パパスは長い祈りを終えたところだった。今まで姿を見せなかったことで怒られるかと思っていたが、意外に何も言われなかった。その代わり、どこか物思いに耽る父の姿をアランは見た。
「……さて、あまり時間をかけても陛下に申し訳ない。そろそろ出発しよう」
剣を提げ直し、パパスは言った。父の指示で、アランは改めて旅装に着替えを済ませている。
父の後ろにつき村を歩く。近場に行くのとはまた違った姿に、早速村の人から声をかけられた。
「おや、パパスさん。またどこかへ?」
「何だよ。旅に出ちまうのか。ようやっと春の陽気が戻ってきたのに、気忙しいなあ」
「今度はすぐに戻って来られますか?」
道行く人々のこうした質問に、パパスは律儀に答えていく。もっとも、行き先がラインハット城で、国王直々のお声かけと聞けば、村人は皆納得したようにうなずいた。「さすがパパスさんだ」「勇名はラインハットにまで轟いていると見える」と、口々に彼を褒め称えた。
その様子を後ろから見ていると、アランは不思議な気分になった。以前なら誇らしげに胸を張るところだが、今は少し違う。人々の称賛を浴びることは、それだけの努力と冒険を繰り返してきた証拠だということが、今のアランにはわかる。自分の父がそうした道を歩んできたことに誇りを持つと同時に、自分もいつかああなりたい、そのためにはもっと努力をしなければならないし、強くならなければならないと思うようになったのだ。
単なる憧れから、明確な目標として父の背中を見るようになっていた。
「どうした、アラン? さっきから黙って」
村の入り口が近づいたところで、ふとパパスが振り返った。アランは首を振って、「何でもない」と答える。
首をかしげる父の隣に並び、アランは静かな声で言った。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
「僕、いつかお父さんの隣で戦えるぐらいに強くなるから」
真っ直ぐ前を見つめながら、そう言い切る。自分でも驚くほど、力みなく言葉にできた。
パパスがまじまじとこちらを見つめてくる。すると途端に照れくさくなって、アランは父の顔を見上げ、苦笑した。
パパスが破顔する。
「うむ。期待していよう。お前は私の息子だ。きっと強くなる」
「うん」
親子並んで、歩く。二人の邪魔をしないように、チロルがとことことついていく。彼女はアランとパパスの特別な繋がりを感覚で理解しているようだった。
最後に駆け寄ってきたのは、村の門番だった。
「お疲れさまです、パパスさん。お話はすでに聞いていますよ」
「うむ。行き先はラインハットだが、期間がどれほどになるかまでは陛下からお話を伺ってみないことには何とも言えぬ。私が戻るまで、村をよろしく頼むぞ」
「ええ。承知しております。もっとも、こんな平和で何もない村を襲う連中がいるなんて、ちょっと考えられないですが」
門番がにっこりと笑う。パパスは苦笑した。
「では、行ってくる。アラン、行くぞ」
「うん。じゃあ、行ってきます! お土産話、ちゃんと持ってくるから!」
「おう、期待しているよ坊や」
手を振りながらアランは歩き出した。
門番はずっと手を振り続けてくれていたが、やおら駆け出して大声で呼びかけた。
「行ってらっしゃい、パパスさん!」
その声にパパスは一度振り返り、大きく頷いた。
門番の姿が見えなくなる。アランは言った。
「いい人だね、やっぱり」
「うむ。住む人々の人柄こそが、サンタローズの良さだからな。こちらも早くお役目が終えられるよう、頑張らねばなるまい」
「そうだね、頑張るよ僕」
「よし。ラインハットは大きな街だ。お前もいい勉強になるだろう。少し遠出になるが、構わんな?」
「うん!」
アランは満面の笑みでうなずいた。