身を寄せた先は、死んだ友人の父親が経営する牧場だった。
客人にはやさしい現地の人も、いざ居着くとなるといろいろ不都合が出てくる。
鳴り物入りで北海道入りした怜は、過去に接した人達から打って変わった扱いを受けた。
ヨソモノのシロートに勤まる仕事じゃない。
いくらオーナーのお声掛かり、息子さんの友人だと言ったって、たかが知れている。
ひょろっとした女みたいな顔の男に力仕事ができるかね。
綺怜なオフィスで、伝票にサインでもしてるのがお似合いだ。
口に出して言う者、言わずに態度で示す者、無視する者、様々な好奇の目に晒されても怜は終始無言だった。
言いたい者には言わせておけばいい。
自分がスタートラインから恵まれているのは良く分かっている。だからその上に胡座をかくことなく、地道に基礎を固めることからすればいい。
新参者はいつだって孤独だ。
自分は元から孤独を好んできた方ではなかったか。
慣れている。
でも、ここに住まう以上、それではいけない。
自分の場所を作らなくては。
その為にも、ここにいる人々に自分の事を力で認めさせなくてはならない……。
心の奥底に、彼等と自分は違うと思う、優越感があった。
幹部級のポストを用意されても受けず、彼は馬丁の仕事を黙々とこなした。
朝は夜明けと共に始まり、夜の九時には床につくような生活。
馬を相手にする仕事はほとんどが肉体労働だ。それに北の寒さが加わる。
日夜の労働はひ弱だった彼の体に逞しさを与えた。
鋭く人を射るような目付きは息を潜めた。
洗練された都会的な身のこなしは実務的なものに変わる。
彼の回りに張り巡らされていた華やかさのベールが一枚ずつ剥がれ、最後に、容易に人を寄せ付けない目をした寡黙な男が残った。
微笑むぐらいのことはあっても声を出して笑わなくなった。笑えなくなった。
オーナーの目を盗んでしかけられる従業員たちの苛めに耐え、無視に耐え、仕事に耐え、時は過ぎて行く。