何かを求めるのなら、何かを失われ続けなければならない。
【教室メランコリー】
在る所に、陰の薄いネクラな少年がいた。
名前は、もう私も忘れてしまった。
なぜなら、彼の名前を呼ぶ者は特にいなかったし、そもそも彼を呼ぶ必要もなかったからだ。
少年は、協調性だけが求められる檻のような学校において、忘れられた生徒だった。
そんな少年の唯一の楽しみは(いや、あるいは唯一の生きがいと言ってもいいかもしれない)、読書だった。
だから、少年はクラスメイトが楽しく外で遊んでいるときも、一人教室に籠り、ずっと本を読んでいた。
しかし、もしも仮に、クラスメイトが『一緒に遊ぼう!』などと声をかけたとしても(まず、そんなことはなかったが)、少年はソレを断り、一人で本を読むことを取ったはずだ。
少年はそういうタイプの人間だった。
それはある種、遺伝子に組み込まれたシステムのようなものなのかもしれない。
少年の意思とは関係しない、予めそう決められたシステム。
そのシステムが、少年に『友達』というものを一切与えず、いつも一人にさせ、本を読ませたのかもしれない。
しかし、少年はそのシステムにより(あくまでシステムは仮説の話だが)、その引き換えたる報酬を受け取っていたのも、また事実だ。
この世界の物事には全て裏と表があり、同時に損と得があった。
『友達がいないこと』に見合った報酬。
それを少年は手にしていたのだ。
まず、第一に少年は想像力が凄まじかった。
色々な空想をし、それを上手に表現することができたし(もちろん、それを発表し、受け入れてくれる人間はいなかったが)、大人顔負けの論理的思考判断をすることもできた。
さらに、あらゆるジャンルの本を読み漁ったお陰で、いつも学校で一位の成績を取っていた。(そのお陰で、クラスに打ち解けられない少年は、マヌケでやっかいな教師達から目を付けられることはなかった)
そして、特に少年が、特化した能力は、『人のココロを読み解く』ことだった。
言い換えれば、経験と、その想像力を駆使し、人の顔を見ることによって、おおよそ相手の思考を実にクリアに感じることができたのだ。
しかし、これはよくなかった。
想像力は使い方を間違えれば、簡単に人間のココロに恐怖を与え、そして何かを奪い去り、最後には死にへと追いやっていく。
そして、少年はクラスメイトが自分のことを馬鹿にし、笑い、あるいは気味悪がっていることを感じ取る。(事実はどうあれ、少年にはそう感じた)
あるいは、少年の被害妄想だったのかもしれない。
しかし、それはどっちでもよいことだ。
とにかく、想像力豊かな少年は、あっという間に『ソレ』に飲み込まれ、深く傷つけられた。
それはそれは止めどなく深く深く。
もしかしたら、自分は怪物なのかもしれない。
あるいは、見られない幽霊?
いや、違う。
僕は正常だ。
周りのクラスメイトが、奴らが『変』なんだ。
あいつらが怪物に違いない。
いや、幽霊か?
こういったどうしようもない観念にとらわれ、追い詰められ、
次第に、少年は狂っていった。
どうしようもない方向の想像力が、少年の心を壊したのだ。
大部分においてアッチにいってしまった少年は、『怪物』であるクラスメイト達を消すことにした。
自分にまだ『人間の部分』が残っているうちに。
そうすることが唯一、自分のなかで拡散されたものを回収する方法だった。
そして少年は考えた。
『怪物』である彼らを消すためには、どうしたらよいか?
論理的思考に優れた少年は、すぐに思いつく。
実に簡単なことだ。
その方法なら、すぐにクラスメイト全員、いや、全世界の人々、動物、事象、全てのモノを一瞬にして消すことができる。
その方法を思いついた瞬間、少年はすぐに窓から飛び出し、もう鳥になっていた。
何かを求めるのなら、何かを失われ続けなければならない。
少年は怪物達を消すことと、いや、もっと重い『ソレ』から逃れることと引き換えに、全てを失った。
その全てを。