9話 もう一つの物語
母国ではほとんどシャワーぐらいしか使っていなかったが、
日本に来てからは大浴場というものがあり、他の人が使ったお湯で体を温める。
ハッキリ言ってとても信じられませんでしたが、先日の妙子さん達とのお茶会ですごし歩み寄ろうと思い、
各部屋のにあるバスルームにお湯を溜めて肩までしばらく浸かってみたら、少しばかり湯上りに疲れはしましたが、心地よい疲れでした。
(今日の試合……。確かに勝ったはずなのに。)
シャワーで体に付いた泡を落とし、バスローブを羽織って冷蔵庫へ向かう。
同室の子がほとんど居ないから出来ることだ。
「ハイどうぞ」
渡された牛乳をゆっくりと飲む。
これも大浴場で教わったものだ。
(―――織斑、一夏)
「ありがとう」
「いえいえ」
(父と同じ男とは思えない強い瞳)
リビングに足を向けて歩き出す。
後ろからコップを洗う水音と聞きなれない鼻歌が部屋に流れる。―――ながれる??
振り向くとコップの水を切っていた妙子さんがそこにいた。
「な、な、なぜ。貴女が!?」
「あ、ごめんなさい。セシリアさんの同室の子が、今シャワー浴びてるから勝手に入っていていいよって。
それにお風呂上りに牛乳を飲むのを教えたのが設子さんだと聞いて。それに美味しそうに飲んでいたって聞いて」
「はい。セシリアさまは、それはとても美味しそうに飲んでいたので。あら? 白いお髭が付いていますよ」
先ほどまでわたくしがいたバスルームの扉からハンドタオルを持った設子さんが現れた。
口元をバスローブの袖口で拭いて、一呼吸して落ち着かないと。
「それでは、貴女達はにゃ・なぜこの部屋にいるのでしょうか?」
う。噛んでしまったわ。
え? 何故? この部屋にいることにわたくしが気が付かなかったのですの??
これでも代表候補生。今日織斑先生に色々言われましたが、軍事訓練も受けているのに。
格闘戦の成績はイマイチだったが、射撃だけは軍の教官すら驚いたくらいだ。
狙撃手として気配の絶ち方も察知も十分だと思っていたが、この2人はそれを上回っている。
特に設子さんは同じバスルームに居たはずなのに、まったく気が付かなかった。
「あたしは、あのビットの使い方が上手くって、ちょっと参考にしたいなーって。
ほら、あたしの楯って攻撃能力は無いですけれど、セシリアさんと同じイメージ・インターフェイスで動かしているので」
「あそこまで上手く動かせないんですけどね。あははは」そういって苦笑している。
いったい何者なんですの? 『アイギス』のISテストパイロットとはこれほど日常に溶け込むのが必要とされるものなの。
「あと、セシリアさん。いくら空調が整っているからと言っていつまでもバスローブ姿ですと風邪を引きますよ」
妙子さんは女同士でそこまで赤くならなくてもいいのに。どこまでも自然な態度の2人。
絶対に油断は出来ない。
「そうですわよね。ちょっと着替えてきますわ」
急いでバスルームに戻り護身用の銃と動きやすい服に着がえながら、少しだけ開けておいたドアから声を拾う。
「妙・・ま。せっかく・・・・きちんと、装備を・・・・」
「イヤ、・・・・それは、い・・何でも。そこまで・・・・・」
「小父様の・・・指示もあり・・・。・・・ちょうどいい機会・・・」
「だから・・・・趣味が悪い・・・・」
油断していたら絶対に危ない。
ゆっくりとドアを開けていつでも銃を抜けるように部屋に戻ると、そこには……。
メイドさんが立っていた。
しかも設子さんがネコ耳を差し出している。
「妙子さま。せっかくの機会なんですからセシリアさまにかしずくメイドさんをやって下さい。それにほらこのネコ耳も装備してください」
「うぅ。これ絶対設子さんの趣味でしょ? だからさっき腕を痛めるからと言って着がえるのを手伝ったんですね。だからそのひらひらのエプロンはやめて下さいってば!!
それに写真だけは写さないでくださいって」
「ダメです。これも小父様の指示があってきちんとの残すように言われているんですから。さあ、さあ!!」
なんなんですの? この状況は??
◇ ◇ ◇
「えーと。似合ってますわよ妙子さん」
キッチンで紅茶を入れるその姿は、設子さんに無理やり着させられたネコ耳メイドだった。
と言ってもワンピースにエプロン+横にへたれたネコ耳(わたくしも写メ撮ろうかしら?)
ですが、あのすばらしい紅茶をまた頂けると思うと、少し心が躍るがそれ以上にちょっとかわいそうな気がします。
ガシッと両手を握られると、目をキラキラさせた設子さんがわたくしを見ている。
「そうですわよね。妙子さまは凛々しい姿も素敵ですが、可愛い姿もとても素晴らしいですよね。
でも、あげませんよ」
(ちょっと、設子さんってこういう人ですの?)
(すみません。たまに暴走するんです)
そこまで仲が良いわけでもないのにアイコンタクトで通じるのは何故でしょうか?
諦めた表情で紅茶を持ってくると、テレビの電源を入れて空いているソファに座る妙子さん。
妙に手馴れている姿は気のせいでしょうか。
「織斑先生に今日の記録映像を貸してもらったので、色々解説お願いします」
「ええ、ちょっとトラウマを刺激されるのですが。報酬はこの紅茶でかまいませんわ」
画面に映し出されたのはあたくしのブルー・ティアーズと一夏さんの白式。その横にはそれぞれのシールド・エネルギー表示されている。
「あたしは一夏さんと直接戦ったわけではないので、まず印象からお願いします」
妙子さん、とてもいい表情ですわね。少しでも強くなろうとする強い意志。そう、一夏さんのような……。
「え? ああ、そうですわね。ライフルをかわしたときの反応速度は驚くべきものでしたが、その後がお粗末でした。
妙子さんのときは2機のビットを使いましたが、一夏さんの場合は4機。
ハイパーセンサーがあるとは言え、ろくに避けもせず真っ直ぐに向かって来られたので貴女よりも楽な戦いになると思いましたわ」
画面に映る白式がビットの存在を忘れたかのようにブルー・ティアーズに向かっていく。
「そうですね。確かに一夏さまは試合前かなり興奮していたようでしたし」
「そう。それですわ。設子さんがおっしゃったように、初めて専用機を持ったときのように大抵の人はそうなるんです。
だからわたくしは、初めの一撃だけライフルを使い冷静になるまで、ビットのみの攻撃にしたんです。
それに、初めからブレードを展開していたので、近接戦型だと分かりましたから」
「え、ということはあたしのエライヤも接近戦型だと……?」
なんでしょう? 真面目な質問なのにネコ耳をつけた妙子さんを見ると和むのは。
「そうですわ。エライヤの楯とあの槍を見れば、たとえ|換装装備≪パッケージ≫に銃器が有ったとしても、得意とするものは分かりますわ」
テーブルに両手を着いてうなだれている妙子さんを見ると、なぜか手が頭に伸びそうになる。
だが、手が動くたびに反対側から体に絡み付く視線があるために、何とかその衝動を抑えてくれる。
映像はすでに中盤に差し掛かり、白式がビットの攻撃を避け始めている。
だがすでに、白式のシールド・エネルギーはレッドゾーン近くにまで落ちている。
「うーん。でもすごいですね。あたしも楯を動かすのが苦手だったんですけど、セシリアさんは4機も同時に扱いそれぞれが攻撃能力を持っているんですから」
「あら、でもそれも一夏さんに看破されましたわ。ほら、ここを見てください。
白式が接近戦に持ち込もうとすると、わたくしが動きその間はビットの制御が出来ていないでしょ。
とりあえず、これがわたくしの今後の課題ですわね」
この先の映像は見ているのが辛いが、妙子さんの目が真剣である以上それに答えないといけない。
「この頃には一夏さんは冷静になっていましたわね。
ここからは本当に白式の本領発揮でした。いえ、正確に言うなら白式を動かす一夏さんの実力でしょうね。
機体のスピードに追いつき、わたくしの弱点を見抜いて正確に行動に移す。
あのとき完全にわたくしは負けましたわ。たとえルール上勝ったとは言えね」
どうでしょう? 今わたくしは笑っているでしょうか?
あの一夏さんと同じ力強い目を持った妙子さん?
「さすがにためになりますね。本当に代表候補生です」
良かった。貴女からそのような賛辞を貰えるなんて、
「一つお聞き事が……。いえ、これは無粋ですわね。
そうですわ! 今度貴女と一夏さん。わたくしがコーチをしますから放課後一緒に特訓しませんか?」
そうです。名案ですわ!
この2人なら十分に強くなれる。それにたぶんわたくしが持っていないものがある。
それを知りたい。
そう思ったとき、わたくしは不覚にも悲鳴を上げそうになった。
設子さんから織斑先生と変わらないプレッシャーを感じたからだ。
「も、もちろん設子さんも一緒にどうですか?」
口の中が乾いていくのが分かる。
ISを動かしたところはまだ見ていないが、もしかしたら……。いえ、おそらく一番警戒すべき相手だと。そう本能が告げている。
「そうですね。明日にも一夏さんと相談してみます。ありがとうございますね」
およそ30分にも満たない一時でしたが、とても有意義な時間をもらえた。
ですからわたくしはこう答えなければいけない。
「こちらこそ、ありがとうございます。まだまだ負けるわけにはいけませんから」
部屋へ帰る妙子さん達の後姿を見て、一夏さんも妙子さんにも聞きたいことがあった。
それは『どうして強くあろうとするのか』。
きっとその答えはシンプルなのでしょうが、わたくしの場合は代表候補生、それに467個しかないコアの持ち主である事で、
オルコット家を守るだけの力を手に入れた。だからそれ以上の力を持たなくても良いと思ってしまった事。
きっと、貴方達はそれ以上の大切なものを守るために強くあろうと考えているのでしょう。
今は私の方が技術では上ですが、それを見つけないとすぐに追い越されてしまう。
ならば自分だけの強さを持つべきでしょうね。
しかし、まだ消灯時間まで時間があるのに妙子さんはあの格好のまま部屋に戻るのでしょうか?
わたくしですら思わず手が出そうになるのに……。他の方に見つからなければいいのですけど。
そう思っていたら、隣で歩く設子さんが腕を組み、私に向けてそれはもう得意げに『ニッコリ』と笑って去っていった。
―――ええと、人の趣味はそれぞれあると思います。
しまったわ。一度でいいから『ニャーン』と言って貰えば良かった……。
後書きみたいなもの
うーん。たいぶ予定と違ってしまった。でもこれはこれで。
(本当はセシリアさんの入浴シーンのみで、後は回想のはずだったのに)
調べてみたのですがセシリアさんの同室の人って、誰なんでしょう?
まあ、設子さんがセシリアさんに「妙子さまは私のものよ」というオマケがついてしまいました。
ちなみに本文に出していませんが、2人がセシリアさんの所へ行ったのは、逆恨みをしていないかどうかを確かめる為です。
設子さんにはそれ以外の目的もありましたが……。