緊張の日々の中、日に日に大きくなる子馬たちの存在には助けられた。
馬の親子は仲が良いと言うが、文字通り子馬は母の側を離れない。
おぼつかない足取りで母の後をひょこひょこ付いてくる。
異様に伸びた、節だらけの四本足の上に申し訳程度の胴と首と、大きい頭。
一見するとどの子も同じようだが、体の色も違えば、星の位置も違うように体格も違うものだ。
当歳馬の体には馬の将来が詰まっている。この骨張った体が大きくなり、肉が付いていく。筋肉はごまかせても骨格は変えようがない。
競走馬であることを忘れて眺めると、彼らの睦まじさは、微笑みを誘うと同時に、胸苦しさを彼に与える。
子を慈しむ母。子に何かあれば馳せ付けて子を守る母。
教えられたわけでもないのに我が子への愛情を注ぐ姿。
自分は母に愛されていたのかと、朧になった母の像に、怜は問い掛けた。
あなたは物言わぬこの動物がわが子に寄せるような愛情を、私に、妹に、注いでくれたのだろうか、守ってくれたのか。
僅かな記憶から、母の愛を見つけるのは難しかったから。
遠く離れた今でも、僅かでも我々兄妹を思い出してくれることはあるのだろうか。
遠い目で辺りを眺める彼の側には、いつも決まった栗毛の子馬がいた。
「またお前か」
彼は手を伸ばす。
その手に誘われるように来る子馬。
彼は手をしゃぶる子馬の鼻面をもう片方の手で撫でて、思慕を打ち消す。
聞いたところでどうなる。過去は戻せない。
自分は母からも父からも独立した。
これからはひとりで立って生きていく。
自分の子別れは、母と離れ離れになったときに終ったのだから。
そう、終わったのよ、と告げるように母馬が彼の前に立ち、子馬と彼の間に頭を割り込ませる。
私の子供よ。もう返して頂戴ね。
そう問い掛けるような眼差しを彼に向け、馬の親子はいつも彼の前から去って行った。