小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 暗い樽の中でゆっくりと波に揺られる。
 まずは緩やかな水の流れに乗っているのか、乗り心地は悪くない。だが樽の中で身を寄せ合う三人は重い空気に包まれていた。特にマリアは膝を抱え、顔を埋めたきり身じろぎしない。
「なあマリア」
 見かねたのか、ヘンリーが声をかける。彼女はわずかに顔を上げた。暗闇で表情はわからないが、おそらく、泣きはらした目をしているのだろう。
「マリアってさ、船に乗ったことあるか?」
「船……ですか? いえ、私はあまり故郷から出たことがなくて」
「そっか。船ってさ、すげえ揺れるんだ。特に外洋船はすごいぜ。一度だけ乗ったことがあるんだが、あんときはひどかった」
 場を盛り上げようとしていると察したアランは、彼の話に乗っかる。
「ひどい? 何がさ、ヘンリー」
「船酔いだよ」
 ヘンリーは大げさに両手を掲げた。
「揺れる船、回る世界! あのときほど陸地が恋しいと思った事はないね。大好物の桃の蜂蜜漬けがえらいゲテモノに見えて、心底恨んだもんだぜ世の中を!」
「桃の蜂蜜漬けって、ヘンリー、君はずいぶん甘い物が好きだったんだね」
「何だ、悪いかよ」
「ううん。でもヘンリーはどっちかというと、もっと野性的な食べ物が好物なのかと思ってた」
「例えば、どんな?」
 マリアがたずねてきた。声にだいぶ張りが戻っている。
「そうだなあ、例えば」
「カエル、とか言うんじゃねえだろな」
「ええっ!? カ、カエルですか……私、ちょっとそういうのはお料理したことないです」
「冗談だってば! 本気にしないでくれマリア!」
「そうなの? 小さいときによくカエルを使っていたずらしてたから、僕はてっきり」
「おいアラン、お前わかってて言ってるだろ!?」
「ヘンリーが自分でカエルって言ったんじゃないか」
「それはお前がだなあ」
「ふふっ。お二人って本当に仲が良いのですね。羨ましいわ」
 初めてマリアが笑い、その場が和む。
 その後もマリアが「桃の蜂蜜漬けなら作ったことありますから、もしよかったらお作りしましょうか?」と言いだしたものだから、ヘンリーが浮かれることこの上なかった。
 二人の様子を見てアランは確信した。
 大丈夫、きっと皆で乗り切れる。いや、乗り切らなきゃいけない。生きて、自由を得て、幸せになるだけの権利がこの二人にはある。
 そのために今、自分にできることは何だろう。
 時折笑顔で相づちを打ちながら、アランはずっとそればかりを考えていた。
 ――時間が経ち、早めに眠ることになった。揺れが穏やかなうちに休みを取ろうと、アランが提案したのだ。
 前からヘンリー、マリア、アランの順に並ぶ。手足を縮めれば何とか横になれた。すぐにヘンリーの寝息が聞こえ、次いでマリアも穏やかな呼吸をし始めた。脱出したときの動揺は、ヘンリーのおかげで治めることができたようだ。
 アランは横になって目を瞑りつつ、常に外の様子に神経を尖らせていた。もし流れが速くなったり何かにぶつかるようなことがあれば、すぐに対応できるように――
「アランさん」
 ふと、小声でマリアに呼ばれた。背を向けていたアランは顔だけで振り返る。
「何だい?」
「あの。今回のこと、本当にありがとうございます。私、何とお礼を言ったらいいのか」
「気にしないで。僕こそヨシュアさん、君の兄上にはどんなに礼をしても足りないくらいなんだ。それに、その言葉は無事に陸地について安全が確認できるまで取っておくんだよ。いいね?」
「はい……あの」
「まだ、何かあるのかい?」
「その。アランさんは、どうしてそこまで他の方々のことを考えることができるのでしょうか……?」
 意外な問いかけにアランは怪訝に思う。今まで胸に抱いていたものを打ち明けるように、マリアは次々と言葉を繋ぐ。
「奴隷として働いていたときも、あなたは常に仲間のことを気にかけていました。力の弱い者、年老いた者には必ず手を差し伸べて、それなのに少しも弱音を吐かずに……どうして、そこまで強くなることができるのでしょうか? 今だって、私やヘンリーさんのために……」
「奴隷仲間にも言ったけどね、僕は強くなんかないよ。それは、自分でよくわかってる」
「でも」
「もし君が僕のことを強いと感じてくれるなら、それは僕の父がすごいからだよ」
「アランさんの、お父様……?」
「希望を持て、前へ進め。そう教えてくれたんだ。僕はそれをできるだけ守ろうとしているだけ。それが父さんの遺言、遺志だったから」
「あ……」
 マリアが口ごもる。アランは微笑み、視線を戻した。
「さ、もう寝よう。体力は温存しなきゃ」
 返事はなかった。代わりに温かな掌がアランの背中にそっと当てられた。
「……あなたの幸せは、一体どこにあるのですか……」
 心の底から溢れ出したような彼女の言葉に、しかしアランは答えなかった。

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