小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ひんやりとした地下室の空気が、どこか懐かしい。
 人間界に戻ったアランは、改めて妖精の村のことを思い出した。「夢みたいだったな」とつぶやいたとき、目の前にはらはらと舞い降りる小さな欠片があった。
 手を差し出すと、欠片は吸い込まれるようにアランの掌に収まる。
「あ……」
 それは一枚の桜の花びらであった。地下室の天井から降ってくるなどまずあり得ない、小さな小さな春の便り。
 微笑み、花びらをぎゅっと握りしめる。間違いなく夢じゃない、そう心に刻み込み、アランは晴れやかな気持ちで歩き出した。
 ところが地下室を出た途端、血相を変えたサンチョに掴まってしまう。
「ああ、坊ちゃん! こんなところにいらっしゃったのですか! お姿が見えないからてっきり先に行かれたかと」
「ど、どうしたのサンチョ」
「ええ。先ほどラインハットの城から使者の方がいらっしゃって。なんでも、国王様が直々に旦那様をお招きしたいとおっしゃられている、と。旦那様も私もずいぶん坊ちゃんを探したのですが……たった今、旦那様は村を出られました!」
「ええっ!?」
「急げばまだ間に合うかも知れません!」
 その言葉を聞き、アランは取るものも取らず慌てて家を飛び出した。せっかく父が自分も連れて行くつもりになってくれていたというのに、置いて行かれておしまいではあんまりだ。
 急く気のままに一歩外へ足を踏み出す。その途端、アランは「あっ……」と声を漏らして立ち止まってしまった。
 温かな風と共に目に飛び込んできたのは、枯れ木のようだった桜にぽつぽつと花がついている姿だった。ポワンと春風のフルートの力は、本当にこの世界に春を呼ぶものだったんだと実感する。
「……っと、いけない。お父さんを探さなきゃ!」
 頬を叩き、再び走り出そうとする。すると広場でたき火をしていた男性がアランに気づいて声をかけてきた。
「お、アラン。パパスさんを探しているのかい?」
「うん。急いで追いかけないと、置いて行かれちゃう!」
「はて。パパスさんなら教会の方へ行かれたぞ。何でも旅に出る前にお祈りをしていくんだとか」
「……え? そうなの?」
 男性の指差す方向を見つめ、アランは肩を落とした。それならば急ぐ必要はない。心配してちょっと損したなと思いつつ、男性に礼を言って、今度はゆったりと歩き出した。
 教会の前に着くと、若いシスターが何やらきょろきょろしていた。何をしているのか気になったが、まずは父に会うのが先だと思い、声をかける。
「こんにちは。お父さんは、まだ中にいますか?」
「……、……」
「あの? シスターさん?」
「はい!? ……あ、何だ。パパスさんのところのアラン君じゃない」
 あからさまに落胆した様子がさすがに引っかかり、アランは尋ねた。
「どうかしたの?」
「ううん。別に何でも、ないんだけど。うーん……」
 言うなり、またきょろきょろと辺りを見回す。
「何かさがし物? まだ何かなくなっているの?」
 ベラはもう妖精の村に帰ったはずなのに、とアランは首を傾げる。するとシスターは「そうじゃなくて」と首を振った。なぜか顔が真っ赤だ。彼女は意を決したように言う。
「ねえアラン君。ちょっと前に教会の前にいた男の人、知らない?」
「男の人?」
「そう。背が高くて、逞しくて、おまけに凄く格好いい素敵なひとよ。ああ……、どこに行かれたのかしら……」
「うーん」
 記憶を探る。するとひとつだけ思い当たることがあった。
 あれはベラに出会う直前、サンチョの『さじ』を探して村中を歩き回っていたときだ。
 ちょうど今、シスターが立っている場所に、ひとりの男性が佇んでいた。身なりこそ冒険者然とした薄汚れたものだったが、身に纏う雰囲気は明らかにただの旅人ではなかった。どこかパパスに通じるところがあると感じたアランは、思わず彼に話しかけた。
 そのときのことを伝えると、シスターは飛び上がって喜んだ。
「そう! その人よ! いつの間にかいなくなっちゃって。どこに行ったか、知らない? ああ、そうじゃないわね、どこに行くつもりだとか、そんなことは話さなかった?」
「僕はちょっとお話ししたぐらいだけど、そういうことは言ってなかったよ。あとは……」
「あとは? 何かあるの!?」
「……うーん、別にないや」
 アランが苦笑すると、シスターはなぁーんだ、と慨嘆した。よほど期待していたらしい。申し訳ないと思いながら、アランは再び、あの風変わりな男性のことを思い出していた。
 確かにあの人は、シスターが望むような話はしていなかった。他愛のない世間話で済ませられるものであったし、そんなに長い時間立ち話をしていたわけでもなかった。
 あとは、強いて言えばアラン自身がちょっとだけ気になったことがあったぐらいで――
「あ、いっけない! お買い物頼まれているんだった! あーもう、やっぱり行かなきゃいけないよね!? さっさと済ませちゃわないと!」
 落ち込んだ顔から一転、色々と文句を言いながらシスターは慌てて駆け出していった。
 その後ろ姿を見ながら、アランはふと、懐に手をやった。道具袋に大切に収められている金色の宝石を手に取る。レヌール城でビアンカから友情の証としてもらい受けた、あの綺麗な宝石だ。
 男性は、おそらくたまたま袋の中身が見えたのだろうが、この宝石に興味を持った。見せてと言われたときには少々警戒したものの、何度か眺めただけですぐに返してくれたので特に何も言わなかった。その後彼は礼を言って立ち去り、それっきりどこに行ったのかもわからない。
 去り際、彼が言った台詞が脳裏に蘇る。

『いいかい、坊や。どんなにつらいことがあっても、負けちゃ駄目だよ』

「今まで忘れてたけど……ふしぎな旅の人もいるんだな」
 アランはつぶやく。気持ちを切り替え、父に会うために教会の扉を押した。

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