小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 笛を吹き鳴らすような音が聞こえてきた。
 しびれくらげは自らの触手を『バンザイ』をする格好で振り上げる。海面を埋め尽くした彼らが一斉に同じ動作をするのは、見ていて壮観であった。
「何て言ってるんだ?」
 ヘンリーの問いかけにアランは首を振る。アランとて、魔物の言葉を完全に理解できるわけではない。ただ何となく、彼らの言わんとしているところが掴めるだけだ。
 しびれくらげたちの声にじっと耳を澄ませる。すると隣でヘンリーとマリアが焦りだした。
「うお、登って来やがった! マリア、取り敢えず中で隠れてろ!」
「は、はい!」
 慌てふためく連れ二人を尻目に、アランはしびらくれげを凝視し続けた。彼らの声が、次第に何かを訴えかけてきているように感じられてきたのだ。
「……助け?」
「この、このっ。いくら何でも中は駄目だって! ……あんだって、アラン!?」
「この子たち、助けを求めているみたいだ」
 辺りを見回す。同じような三角頭が並ぶ中、ひとつだけ海面に力なく漂っている個体を見つけた。よく見れば右目の辺りをざっくりと裂かれ、触手も何本か千切れている。
 傷を受けた同胞にアランが気づいたと知ったのか、しびれくらげは協力してその傷ついた同胞を運ぶ。樽の傍らまで運ばれてきたとき、初めてそのしびれくらげに動きがあった。
 残った触手を力なく振る。「自分に触るな」とそう言っているように見えた。
「この子を助けて欲しいのかい?」
 返事の代わりに、笛の鳴き声が高くなる。周囲のしびれくらげの態度を見ていると、どうやら彼はこの集団のリーダー的存在らしい。
 アランは眦を決した。
「じっとしてて」
 身を乗り出し、その個体に掌をかざす。呪文を唱えた。その途端、個体が暴れ出す。戸惑う他のしびれくらげたち。アランは一喝した。
「他の皆が心配しているんだぞ。大人しくしているんだ」
「……っ、……っ」
 鳴き声がした。何事か抗議をしているようにも見える。アランは声の調子を落とした。
「僕は君を癒すだけだ。大丈夫、それ以上は何もしない。約束するよ」
 しばらく、見つめ合う。
 アランはゆっくりと呪文の続きを唱えた。
「――、ベホイミ」
 呪文の光がしびれくらげを覆う。しばらく身もだえしていたしびれくらげの体から、傷がゆっくりと消えていった。触手の何本かが再生していく。
 傷の癒え具合を見たアランは、呪文のためにかざした手でしびれくらげの体をそっと撫でた。水が弾力を持ったようなひんやりとした感覚が掌に広がる。
 アランを一瞥したしびれくらげは、さっと彼の手から離れた。群れの真ん中まで移動し、こちらの様子を窺う。他のしびれくらげたちは、困ったようにアランを見た。
「もう大丈夫だよ。さ、彼と一緒にお行き。僕たちは陸地を目指さないといけないんだ。人里まで移動するから、ここでお別れだ」
「……、……」
「……、……っ」
 なぜか、彼らは離れない。
 あのリーダー格のしびれくらげが、一際高い鳴き声を上げ触手を振り上げた。彼らの体が一斉に発光を始め、まるで太陽に下から照らされたようになる。
 そのとき。
「あ、あの! 何が起こったのでしょうか!? 樽が、樽が進み始めました!」
 隠れていたマリアが驚きの声を上げる。ヘンリーはつぶやいた。
「アランよ、これはやっぱり」
「彼らなりのお礼、なんだろうね」
 微笑む。
 リーダーのかけ声のもと、何匹ものしびれくらげが集まり、アランたちの乗った樽を動かしていた。まるでどこかへと導くように。
 念のためと、ヘンリーが尋ねる。
「大丈夫だよな? こいつらに任せて」
「うん。僕はそう思う。さ、ここは彼らの好意に甘えて、僕たちは休ませてもらおうよ」
 言うなりアランは樽の中に引っ込んだ。正直、スカラの連続使用と今の回復呪文で、体と精神は思った以上に疲労していたのだ。
 横になるなり早々に寝息を立て始めたアランに、ヘンリーもマリアも目を丸くした。そして互いに顔を見合わせ、呆れたように、あるいは心底感心したように笑ったのだった。
 しびれくらげの群れは海流に乗り、予想以上の速さで進む。意外と細やかな神経の持ち主なのか、樽の中で感じる揺れはかなり穏やかになっていた。
 しびれくらげたちの笛の音に似た鳴き声が、心地良く耳に響く。アランは久方ぶりに熟睡した。全身が溶けるような心持ちで、深い深い眠りに入る。
 ――夢の中で、パパスの姿を見た。そしてまだ見ぬ母の姿も。
 大丈夫。僕はやるよ。きっと父さんたちの願いを成し遂げてみせるから……。
 声もなくそう強く念じると、パパスたちは大きく頷いてくれた。
 しびれくらげたちと別れたのは次の日の夜のことだった。夜通し自分たちを運んでくれた彼らに感謝をしながら、アランたちは引き続き樽の中で過ごす。
 上手い具合に海流に乗せてくれたのか、樽の進む速度は快調そのものだった。
 ――そして、四日後。
 アランたちを乗せた樽はついに陸地へと辿り着き、その役目を終えた。


 アラン、ヘンリー、マリアは天空の監獄からの脱出に無事、成功したのである。

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