小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ――遠く、声を聞いた気がした。
 とても優しく、誠実で、切ない響き。
 アランはゆっくりと覚醒していった。
「ああ、お目覚めになられたのですね。よかった」
 薄目を開けたまま顔を向けると、ちょうどシスターが着替えを持って部屋に入ったところだった。笑顔で声をかけられる。
「よくお休みになられましたか? ここに辿り着いてから、あなたはすぐに深い眠りにつかれたものですから、少し心配していたのですよ」
「ここは……」
「名もない海辺の修道院です。アランさん」
 自らの名前を呼ばれ、アランは記憶を辿った。次第に意識が鮮明になっていく。上半身を起こすと、柔らかな寝台が微かな軋みを上げた。辺りを見回し、小さいながら綺麗に整えられた客室にいるのだと認識する。窓、書類机、小さな本棚、姿見、女神の姿を描いた油絵、そして寝台。ひっそりと、質素な佇まいの部屋だった。
「そうか……僕たちは」
 思い出した。
 ヨシュアの尽力で大神殿を脱したアランたちは、しびれくらげたちの協力を得て海流に乗り、無事、陸地へと到達したのだ。そして疲労困憊の彼らを介抱してくれたのが、すぐ目の前にあったこの修道院のシスターだった。
 樽の中での厳しい生活と、ひそかに使い続けていた強化呪文による疲労がたたり、案内された客室でアランは泥のように眠ってしまったのだ。
 アランは寝台の上で居住まいを正した。
「助けていただいて、ありがとうございました。本当に何とお礼を言ったらいいのか」
「……いえ。そんなこと、気になさらないでくださいな……」
 何故か恥ずかしそうに顔を背けるシスター。その理由に、アランはすぐ気づいた。
 上半身に何も身に付けていない。逞しく鍛えられ、ところどころに傷跡を残す素肌をさらしていたのだ。アランは恐縮した。
「こちらに着替えを置いておきますね。アランさんがお召しだった服はもうボロボロだったので、こちらで預からせていただきました」
「それってつまり……いや、あの。すみません。余計な手間を」
「いいえ。でもさすがに少し、どきどきしてしまいました」
 頬に手を当てはにかむ。何と言うべきか迷っていると、気を取り直したシスターが再び満面の笑みを浮かべた。
「この修道院を訪れる方はみな大切なお客様。お身体が快復するまで、どうかゆっくり休んでください」
 それでは、と言ってシスターは部屋を出た。
 アランは起き上がり、自分の体の具合を確かめた。大きな怪我もなく、体力はほぼ回復している。若干頭が重く感じるが、旅をするには特に支障はないだろう。
 シスターが用意してくれた服を着る。決して高級ではないが、丁寧に織られた肌触りのよい生地に、長旅にも耐えられるような丈夫な靴、そして深海のように深い青に染められた外套を羽織る。
 姿見の前に立ったアランは軽く驚いた。自分の格好が、まるで幼い日の自分をそのまま大きくしたようなものになっていたからだ。肩口まで伸びていた髪を後ろでくくり、表情を引き締める。そうすると今度は、尊敬する父パパスの姿が重なってきた。
「父さん……」
 小さく微笑みながらつぶやく。
 こうして生きていること。
 多くの助けを得られたこと。
 この修道院に辿り着けたこと。
 すべてが、何か大いなる意志の賜物ではないかと思えた。
「ありがとう、父さん。後は、僕に任せて」
 鏡の向こう、もうこの世にはいない父に向かってアランは言った。そして踵を返し、客室を後にした。
 部屋の外に出ると、廊下の窓から陽光が差しこんできた。眩しさに目を細める。
「そういえば、こんなにのんびりした朝を迎えたのは十年ぶりかもしれないな」
 つぶやく。辺りを見ると、下に降りる階段を見つけた。この修道院は建物の中心が吹き抜けの礼拝所となっていて、その周囲を諸々の部屋が囲うという構造を取っていた。
 階段を下りると、長いすに腰掛けた初老のシスターと会う。彼女はまた、柔らかく微笑んでアランを迎えた。
「どうですか、お加減は」
「はい。おかげさまで、だいぶいいです」
「そう。それはよかったわ。あなたの連れの方にうかがったけれど、何でも十年以上、奴隷として働かされていたとか。さぞ、おつらかったでしょう」
「……いえ。僕はこうして生きている。歩ける。辛いだなんて、言っていられません」
「あなたはとても強い心を持っているのですね」
 シスターは笑みを深めた。
「あなたは今や自由の身。もう誰からも命令されたりはしないでしょう。どこへ行き、何をするか……これからはすべて自分で考えなければなりません。ですが、負けないでくださいね。それが生きるということなのですから」
 アランは目を見開いた。シスターは両手を差出し、アランの手を握った。
「そう、あなたは今、自分の足で歩き始めたのです。どうかあなたの行く道に、神のご加護があらんことを」
 祈りを捧げるシスターに、アランは無言で目を閉じ、感謝の気持ちを表すのだった。

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