翌日。
久しぶりに温かい食事と温かいベッドに包まれたアランは珍しく寝坊をしてしまった。目が覚めたときにはすでに太陽は高く昇っていて、眠い目をこすりながら一階に下りる。
居間にはパパスとサンチョが揃っていた。
「坊ちゃん、おはようございます」
「うん。おはよう、サンチョ」
「久しぶりの我が家だ。ぐっすり眠れたか、アラン」
父の言葉に「うん」とうなずく。ふと、パパスが剣を携えていることに気がつき、首を傾げる。
「お父さん。どこかへ出かけるの?」
「ああ。村の外に出るわけではないから、夕方までには戻るつもりだ。……ではサンチョ。行ってくる。アランを頼むぞ」
「はい。行ってらっしゃいませ、旦那様」
出かける父の後ろ姿を見ながら、アランはテーブルについた。すぐに温かなスープが出されたが、しばらくそれには手を付けず、アランはどことなく寂しそうにつぶやいた。
「……お父さん、村についても忙しそうだね」
「お父上には大切なお仕事があるのですよ」
「せっかくあそんでもらえると思ったのに」
テーブルの端っこに顎を乗せて頬を膨らませる。その様子にサンチョは苦笑していた。
「さあさ、坊ちゃん。せっかくのスープが冷めてしまいますよ」
「はぁーい」
ぶーたれていたアランだが、久しぶりのサンチョの食事にすぐに機嫌を取り戻す。旅をしている間は粗食を余儀なくされたときもあったから、育ち盛りのアランにとってお腹いっぱいご飯が食べられることはとても幸せなことだった。
「ごちそうさま! ねえサンチョ、外であそんできてもいい?」
「ええ。外は良い天気です。ただ少し肌寒いので、お召し物には注意してくださいね。あ、それから、くれぐれも危ないところへは行かれないよう」
「わかってるよ。サンチョはしんぱいしょうだなあ」
そう言ってアランは椅子から降りる。少し考え、アランは着ている服の上からさらに一枚薄地のマントを羽織り、あの親切なリスがくれた『ひのきの棒』を腰に下げる。
ちょっとした冒険者気分になったアランは、「いってきます!」と元気よくサンチョに言ってから家を出た。
途端に吹きつける冷たい風。そういえば昨日の晩ごはんのとき、パパスとサンチョが農作物がどうのこうの言っていたことを思い出す。
「はやくあたたかくならないかな。みんな困っているのに」
雲一つない空を見上げながらつぶやく。
村の中心を通る砂利道まで出たところで、ふとパパスの姿を見かけた。ちょうど教会から出てきたところだ。パパスは足早に歩き始める。
お仕事のじゃまをしちゃだめだ、という思いが一瞬アランの頭をかすめる。だが結局、父がどんな仕事をしているのかという好奇心の方が勝った。こっそり後を追う。
するとパパスは川沿いにある民家のひとつへと向かって行った。玄関では老人がひとり待ち構えている。老人と二言、三言話をしたパパスは、そのまま民家の中へ入っていった。あそこが父の仕事場なのだろうか、とアランは思う。
何をしているのだろう、お父さん。
さすがに他人の家の中まで追うわけにはいかないと思ったアランは、民家が見渡せる教会横の高台に向かった。崖から落ちないよう、慎重に民家を見下ろす。
しばらくして、パパスが民家の裏口から出てきた。薪割りでもお手伝いするのかな、とアランは思った。しかし手に斧は持っていない。それらしい雰囲気はなかった。
「……あれ?」
首を傾げる。
パパスは、一緒に出てきた老人に見送られ、川に浮かべてあった小舟に乗って上流へとこぎ出していったのだ。その先は大きな洞窟がある。すぐに、父の姿は洞窟の奥へと消えていった。
「お父さんのお仕事って……どうくつのたんけん?」
一瞬、後を追ってみようかなと思う。だが舟なんかないし、第一危ないところへは行くなとサンチョに言われている。
「むぅ……」
けれど、気になる。
もやもやした気持ちを抱えたまま、アランはその場を後にした。