小説『魔法科高校の劣等生 〜不完全に完成した最強の魔法師〜』
作者:國靜 繋()

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 入学二日目は、オリエンテーションが主だったので早くも放課後になった。

 「龍弥様」

 深雪は、龍弥の制服の裾を指先でつかみ、困惑と不安が入り混じった眼差しで、龍弥の顔を見上げている。

 「全くあいつらは、変なプライドを持つから。深雪、一厘一毛たりとも、お前の所為じゃないんだからそんな顔をするなよ」

 龍弥はそんな妹を力づける為に、あえて強い語調で返事を返した。

 「はい、しかし……止めますか?」

 「いや、止そう。どうせ逆効果だ」

 「……そうですね。それにしても、兄さんの連れの方があそこまで突っかかってくるとは予想外でした。それにしても、人は見た目に依らないと言いますが実際に見たのは初めてです」

 「それは、同感だ。美月と言ったかな、あの子があんな性格だとは見た目では予想できなかったよ」

 一歩引いたところから見守る―――あるいは、眺める―――龍弥と深雪の視線の先には、二手に分かれて一触即発の雰囲気で睨み合う新入生の一団がいた。

 その片方は龍弥と深雪のクラスメイト、もう一方の構成メンバーは、達也のクラスメイトの様だ。

 第一幕は、昼食時の食堂だった。

 第一校の食堂は高校の学食としてはかなり広い方に為るが、新入生が勝手知らずという事情から、この時期は例年混雑する。

 しかし、専門課程の見学を早めに切り上げて食堂に来ていたらしい達也たち四人は、それほど苦労することなく四人掛けのテーブルを確保した。

 半分ほど食べ終わった頃に一悶着あった。

 座れる場所が少なかった事もあってか、チラホラと一科生が、二科生にどけだの変われだの場所を無理やり変わらせる光景があった。

 達也たちの所にも場所を譲らせようとした一科生が来たそうだ。

 第二幕は午後の専門課程見学中の出来事だった。

 通称「射撃場」と呼ばれる遠隔魔法用実習室では、生徒会長、七草真由美の所属するクラス、三年A組の実技が行われていた。

 生徒会は、必ずしも成績で選ばれるものではないが、今期の生徒会長は遠隔精密魔法の分野で十年に一度の英才と呼ばれ、それを裏付けるように数多くのトロフィーを第一高校にもたらしていた。

 その噂は、新入生も耳にしている。

 そして噂以上にコケティッシュだった容姿も、入学式で見ている。

 彼女の実技を見ようと、大勢の新入生が射撃場に詰めかけたが、見学できる人数は限られている。

 こうなると、一科生に遠慮してしまう二科生が多い中で、達也たちは堂々と最前列に陣取ったのだった。

 当然の様に、悪目立ちした。

 そして、第三幕は、今まさに進行中で、美月が啖呵を切っている最中だった。

 「言い掛かりは止めてくれませんか?深雪さんがお兄さんと会話する事の何がいけないのですか?他人が口を挿むような事じゃないはずです」

 相手は一年A組の生徒。

 昼休みに食堂で絡んできた面子だ。

 つまりどういう状況下というと、放課後、

 「なら、君たちまで司波さんと話す必要性はないはずだ」

 「それこそ、貴方達には関係ないはずです。わたしたちが誰と話そうと自由だし、況してやあなたの発言は深雪さんと私たちが話したらいけないと言いたげですよね」

 「その通りだとも、彼女は新入生総代であるのだから、一科生と二科生とのけじめは確りとしてほしいものだよ」

 やれやれといった具合に露骨に肩を落とすしぐさをする男子生徒。

 その物言いに達也の連れは憤慨したようで傍目からでも分かるほど肩が揺れていた。

 「別に深雪さんは貴方達を邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか。それにあなた方に何の権利があって深雪さんを束縛しようとしているのですか」

 一科生の理不尽な行動に、意外なことに、最初に切れたのは達也の連れの中で一番大人しい子だった。

 丁寧な物腰ながら、容赦なく正論を叩きつけた。

 今なお一科生を相手に、一歩も引かず雄弁をふるっている。

 「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

 深雪のクラスメートその一

 彼らの勝手な言い分を、達也の連れで男子生徒が威勢良く笑い飛ばした。

 「ハン!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」

 達也の連れで元気そうな女子生徒も皮肉成分たっぷりの笑顔と口調で言い返す。

 「相談だったら予め本人の同意を取ってからにしたら?彼女の意思を無視して相談も何もあったものじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんな事も知らないの?」

 相手を怒らせることが目的の様な女子生徒のセリフと態度に、注文通り、男子生徒その一が切れた。

 「うるさい!他のクラス、ましてやウィード如きが僕たちブルームに口出しするな!」

 差別的ニュアンスがある、という理由で「ウィード」と言う単語の使用は校則で禁止されている。

 半ば以上有名無実化しているルールだが、それでもこれだけ多くの耳目を集めている状態で使用される言葉ではない。

 この暴言に真正面から反応したのは、やはりというか意外というか、一番大人しそうな女子生徒だった。

 「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというのですかっ?」

 決して大声を張り上げて言ったわけではなかったが、美月の声は、不思議と皇帝に響いた。

 「あらら」

 まずいことになった、という思考が、龍弥の口から短い呟きとなって漏れた。

 彼のつぶやきは、一科生の押し殺した声にかき消されて、隣にいた深雪にしか聞こえなかった。

 「……どれだけするれているか、知りたいなら教えてやる」

 美月の主張は校内のルールに沿った正当なものだが、ある意味でこの学校のシステムを否定するものだ。

 「ハッ、おもしれぇ!是非とも教えて貰おうじゃねぇか!」

 一科生の威嚇とも最終通牒とも取れるセリフに、レオが挑戦的な大声で応じた。

 事ここに至れば今更だが、完全に「売り言葉に買い言葉」状態だ。

 道理は美月にある。

 それが分かっているからこそ、今のシステムに安住するものは、生徒、教師の区別なく、感情的に反発する。

 ここで明確なルール違反があったとしても、それが美月たちの側のものでなければ、見て見ぬふりをする者が多数派だろう。

 たとえそれが、学内のルール違反にとどまらない、違法行為であったとしても、だ。

 「だったら教えてやる!」

 学内でCADの携帯が認められている生徒は生徒会の役員と一部の委員のみ。

 学外における魔法の使用は、法令で細かく規制されている。

 だが、CADの所持が郊外で規制されているわけではない。

 CADは今や魔法師の必須ツールだが、魔法の行使に必要不可欠ではない。

 CADが無くても魔法は使える。

 だから、CADの所持そのものを、法令では禁じていない。

 故に、CADを所持している生徒は、授業開始前に事務室へ預け、下校時に返却を受ける、という手続きになっている。

 またそれ故に、下校途中である生徒がCADを持っているのは、別におかしな事ではない。

 「特化型っ!」

 だが、それが同じ生徒に向けられるとなれば、異常な事態、否、非常事態だ。

 向けられたCADが、攻撃力重視の特化型なら尚のことだった。

 見物人の日ベイをBGMに、小型拳銃を模した特化型CADの「銃口」が、レオに突きつけられた。

 その生徒は口先だけではなかった。

 魔法は才能に負う部分が大きい。

 それは同時に、血筋に依存するところが大きいという事だ。

 優秀な成績でこの画工に入学した一科生であれば、学校における魔法教育を受けていなくても、親の、家業の、親戚の手伝いと言った形で実戦経験のあるものも決して少なくない。

 「龍弥様」

 深雪の言葉が終わらぬうちに、間に入ろうとした龍弥だったがそれよりも先に間に入った人物がいた。

 「止めなさい!自衛目的以外の魔法による人体攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 声の主の姿を確認して、特化型CADを抜いていた男子生徒は蒼白となった。

 常ににこやかだった顔は、こんな時であっても、それほど厳しさを感じさせない生徒会長七草真由美がいたのだ。

 「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聴きます。ついて来なさい」

 冷たいと評されても仕方ない、硬質な声で命じたのは、真由美の隣に立っている女子生徒。

 入学式の生徒会紹介によれば、彼女は風紀委員長、渡辺摩利という名の三年生だ。

 摩利のCADは既に起動式の展開を完了している。

 ここで抵抗の素振りでも見せれば、即座に実力行使が行われる事は想像に難くない。

 別に実力行使をされたとしても龍弥や深雪、達也は返り討ちにすることが可能だが、ここでさらなる厄介ごとの種を残すのも得策ではない。

 さて、どうしたものかと軽く考えていると達也が先に動いた。

 幾分か達也が摩利と会話を済ませると真由美も達也側を擁護してきた。

 その間のみんなの様子はと言うと、顔面蒼白で生きた心地のしない時間を過ごしているようだった。

 そして決着がついたようで、御咎めは無しになったが、真由美は何となく、得意げに見える―――まるで「貸し一つ」とでも言いたげな―――笑みを浮かべていた。

 真由美たちが去った後幾分か静寂ののちに男子生徒が、その静寂を打ち破った。

 「……借りだなんて思わないからな」

 達也に庇われた形になったA組の男子生徒が、棘のある視線を向け、同じく棘のある口調で、達也へ向けてそう言った。

 達也は、やれやれという表情を浮かべて背を見せた。

 達也の友人たち全員が、彼と似たような顔をしていた。

 無用にエキサイトするキャラクターが、少なくともこの場ではいなかったことに安堵しながら、達也は棘をはやしたA組男子生徒へ視線を戻した。

 「課しているなんて思っていないから安心しろよ」

 「……僕の名前は森崎駿だ。僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは、僕たちと一緒にいるべきなんだ」

 森崎はそう捨て台詞を残して、達也の返事を待たずに背を向けた。

 返事を必要としないからこそ捨て台詞なのだろうが、相手を意識しているからこそ、のものである。

 「いきなりフルネームで呼び捨てか」

 だから、独り言のように、ただ確り聞こえる音量でつぶやいた達也の言葉に、森崎はピクッと背中を震わせた。

 そこで立ち止まらず、そのまま立ち去ったのはある種の意地が作用したのだろう。

 「では、兄さんまた後で」

 「ああ」

 「失礼いたします皆さん。では、参りましょう。龍弥様」

 そうして、達也たちと分かれ帰宅した。

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