おうね、アラン――ベラは、そう返してくれた。
 無言のやり取りを見届けたポワンは、そっと、春風のフルートに唇を当てた――

 
 アランはそのときの光景を目に焼き付けた。
 世界に温かな春の風と、光と、そして色彩が広がっていく、神秘的で、涙が出るほど壮大なひとときを、生涯忘れないと心に誓う。
 それはまた、妖精の村で苦楽を共にした、姉のような人との別れのときだったから。
 そして。
 アランとチロルは、桜色に染まった妖精の村を、その日のうちに後にした――

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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