小説『鈍色の荒野 【完結】』
作者:初姫華子(つぼはなのお知らせブログ)

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 身を寄せた先は、死んだ友人の父親が経営する牧場だった。

 客人にはやさしい現地の人も、いざ居着くとなるといろいろ不都合が出てくる。

 鳴り物入りで北海道入りした怜は、過去に接した人達から打って変わった扱いを受けた。

 ヨソモノのシロートに勤まる仕事じゃない。

 いくらオーナーのお声掛かり、息子さんの友人だと言ったって、たかが知れている。

 ひょろっとした女みたいな顔の男に力仕事ができるかね。

 綺怜なオフィスで、伝票にサインでもしてるのがお似合いだ。

 口に出して言う者、言わずに態度で示す者、無視する者、様々な好奇の目に晒されても怜は終始無言だった。

 言いたい者には言わせておけばいい。

 自分がスタートラインから恵まれているのは良く分かっている。だからその上に胡座をかくことなく、地道に基礎を固めることからすればいい。

 新参者はいつだって孤独だ。

 自分は元から孤独を好んできた方ではなかったか。

 慣れている。

 でも、ここに住まう以上、それではいけない。

 自分の場所を作らなくては。

 その為にも、ここにいる人々に自分の事を力で認めさせなくてはならない……。

 心の奥底に、彼等と自分は違うと思う、優越感があった。

 幹部級のポストを用意されても受けず、彼は馬丁の仕事を黙々とこなした。


 朝は夜明けと共に始まり、夜の九時には床につくような生活。

 馬を相手にする仕事はほとんどが肉体労働だ。それに北の寒さが加わる。

 日夜の労働はひ弱だった彼の体に逞しさを与えた。

 鋭く人を射るような目付きは息を潜めた。

 洗練された都会的な身のこなしは実務的なものに変わる。

 彼の回りに張り巡らされていた華やかさのベールが一枚ずつ剥がれ、最後に、容易に人を寄せ付けない目をした寡黙な男が残った。

 微笑むぐらいのことはあっても声を出して笑わなくなった。笑えなくなった。

 オーナーの目を盗んでしかけられる従業員たちの苛めに耐え、無視に耐え、仕事に耐え、時は過ぎて行く。

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