レイグラスはしなやかに伸びる若木のようにすくすくと成長した。
人に慣れない強気な所は、裏を返せばひとたび心を許した者への服従に繋がった。
乗り手を選び、気分が乗らないと走らない。絶対に走らない。
ぽっくりぽっくり、トレーニングセンターのトラック上を呑気に歩いて、彼女を抜き去る他馬をのんびり見送った。
かと思えば、いきなり大躯して三才の牝馬と思えぬ足を披露した。
「我が儘で食えない馬ですな」
レイグラスを引き受けた調教師は、苦笑まじりによく語った。
「美人は苦手ですよ、性格もダメときてはお手上げですな」
怜は報告の度に、ダメを連発された。
しかし、言ったこととは裏腹に、愛しそうにレイグラスを見上げる調教師のまなざしを見逃さなかった。
直接レイグラスを担当する厩務員や助手たちの手応えから、何頭も馬を管理する厩舎で、三才のおてんば娘が他の古馬たちよりも可愛がられているのがわかる。
全てを預けた厩舎に任せ、怜は天の采配に賭けた。
強い者には持って生まれた素質と、それを伸ばす力以上に運に恵まれている。勝つ馬はどうあっても勝てる筈だ。
調教師の指示通りのローテーションは組まれ、レイグラスは走った。
牝馬に混じり、どしゃ降りの雨の中、ぬかるんだ道を走り、彼女は勝鞍を重ねた。
新馬戦から始まって、休みを挟みながら順調にクラスを上げて行く。
レイグラスは本番に強い。パドックでは白けていてもいざ鎌倉になると走ってしまうのだ、騎手にもよるが。
勝鞍が増えると、にわかに周囲が騒がしくなった。
牝馬だから、故障無くそこそこの成績を上げたら繁殖入りを……と考えていた関係者たちは方向転換を計ることにする。
明け四才の早春、彼女の進路は定まった。
牝馬の好調の波は長くは保たない。
牝馬と比べると、どうしても早熟で、早めにピークを迎えてしまう。
「走らせたいですね、大きなレースで。お嬢は何かやってくれる、そんな気がしてならないですよ、時田さん」
雪のちらつく北海道で受けた電話の先の声は言う。
私はもっと前、当歳馬の頃から、信じていましたよ。
心の中で呟いて、怜は言った。
「夢を、賭けてみましょうか」
生きていれば自分の父とそう歳の変わらない調教師に怜は言う。
「お嬢は走ります。芝の鮮やかな東京の二千四百で」
「桜ではなくて、オークスですな」
牝馬クラシックの二冠目のレースのことを言いつつも、ふたりは全然別なことを考えていた。オークスよりも一週先の、初夏を彩る四才馬最大のレースを。
桜花賞トライアルを順当に勝ち進み、本線桜花賞でも復勝に絡んだレイグラスは方向転換する。出走権を手中にしつつもオークスではなく、次週のダービーヘ。トライアルレースを使うことなく本賞金と桜花賞三着の実績を頼みに、出走申込をした。
からくも抽選は通り、四才牝馬にとっては過酷と言われる二千四百、牝馬ばかりの東京優駿への出走が決定した。