「はっ、言ってくれるじゃないのさ。偉そうに」
デボラが鼻で笑う。度胸が据わった態度にアランは驚くが、すぐに彼女の頬に伝う汗に気づく。
「デボラ、モンスターと戦ったこと、あるの?」
「は? あるわけないでしょ、そんなの」
囁きあう。それでよくここまで好戦的になれるものだと、アランは半ば感心した。彼女は道ばたに転がっていた木桶を引っ掴み、思い切り振りかぶった。
「でもね。例えモンスターだろうが何だろうが、戦ったことがあろうがなかろうが、あたしはああいう風に命令する奴が大ッ嫌いなのよ!」
デボラの気魄に、スライムナイトが身構えた。
「これでも、食らえっ!」
ぶん投げる。放物線を描いた木桶はあやまたずスライムナイトの頭部へと向かう。だが直撃する前に、スライムナイトの一閃が木桶を空中で切り裂いた。
撒き散らされた破片の中から、スライムナイトが突進してくる。虚を突かれたデボラは息を呑んだ。フローラが悲鳴を上げる。
「姉さんっ、危ないっ!」
「……ちっ!」
デボラが舌打ちした瞬間、彼女の前に躍り出る影があった。
アランである。
抜剣の勢いを利用して、スライムナイトの斬撃を正面から受け止めた。重い衝撃が両肩にかかる。
「アラン! あんた」
「下がってデボラ……。チロル、ふたりを守るんだ!」
主とともに飛びかかろうとしていたチロルは、不満の声を上げながら爪を収めた。デボラの服を噛み、フローラの元まで引っ張ろうとする。
「ふっ!」
呼気に合わせて剣を振るう。スライムナイトの剣を弾き飛ばし、彼を大きく後退させた。再び剣を正眼に構えるスライムナイト。その姿は実に堂に入ったものだった。
アランは胸の内に微かな違和感を覚えた。だが体は勝手に動く。空いた手に呪文の力を集中させた。
「――、バギ!」
風の呪文。途端に空中に現れたつむじ風が、鋭い刃となってスライムナイトに襲いかかる。
これで相手の足が止まれば、みんなを連れて逃げられる――そうアランは考えていた。
先ほどの一撃を受けてみてわかった。スライムナイトは、まだ実力の全てを出しているわけではない。デボラへの攻撃も、おそらく単なる威嚇、本気ではなかったのだろう。
機を窺うアランの前で、スライムナイトがバギの直撃を受ける。その直前、くわえていた麻袋をスライムは口の中に入れた。大事な物を守るようにうずくまる。騎士の方もそんな相棒を庇うように盾を前面に向け、姿勢を低くした。
頭部を全て覆った兜の覗き穴、そこから感じた強い意思から、アランはスライムナイトの真意をおぼろげながら悟った。ぐっと拳を握りしめ、バギの呪文を霧散させる。
防御態勢を解いたスライムナイトはほぼ無傷だった。だがアランは肩の力を抜き、そして銅の剣を鞘に収める。「アラン!?」「ちょっと、何してんだいあんた!」と、フローラとデボラが騒ぐが、アランは取り合わなかった。すると相手の方も剣の切っ先を地面に向けた。そして人間の騎士が行うのと同じように、上半身を傾けて礼を取ったのだ。
『感謝します。人の子よ』
相棒のスライムが再び口から麻袋を取り出し、くわえた。そして再び、スライムを駆って走り出した。
道を空けたアランの横を通りすぎるとき、彼はアランに言った。
『見事な腕前です。あなたは将来、良き遣い手になるでしょう』
アランが何か答える前に、隻腕のスライムナイトは風のように去っていった。