2 『友達!』
さて、今日も暇なので、ニートライフ満喫中の心音のところへ行きますか。
俺は自宅を出て彼女の家に向かうため、商店街の方へとのんびりと足を踏み出した。
彼女は今、何をしているだろう。
きっとあぐらをかき椅子に座り、眉間に皺を寄せながらパソコンの画面を食い入る様に見つめているだろう。
彼女はいつも不機嫌そうな顔をしている。
けれども本当に不機嫌かと問われるとそういう訳ではない。それが彼女の自然な表情なのだ。
俺は彼女のその表情を変えたい。もっと柔らかい表情ができるようになって欲しい。
とりあえず俺の当面の目標はそれだ。といっても具体的な方法は頭の中に何もない。
今は彼女と話して楽しく過ごしていければそれでいいと思った。
そんなことを考えていると、突然目の前を、黒いぼうしをかぶった50代ぐらいのおじさんが、鬼にでも追われてきたかのような超スピードで横切ってきた。
なんだよこのおじさんは。
その直後、俺と同じ学校の制服を着た女性徒がぜいぜいと息を切らしながら走ってきた。さっきのおじさんを追いかけているのだろうか。
それにしてもこの女性徒、体も細いし見るからに体力がなさそうだ。
女性徒は俺の目の前で走るのをやめて立ち止まった。そして息を荒くしながら俺に話しかけてきた。
「はぁ、はぁ……お金を……出してください……」
いや、これは話しかけられたというよりは恐喝されてる?
「あの…お金を……出して……くださいよぉ」
彼女は、ひざに手をについて呼吸を繰り返してうな垂れていた。
それにしても斬新な恐喝だ。弱さをアピールして金を恵んでもらおうという作戦か?
ん、いやもうそれはもはや恐喝ではないか。
「あの聞いて……ますか? お金を」
彼女は顔を上げ、俺と目が合った。
その瞬間、彼女が発した言葉は途中で止まった。
「え?あれ? あの……無銭飲食したおじさんでしょうか?」
「いやいや、俺は無銭飲食してないし、おじさんでもないですよ」
「あ……ですよね。こんな服装のおじさんいませんもんね」
服装のことより年齢とか顔とかその辺で判断しろよ。
それじゃまるで、服装以外はおじさんといわれても頷けるレベルに達してるみたいじゃないか。
「あ……えっと……ごめんなさいっ!!」
女性徒は顔を真っ赤にして逃げ出してしまった。
何だったんだいったい。
そんなこともあり、ようやく心音の家に到着した。
チャイムを押して「入っていいかー?」っと声をかけると鍵が開けられ、いつものごとく無言の肯定が返ってきた。
ドアを開けて中に入ると、
「今日は何しに来たの?」
これもまたいつもの台詞。
「別になんにもないよ、暇だったから来た」
「あっそ」
いつもどおりのやり取りして今日も平和であると確認する。
「ねぇ、悠 ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何?」
「人を見るときって、どの部分を見る?」
「目……じゃないか?」
「やっぱりそうだよね……」
一瞬、『胸』という単語が出ていたが気にしないことにする。
「悠、ちょっとこっち向いて」
俺は心音の目を見る。綺麗な目だな。これで笑顔なら完璧なのに。
しばらく見ていると心音の眉間にだんだんと皺がよっていく。
心音の顔はやかんが沸騰したかのように真っ赤になっていく。
そしてファンタの空き缶を持って投げる体制を整えた。
「こっち見るなっ!悠っ!」
投げつけられた。理不尽だ。
「自分でこっちを見ろって言い出したんだろ!?」
「……ふんっ」
「ま、今のでお前は人の目を見ることが苦手だってことが分かったな」
「ち、違うっ!今のはなんか恥ずかしくなっちゃっただけで、いつもしっかり悠の目見て話してるもん!」
「まぁそういえばそうだな。俺と話すときはしっかり目を見て話してるな」
俺と話すときは、な。
「他の人の時はどうだ?」
「うぅ……痛いとこ突かれた……。」
「だろうな。お前がめずらしく外出て歩いてた時、人に道尋ねられて目が泳いであたふたしてたもんな。」
「うっさいなっ 結局道を教えることが出来たんだからいいでしょ!」
「たまたま通りかかった俺が助けたからな」
「う……」
その時、玄関の方からチャイムの音が聞こえた。
「何だ?宅配便か?」
「え? いや……たぶん違うと思う」
心音は「悠って二人いるの?」と意味の分からないことを呟きながら、玄関に向かった。