小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 チロルに索敵を任せ、アランは懸命に櫂を漕ぐ。水路があるということは、どこかで外に繋がっているかもしれない。とにかく行けるところまで行くつもりだった。
 筏の中央で、ヘンリーが膝を抱えている。城での振る舞いからは想像もできないような、落ち込んだ様子だった。
「なあ、アラン」
 ぼそりと彼がつぶやく。
「パパスは……お前の父上は、大丈夫だろうか」
 アランは無言のまま体を動かす。ヘンリーが振り向いた。
「あれだけの数のモンスターをひとりで相手しているんだ。いくらパパスが強くても」
「僕はお父さんを信じる」
 荒い息の中でそれだけを伝えると、ヘンリーは口をつぐんだ。なぜか彼は、皮肉げな笑みを浮かべた。
「……いいよな、お前たちって。本当の親子って感じでさ。俺なんか、父上が心配してくれていたのに、いつもつっぱって、迷惑ばっかりかけて。本当はわかっていたんだ。デールが王になりたくないって思っていること。それですごく苦しんでいること。だけど、俺はそれが気に入らなくて、『俺がこんなに嫌われているのに、それで王になれるのに、何でそんなに苦しがっているんだ』って……はは、駄目だ。自分でも意味がわかんね」
「お父さん、言ってたじゃない」
「え?」
「君はまだ、いくらでも、何度でも希望を持ってよいのだ、って。お城に帰って、またやり直せばいいよ。そのために今は逃げなきゃ。僕が君を城まで届ける。だから、そのあと頑張ろう」
「アラン……」
 再びヘンリーの瞳に涙が浮かび始める。彼は埃で汚れた裾で涙を拭うと立ち上がった。アランの傍らに立ち、櫂に手を添える。
「俺も手伝う。父上に連れられて舟に乗ったことがあるんだ。櫂の扱い方も、そのとき習った。自慢じゃないが、なかなかの腕だって褒められたことがあるんだぜ?」
 いつもの調子を取り戻してヘンリーが笑う。「うん」とアランもうなずいて一緒に櫂を漕ぐ。二人分の力で、筏はさらに速度を上げた。
 モンスターの襲撃もなく順調に進んでいたアランたちだが、ふと、その手が止まる。
「……行き止まりかよ」
 ヘンリーが呻く。
 目の前には岸壁が立ちはだかり、水路はそこで途切れていた。よく見ると水中に大きな穴が開いていて、水はそこから流れ込んでいるようだった。
「どうする? まさか潜って進むなんて言わないよな? 俺、泳ぐのは苦手なんだが……」
「ヘンリー、あっち」
 アランが指差す先に小さな桟橋があった。その先には、おそらく神殿内部へ続いているのだろう、半円形の通路が壁に開けられていた。
 ヘンリーと協力し、何とか筏の方向を変え桟橋に横付けする。
「……!」
「おい、どうした? アラン?」
 地面に降り立った瞬間、全身を硬直させたアランにヘンリーは怪訝そうな表情を浮かべる。アランは無意識の内に武器を構えていた。右手はチェーンクロス、左手は銅の剣の柄へと。
 見れば、チロルも足元で声なく全身の毛を逆立てている。立てられた爪が石畳の地面を削った。
 ただならぬ雰囲気にヘンリーが息を呑む。アランは言った。
「ヘンリー、気をつけて。とても嫌な気配がする」
「……モンスターか?」
「たぶん。でも、今までと全然違う。もの凄く大きくて、冷たくて、嫌な気配……」
 まだ相手の姿も見ていないというのに、体から勝手に冷や汗が吹き出す。
 するとヘンリーが肩を叩いてきた。
「そんなにやばい相手なら、さっさと逃げてしまおうぜ。だいじょうぶ、俺は逃げ足には自信があるんだ」
「ヘンリー……」
「いざとなったら、俺がおとりになる。お前はその間に逃げればいい」
 真剣な表情になったヘンリーにアランは首を振る。「もしものときだって」とヘンリーは言った。
 二人で息を整える。
 ゆっくりと辺りを窺いながら半円形の通路をくぐった。予想通り、この先は神殿内部に繋がっている。アランはこの場所に見覚えがあった。幸運なことに、出入り口のすぐ近くである。
 このまま真っ直ぐ走れば、外に出られるはず――アランとヘンリーはうなずき合い、一気に駆け出した。精緻な文様が刻まれた飾り柱が等間隔に立つ、あの広大な通路広間に出る。出口はもうすぐのはずだった。
 だが。
 通路に出て十歩も進まないうちに、二人の足はぴたりと止まってしまった。
 アランもヘンリーも、そしてチロルまでも、通路の先を見据えたまま硬直する。
 視線の先には――
「ほっほっほ……ここから逃げ出そうなんて、いけない子たちですね」
 全身をくすんだ血赤のローブで覆う長身のモンスターが、巨大な鎌を持って、アランたちを待ち受けていた。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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