小説『鈍色の荒野 【完結】』
作者:初姫華子(つぼはなのお知らせブログ)

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 緊張の日々の中、日に日に大きくなる子馬たちの存在には助けられた。

 馬の親子は仲が良いと言うが、文字通り子馬は母の側を離れない。

 おぼつかない足取りで母の後をひょこひょこ付いてくる。

 異様に伸びた、節だらけの四本足の上に申し訳程度の胴と首と、大きい頭。

 一見するとどの子も同じようだが、体の色も違えば、星の位置も違うように体格も違うものだ。

 当歳馬の体には馬の将来が詰まっている。この骨張った体が大きくなり、肉が付いていく。筋肉はごまかせても骨格は変えようがない。

 競走馬であることを忘れて眺めると、彼らの睦まじさは、微笑みを誘うと同時に、胸苦しさを彼に与える。

 子を慈しむ母。子に何かあれば馳せ付けて子を守る母。

 教えられたわけでもないのに我が子への愛情を注ぐ姿。

 自分は母に愛されていたのかと、朧になった母の像に、怜は問い掛けた。

 あなたは物言わぬこの動物がわが子に寄せるような愛情を、私に、妹に、注いでくれたのだろうか、守ってくれたのか。

 僅かな記憶から、母の愛を見つけるのは難しかったから。

 遠く離れた今でも、僅かでも我々兄妹を思い出してくれることはあるのだろうか。


 遠い目で辺りを眺める彼の側には、いつも決まった栗毛の子馬がいた。

「またお前か」

 彼は手を伸ばす。

 その手に誘われるように来る子馬。

 彼は手をしゃぶる子馬の鼻面をもう片方の手で撫でて、思慕を打ち消す。

 聞いたところでどうなる。過去は戻せない。

 自分は母からも父からも独立した。

 これからはひとりで立って生きていく。

 自分の子別れは、母と離れ離れになったときに終ったのだから。

 そう、終わったのよ、と告げるように母馬が彼の前に立ち、子馬と彼の間に頭を割り込ませる。

 私の子供よ。もう返して頂戴ね。

 そう問い掛けるような眼差しを彼に向け、馬の親子はいつも彼の前から去って行った。

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