お嬢は、母の名プラス誕生年ではなく正式な馬名で呼ばれるようになった。
レイグラス。
怜は、自分の名を彼女に授けた。
レイ、には光という意味もある。ターフの上を駆け抜ける一条の光となるように、との願いを込めて。
そんな走りを彼女に期待した。
しかし、いざ馬を持つとなると、怜には資格がない。一定の収入もなく、日雇いに近い身分の彼にはレイグラスを持つのは難しい。
また、人の口には戸は立てられない。誰もが去就を見守っていた、希望の星だった彼女だけに、噂はファーム内に広まっていく。
いくら亡くなられた坊っちゃんのお友達だからって、甘いにも程がある。
何も素人に譲らなくったって、お嬢ならいくらでも買い手がつくはずだ……
怜は再び、オーナーの招きを受けた。
ふたりの意見は一致している。
これ以上、ここに留まっている理由はない。
新参者が叩かれるのは当然だが、いつまでも一方的な言われ方をされる筋合いもない。
怜は今ではお嬢を手放す気は毛頭ない。
しかし、彼女とここを離れて路頭を迷うわけにもいくまい、どうすれば……。
「過分な申出と、怒らないでもらいたい」
登記簿のコピーを怜に渡してオーナーは言った。
「私のような規模の牧場があると、小さなところは淘汰され、自然、私の元に集まって来る。その内のひとつだ。君には必要だが私には魅力もない」
もう引き返すことはできない。
背水の陣をひくとはこのこと。
怜は、顧みもしなかった自分の会社を担保に、レイグラスと牧場を手中を収めた。