小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 そのころ。
 大洋の中を漂う小さな瓶があった。波に揉まれ、時折魚や鳥や魔物たちの体と接触しながら浮かぶその瓶は、もはやぼろぼろで、いつ海底に沈んでもおかしくない状態にある。
 瓶の中には、一通の手紙が入っていた。


 ――親愛なる妹 マリアへ

 これをお前が手に取っているということは、幾重もの奇跡が積み重なって成し得たものであろう。真なる神のご加護が与えられたのだと、私は信じる。
 息災であるか。幸せでいるか。お前の答えがこの耳で聞けないことは、本当に残念でならない。
 やはり私は、ここを離れるわけにはいかぬようだ。
 マリアよ。お前を救う二人の男が教えてくれたように、またお前自身が肌で感じたように、ここは異常だ。最近、特にそれを強く感じる。奴隷への締め付けはいっそう厳しくなり、最近は女、子どもでさえ容赦なく重労働をさせられている。
 神のお怒りを恐れずに言うならば、今、このような状況になる前にお前をアランたちに託せたことに、正直、安堵している。その罪を思い、毎日密かに神への懺悔を行っているところだ。だが私はよいのだ。お前さえ無事でいてくれれば。
 だが、こちらも悪い報せばかりではない。大神殿が形になっていくにつれ、さまざまな物品がここへ運ばれてくるようになったのだが、その中に、神の祝福を受けた武具が収められたそうだ。
 同僚たちの話では、それは魔を払い、あらゆる厄災から身を守るものなのだという。あいにく名は聞き及んでいないのだが、どうやらそれは見事な鎧の形をしているらしい。
 光の教団は本当に神を信じ、人々を安寧へと導くものなのかと疑問に思っていたが、このような鎧を護りとして安置するあたり、やはりその信念、信心というものは確固として存在するのだろうと思う。それにしても、奴隷たちの有様は目を覆うばかりではあるが……。
 いや、止そう。お前はすでに解き放たれた鳥だ。もはや籠を振り返ることはせず、自由に飛び回るのだ。とはいえ、お前の性格なら、あまり大地へ海へと思いを馳せることはないだろう。それで構わん。小さな、平穏に包まれた村で、静かに祈りを捧げる暮らしこそお前がもっとも幸せになれる道かもしれん。神への感謝を忘れるな。そうする限り、私の心は常にお前の側にいるだろう。
 ところでアランとヘンリーは変わらずにしているか? お前がこの手紙を見ているとしたら、おそらく彼らも無事なのだろうと思う。
 二人は類い希な好人物だ。私の目から見ても、彼らはこの大神殿で一生を終えるべき人間でないことはわかった。お前が奴隷として連れて来られたときは運命を呪ったものだが、代わりに得がたき出逢いをお前にもたらした。これもある意味、神の思し召しだと私は思うのだ。
 兄として、少しお節介を言わせてもらおう。
 お前が生涯を共にする人間がいるとすれば、それは彼らのような人物だろう。万事控えめなお前をあそこまで明るくしたヘンリーは、兄の私からすればなかなか肝の冷える思いもあったが、それでもお前に良き光を与えてくれた。少々お調子者のところがあるが、お前が側に控えて支えるのであれば、あの男も大人しくなるに違いない。なに、同じ男だからよくわかるのだ。
 アランは、そうだな、私の口からはとてもではないが正確に表現できぬ。とにかく大きい。体も、心も。おそらく彼を包む神のご加護も、並々ならぬものではないかと私は感じている。
 あの男はいずれ、大きなことをやってのけるだろう。
 彼の側にいることは、その大いなる運命に身を委ねるということだ。私は、アランの横にお前がいる姿を想像すると心が弾む。実に不思議な感覚だ。
 だがマリア、お前には、彼の傍らは少々荷が重いかも知れぬな。
 すべては神の御心のままに。信心を持って日々を生き、己の心に常に問いかける姿勢を忘れなければ、お前に相応しい道が照らされるだろうと兄は信じている。
 なに、気にするな。可愛い妹を持った兄の戯言だと思って欲しい。
 何せ、もしお前がアランかヘンリーか、もしくは別の誰かと婚儀を執り行ったとしても、私はその場に行く事ができないのだから。
 この天空の大神殿で、お前のことを考えることだけが日々の楽しみになってしまっているよ。婚礼衣装を身に纏った姿はさぞ美しいだろう。兄として、お前の相手に一言憎まれ口を叩くことができないのは非常に残念だ。
 だが、安心しろ。私はヘンリーとの約束を違えるつもりはない。
 あのあと。お前たちが外界へ向けて危険な旅に出かけたあと、ここはちょっとした騒ぎになったものだ。私自身も詮索にあったが、何とかしらを切り通した。ここではそれなりの地位に就いていたからな。幸運だったよ。
 たとえ鞭打たれることになっても、首が胴体を離れるその瞬間まで約束は忘れない。
 だからマリアよ。
 決して、決して、兄を迎えに行こうなどとは思うな。
 ここに戻ってきてはならぬ。
 お前の幸せは、もうお前だけの幸せにしてしまって良いのだ。
 もう一度言おう。神に感謝の心を捧げるのだ。そうしている限り、お前はひとりではない。私はいつ、どこにいても、たとえどんな状態になっていても、お前を魂で見守ると誓おう。
 私が伝えたいことは、これぐらいだ。

 幸せであれ。
 自由であれ。
 平穏であれ。

 そしてどうか。どうか我が最愛の者に、神のご加護があらんことを――

――ヨシュア

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