小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


 魔導師風の身なりに、トカゲを連想させる肌、枝のように細い指で、パパスの背丈以上もある大鎌を器用に回転させている。
 アランは直感した。あの凄まじい邪気は、このモンスターから放たれている……!
「私の名はゲマ」
 粘つくような声で、そのモンスターは名乗った。そしてあろうことか、慇懃に礼までしてみせた。
「これからあなたたちを管理する者です。よろしく」
「……」
「ふむ、黙りですか。愛想のない子はあまり好きではないですね。特に、その反抗的な目には虫酸が走ります」
 アランがヘンリーを後ろに隠す。ゲマは笑った。
「まあいいでしょう。曲がりなりにも子どもだけでここまで辿り着いたことに敬意を表して、『軽いおしおき』だけで済ませてあげましょう」
 片手で大鎌を構え、空いた手でアランたちを手招きしてきた。
「さあ、来なさい」
「……チロル!」
「にゃお!」
 眦を決したアランが相棒とともに走り出す。先行したチロルがゲマに爪を立てる直前、アランはチェーンクロスを振るい援護攻撃を仕掛けた。
 ぱしん、と穂先の槍は片手の一振りで叩き落とされる。次いでゲマの眼前に飛びついたチロルも、返す手の平で軽く叩かれた。
 途端、小さな体が大砲で打ち上げたように吹っ飛んだ。
 飾り柱を越え、地面に叩き付けられ、さらに数回跳ねた後に通路広間の壁に激突した。
 それっきり、彼女は動かなくなった。
「チロルッ!」とアランは絶叫する。その間も間合いを詰め、銅の剣を抜き放った。疾駆の勢いそのままに叩き付ける。
 火花を散らして、ゲマの鎌と銅の剣がぶつかった。
 ゲマの笑みが深くなる。
「ほっほっほ! そおれ」
「……っ!」
 ゲマが鎌を振るうと、アランの体は空中で大きく放物線を描いた。凄まじい力だ。何とか体勢を立て直し、着地する。
 ゲマは、指先を天井に向けていた。
「軽いおしおき、です。この程度で死んでもらうと困るので、しっかり耐えるのですよ?」
 笑い声混じりにそう言うと、ゲマは素早く呪文を唱えた。
 大火球呪文、メラミ――
 直後に出現した巨大な火球にアランのみならずヘンリーも息を呑んだ。彼らはゲマから見て、ちょうど一直線上に並んでいる。アランは立ち回りの失敗を悟った。
 何の躊躇いもなく、ゲマは火球を放った。錐もみ回転をしながら直進するメラミを前に、アランはヘンリーの元へと駆けた。武器を放り投げ、ヘンリーに抱きついて庇う。
 ――直撃。
 熱は一瞬で全身を駆け巡り、熱さよりも痛みで頭が悲鳴を上げた。だが苦悶の呻き声を上げる間もなく、アランは意識を失ったのである。


 パパスがその場に駆けつけたのは、気を失ったアランとヘンリーがゲマの手に抱えられた時だった。
「こ、これは……ッ! アラン、ヘンリー王子!」
「ほっほっほ。来ましたか。ですが少々遅かったようですね。あなたの可愛い子らは、ほら、このとおり」
「貴様……」
「大丈夫、死んではいませんよ。これからこの子らには我らのためにしっかりと働いてもらわねばならないのでね。まあ、多少のしつけはさせてもらいましたが」
 そうゲマが言い終えた直後、疾風のようにパパスが突撃を仕掛けてきた。小さく舌打ちしたゲマは、さらに高速で呪文を唱える。
「――、メラミ!」
「甘いわッ!」
 気合一閃。
 パパスの剣は呪文の炎を一刀両断していた。さらにその勢いのまま、ゲマの首へと剣が伸びる――
 だが、彼の一撃がゲマまで届くことはなかった。
 突如現れた二体のモンスターが、パパスの行く手を阻んだからである。
 右には巨大な剣を握り、毒々しい色の鎧を着こんだ猪顔のモンスター。
 左には真っ白で筋骨隆々な体をした、直立歩行する馬型のモンスター。
「ゲマ様、お怪我は?」
「ほっほ。ゴンズ、ジャミ。この生意気な男の相手をしてあげなさい」
「はっ」
 低頭した二体は、すぐさまパパスへと襲いかかった。剣を正眼に構え、パパスは油断なく左右に目を配った。
 猪顔のモンスター、ゴンズが振り下ろした大剣を横飛びで躱し、その反動を利用して胴を薙ぐ。次いで背後から体当たりしてきた馬型のモンスター、ジャミに対し、これもまた躱し様に反撃を加えた。
 防ぐと同時に攻め、攻めると同時に防ぐ。
 パパスは二体の連係攻撃を完璧にしのいでいた。
 だが、彼の表情に余裕はない。一方のジャミとゴンズは、自分たちの攻撃が躱され反撃を受けても、どこか楽しんでいるような笑みを見せていた。
「おおおおおおっ!」
 再び気合を込め、パパスは渾身の一撃を放つ。それは二体を同時に巻き込み、吹き飛ばした。すぐさま起き上がって攻撃に移ろうとしたジャミ、ゴンズを、ゲマは制止する。
「みごと。なかなかあっぱれな戦いぶりです。しかし」
 ゲマは抱えていたアランたちを無造作に地面に落とした。
「こうするとどうでしょう?」
 横向きになったままぴくりとも動かないアランの喉元に、ゲマは自らの大鎌の先端を当てた。パパスが気色ばむ。
「貴様っ、アランに何をする!」
「ほっほっほ。この子の命が惜しくなければ、存分に戦いなさい。その代わり、この子の魂は永遠に地獄を彷徨うことになるでしょう」
 苦悶の声を上げるパパスに、ゲマは深い深い笑みを浮かべた。
「さあ……おやりなさい!」

-82-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える