小説『IS―インフィニット・ストラトス― 季節の廻る場所 』
作者:椿牡丹()

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【第二話:誇りの宣戦布告】



「ああ、その前に再来週行なわれるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 私とその子との出会いは、思えば千冬さんのこの一言が始まりだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点ではたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 へぇー。クラス代表か。なんだか面倒臭そうだなぁ。
 ああいうのってやりたがる人とそうでない人がはっきりと分けられるよね。ちなみに私はやりたくない人。だって面倒だし、責任を負うのはちょっとね……。

 千冬さんは『自他推薦は問わない』なんて言ってたけどやりたい人なんているのかな?
 ほとんど皆が初対面だし、何より織斑君がいるし。

 女子校育ちって結構面倒が多いって聞くから控えめな子が多いんじゃ……。
「はいっ。織斑君を推薦します!!」

 そんな私の予想を裏切るかのように一人の生徒から声が上がった。
 その言葉におもわず頷いてしまっている自分がいることに気がつく。

 他人事だからこんな風に適当だけど、推薦される方の織斑君はたまったもんじゃないだろうなぁ、なんてことを考えながら言葉を発した生徒に目をやる。

 周りからの賛同も受け、机の下でガッツポーズを作っているのが見えた。うわー。あの子確信犯だね。
 織斑君は皆注目してるし、なんていっても千冬さんの弟。それだけの要素があればまず代表は間違いない。っていうかこの流れで意見を言える人がいれば尊敬に値するよ。


「他に誰もいないのか? いないなら無投票当選になるぞ」
「ちょっ!! 俺はやりたいだなんて一言も――」 
「自他推薦は問わないと言ったはずだ。他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上覚悟をしろ」

 千冬さん凄いなぁ。
 自分の弟なのにあんなに厳しくして。普通だったら絶対に無理だよね。ただでさえこんな学校に一人でいるっていうのに、その上クラス委員にまでされようとしているんだから。

 私だったら絶対に庇ってるかも。『弟は忙しい』って一言で皆納得するだろうに。

 そんな事を考えながらも私は何もしなかった。
 織斑君には悪いと思うけど、他に誰か推薦できるような人はいないし、私が自ら生贄になろうとも思わない。

 それに何より、かなり面白そうだから!!

「待ってください!! 納得がいきませんわ!!」

 そんな風に考えている時だった。しどろもどろしている織斑君を観察し、彼にクラス代表が決まろうとしたその瞬間。私よりも後方の席から甲高い声が響き渡る。

 皆が一斉に振り返る。

 そこにいた人は――。

「そのような選出は認められません!! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間も味わえというのですか!?」

 ……なんていうか。うん。
『まだこの世界に存在してたんだね』って言いたくなるような人だった。確かこの人、イギリスの代表候補生だっけ?

 まぁ、気持ちは分らないでもないよ?
 私もこういう選出の仕方は面白いとは思っても本人は迷惑だろうなって思うし。そのことに関しては何にも文句はないよ。でもさ、それは駄目じゃないかな?

 そうやって人の心をがっしり掴むのは駄目なんじゃないかな?

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!!」

 えっと、セシリアさん? それともオルコットさんって呼べばいいのかな?
 外国の、それも貴族っぽい雰囲気を醸し出している人をどういう風に呼んだらいいのか分らないけど、これだけは分っている。

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき。それはわたく――」
「金髪ロールはないよ!!」

「……春日、何か言いたい事があるなら挙手をしろ」

「えっ!? 私ですか!?」

 な、何で!? 私何かした!? そりゃ、金髪ロールはないって思っちゃったけど、それだけだよ?
 だってセシリアさん完全に金髪ロールなんだもん。三百六十度どこから見ても金髪ロールなんだもん。

 それになんだか周りの視線がやけに私に向いているような気がするんだよね。『やっちゃったな』みたいな雰囲気がものすごく気まずい。

「こほんっ。とにかく、文化としても後進的な国で暮らさなければならないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛ですの。これ以上わたくしに――」
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。島国って、そっちだって島国じゃねぇか。日本が遅れてる? 世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 空気が固まった。

 というか空気は気体であって、固まった時点でそれはもう固体だから空気じゃなんじゃないかな。それに空気の主成分窒素だし、その窒素も液体にするのに−195,8℃まで冷やさないと駄目だし。
 ってそんなわけの分らないこと言ってる場合じゃない。

「あっ、あっ、あなた!! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 ほら。セシリアさん怒ってるよ。もうめっちゃ怒ってるよ。
 そうだよね。貴族……かどうかは知らないけど、気品とか見てるとそんな感じするし、そんな人の前で国を馬鹿にするのは駄目でしょ。

 あれ? でも、セシリアさんも日本が文化的に遅れた国だとか何とか言ってなかったけ? 一字一句合ってるとはいえないし、織斑君の爆弾発言でほとんど飛んじゃったんだけど、なんとなくそんな事を言ってた気がする。

「決闘ですわ!!」

 あちゃー。やっぱりそうなっちゃうのか。ここから手袋を投げつけたりするのかな。
ん? あれはイギリスであってたっけ?

 できれば喧嘩なんてしてほしくないんだけどな……。
 せっかく同じクラスになった友達なのに。

「おう。いいぜ。四の五の言うより分りやすい」
「言っておきますけど、わざと負けたりしたら私の小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」
「侮るなよ――」

 それからも二人は色々と話しているみたいだけど、その会話が私の耳に入ってくることはなかった。だって千冬さんに顔が一瞬曇ったのを、私は見逃さなかったから。

 本当に一瞬のことで、今ではもうさっきまでの千冬さんになっているけれど……。
 そうだよね。弟を心配しないお姉さんなんていないよね。でも千冬さんは教師だから。だから優しくすることが出来ないんだ。

 えこひいき、なんて誰も言わないと思うけど、そういうの織斑君は嫌いそうだもんね。たぶん千冬さんも。

 千冬さんは織斑君のお姉さんを十五年やってるんだもん。彼の嫌うこととか分るよね。

 心配じゃないのかな、なんて思っちゃった。後で謝った方がいいのかな。でも千冬さんに言っても『そんなことは思っていない』って言われちゃいそうだし。織斑君に直接言っても全然意味ないし……。

 あー。もう!! どうすればいいの!? 私、どうすれば――。
「春日、今のところもう一度読んでみろ」

「え? ……えっと……」

 いつの間に授業再開してたの?
 織斑君も普通に椅子に座ってるし。あぁ、この問題、どういう解決法になったのか全然見てなかった!! ってその前に今は目の前のことに集中しないと。
 えっと確か、今からやろうとしていたのは各種装備の特徴だったよね。だから…………。


 聞いてないのに分かるわけがないよね!!

「すみませ――」
 パシーンッ!!

「春日、授業は真面目に聞け」
「……はい」

 謝ることさえ許してもらえないみたい。それにしても本気で痛い。
 本気と書いてマジと読む!! みたいな感じでボケる気にもならなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うぅ……」

 放課後、机の上でぐったりとうなだれている生徒の姿があった。
 教科書を恨めしそうに見つめ、そしてまた大きなため息をつく。

「はぁ……」

 こうなったのは誰のせいでもない。自分のせいである事は分かっていたし、言った事の対する責任があることも理解している。
 自分の行いに後悔はない。後悔はないが……。

「何でこんなにややこしいんだよ」

 教科書を閉じて再びため息をつく。今日で一体何度ため息をついたことだろう。授業中についてしまったら最後、真耶には『な、何か問題がありますか!?』と泣かれそうになり、千冬には『いちいち煩いぞ。黙れ』と言われる始末だ。

 さらに授業間の休憩時間は他クラスの生徒まで押しかけてくるのでまともに休める機会がない。

 その中でも昼休みは特に酷かった。昼食をとるために学食へと向かったのだが、その後ろをぞろぞろと大量の生徒がついてきたのだ。それだけでなく一夏が歩くごとにその数は増えていき、大名行列さながらの集団と化していたのである。

 それを一夏が認識したのは食堂に着いて直ぐのことだ。まずもって学食内にいる学生の数が少ない。もっとごったかえしているのかと思っていたが――ほとんどの生徒が一夏の後ろをついていたために――意外と空いていたのだ。

 まさか学校の大多数の人間が後をついているとも知らない一夏は、普通に食券を買い、普通に注文し、普通に食べようとしていた。

 だが、そこで事は発覚する。
 大多数ではない少数派。この学校においても一夏に全く興味を示さない者も、たしかに存在したのだ。

 そんな生徒にとっては、一夏のこの状況は『異常』と言うほかない。

「――っ!!」
「えっ!? 俺何かした?」

 ただ歩く。たったそれだけの行為であるにもかかわらず、生徒たちは一夏――の後ろをついていく女子生徒――から離れていき、再び『モーセの海渡り』の現象が起こっていたのだ。

 そんな事を全く知らない一夏は驚きである。
 いくら男性に免疫がないからといって、いくら男性の地位が大きく下がったといって、これほどまでに避けられるものなのかと。

「はぁ……。って、えっ!?」
「やばいって!! 見つかったよ!?」

 椅子に座り何気なく後ろを振り返った一夏は、そこにあった光景に先程からずっと避けられている理由を知る。
 知るのだが……。

「ははっ……どうも……」

 最早愛想笑いしか返せなかった。

(結局どこ行っても誰かがいるし、箒は助けてくれないし、俺の休息地はどこに……)

 そんな場所など、今の段階でこの学校にあるはずがないことは一夏が一番分かっていることだった。

「ああ、織斑君。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 そんな一夏だったが呼ばれた声に反応して顔を上げる。そこにいたのは書類を片手に抱えた真耶の姿。平均よりも低く見える身長。そしてその胸にある大量破壊兵器に目をやろうとして何とか目を逸らす。

 が、その場所が悪かった。何とか逸らした一夏だったが思いっきり真耶のことを睨んでいるかのような風になってしまったのだ。
 真耶も教員とはいえ、男性に対する耐性がないことは初日にして既に発覚していた。
 そんな状況の彼女にそんな事をすればどうなるのかは小学生でも分かる。

「ご、ごめんなさい……。その、怒らないで……」
「えっ!? あぁ、怒ってないですから」

 扱いが難しいなぁ、などと気の抜けたことを考えながらも真耶の説明を受けていく。
 一夏の都合――主に日本政府が絡んでくる話――の事もあるからだろう、耳打ちしていた。

 耳にかかる息というものは案外くすぐったいものなのだ。
 それを長時間続けるものだから一夏としてはたまったものじゃない。

「あ、あの息がくすぐったいんですけど」

 その様子を見ているクラス内外の生徒の反応はさらに敏感になっていく。
 授業中でも妄想から帰ってこなかった真耶である。その妄想を実行に移してもおかしくない、とでも思われているのか生徒たちの目は見逃すまいと見開かれている。

(結構真面目な話し中なんだけど……)

 耳打ちしているのでこちらの話が聞こえないのは当たり前だが、向こうの話は十二分に聞こえてくる。心の中で嘆息しながら真耶に言うと慌てた様子で一夏から離れていった。

「おっしい。もうちょっとだったのに……」

(だから真面目な話だって……)

 いちいち突っ込んでいられない一夏だったが、ここにきて女子校生の妄想力を痛感したのだった。

「部屋は分かりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰ってもいいですか?」

「ああ、荷物のことでしたら――」
「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

「どうもありがとうございます……」


 この後、五分ほど話し大体の説明を受けた一夏が向かった寮で待ち受けていたものは主人公にとっては最も大切なもの。なくてはならないものであり、初期装備されているもの。

 つまり幼馴染のバスタオル一枚姿、というラッキースケベな展開だったのだが、それはまた別のお話。


 一夏が全国剣道大会優勝者の木刀の一撃を真剣白刃取りで辛うじて防いでいる中――。

「もう嫌だ……。ここどこなの?」

 春日秋穂は道に迷っていた。

「あれー? 校舎から寮までは五十メートルぐらいしか離れてなかったはずなんだけど……」

 続々と帰っていく学生について行かずに探検しよう、などと思ったのが運のつきだった。
 探検が始まってからわずか十数分で迷子になり、後は己の勘に従い彷徨い続けている状態である。

(さっきはここを西に曲がったから……)

 コンパスを片手に彷徨うその様はまさに探検家といえないでもないが、滑稽である事に変わりはなかった。

 そもそも彼女、春日秋穂はこれまでにも何度も道に迷っている。幼い時から、大きくなった今でも、何一つ変わらず方向音痴なのだ。
 何かで見たことのある『迷ったら北に行け』という言葉をそのまま信じたわけではないが、それをきっかけとしてコンパスを持ち歩くようになった。だが結果はこの通り。むしろ多くなった情報量を自分の中で整理できていない分、持っていなかった時の方が足取りは軽いといえるだろう。

「はぁ……。学校は大丈夫だと思ってたのに」

 そんな彼女はどこでも迷子になるわけではない。家の近所ではもちろん迷子にはならないし、中学の時も最後の方は安定していた。

『新しい物好き、可愛い物好き』という彼女の性格が見知らぬ土地であっても存分に発揮されてしまうために道に迷っているのだ。

 だが、いつまでも迷っているわけにもいかない。今となってはもう高校生である。言わば大人の仲間入りだ。
 それを抜きにしたとしても夕食の時間に戻れなくなってしまうことは避けたい。楽しいことは大好きだが、怒られることは大嫌い。という典型的な子供だった。


「あれ? ここってもしかして寮なんじゃ……」

 春日秋穂。奇跡のような迷い方をするのが彼女の特徴であり、もはや性質とさえ言えるのだが、奇跡のような解決法が見えてくる性質も同時に身につけているのだった。

 こうなった時の秋穂の行動は早い。一番近くのドアへ向かうと、いきなりノックした。

(迷った時は助けてもらう。これ、常識だよね)

「すみませーん」

 躊躇わずにドアをノック。
 待つ、という行為を知らないのか、間髪入れずに同じことを繰り返していく。

 コンコン……コンコン……コンコン……。

 一定のリズムを刻むそれは、今からなにかを尋ねようという態度の人間がすることではないのは明らかであるが――それでも手が止まることはない。

「もしもーし。すみませーん」
「一体誰ですの!? 一度呼ばれれば分かりますわ」

 子供のように扉を叩き続ける秋穂の行動に相当苛ついた様子で中から生徒が出てくる。
 しなやかで見事な金髪は巻かれ、主人の気品をさらに際立たせる。白のネグリジェは彼女が白人であることも相俟ってその清純さを更に一段階上げる。
 何よりもその肢体。すらりと伸びた脚、整ったボディーライン、胸は日本人女子のそれを大きく超えた発達をしている。女である秋穂でさえ見惚れてしまうほどだ。

 その見知った姿に、お互いに一瞬止まってしまう。

「あなた……確か同じクラスの春日さん、でしたかしら?」
「えっ!? う、うん。そうそう。私、春日秋穂。セシリアさん覚えててくれたの? ありがとう、すっごい嬉しいよ!!」

「同じクラスなんですもの。当たり前ですわ」
「それでも嬉しいよ。セシリアさん綺麗だし、可愛いし」

 見惚れていたこと自体何も恥ずかしいことではないのだが、秋穂は焦ったように言葉を並べ思ったことをどんどん口にしていく。
 その言葉はどれもセシリアを褒めることばかり。無自覚でこれだけのことを言っているのだから彼女もまた天然と呼ばれる部類の人間であることに変わりなかった。

 しかし一つ言うならば、褒められて嫌な人間はいないという事に尽きるだろう。

「それはそうと、わたくしに何か用でもありますの? 同室の方なら先程出て行かれたばかりですけれど」
「そうだよ!! すっかり忘れるところだった」

 いそいそと部屋の鍵を取り出す秋穂。何をするのか、用事が何なのかさえ聞かされていないセシリアは待つことしか出来ずその場で立ち尽くす。
 部屋番号を何度も確認した秋穂はセシリアに向かって言い放った。

「この部屋に連れて行ってください!!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 まず始めに結論から。
 セシリアさんは結構いい人だ。

「1012室、ですか?」
「うん、私ちょっと道に迷っちゃって。だから教えてくれると助かるんだけど……」

 冒険してたからです。とはさすがに言えない私は、とりあえず迷ったことだけ伝えた。
 何も間違ったことはしてないし、迷っちゃったのは本当のことだから。

 大概の人はここで二通りに分かれる。『何してたの?』って聞く人と『嫌だ』って断る人だ。
 別にどっちでもいいんだけどできれば前者であってほしい。聞かれるのは別にいいとしても、道を教えてくれないと私は帰れない。

 だから答えを待ってたんだけど、私の予想なんて全く無視するかのように部屋の扉を閉めすたすたと歩いていってしまう。

「えっと……」

 あー。これはあれか、第三の選択肢『放置』ってやつかー。寂しいなぁ。ここからどうやって帰るんだろう。また違う人に聞くしかないか。隣の部屋でいっか。なんて思ってたら不意にセシリアさんが戻ってきた。

「あら? その部屋に行きたかったのではないの?」
「えっ?」

「いえ、わたくしはその部屋に連れて行ってと聞こえたものだから。聞き間違いでしたら謝りますわ」

 困ったような表情のセシリアさん。
 あれ? 理由も何も聞かないの? ただで案内してくれるの?

「あ、あの、ごめんなさい。それで合ってます」

 おもわず敬語で話してしまった。セシリアさんは「よかったですわ」というと戻ってきた道を再び歩き、案内してくれる。
 その後姿にまたもや見惚れそうになったけれど、置いていかれるわけにもいかず急いで後をつけて行った。

 ――何で、なにも聞かないんだろう。

 私の頭の中はそれでいっぱいだった。何も聞くことなく、というか何も話さないでただ案内してくれるセシリアさんの後姿はそれだけで既に格好良いんだけど、やっぱり気になるものは気になる。

 自分の事をこういうのはどうかと思うけど、普通は警戒しないかな? いきなり部屋を訪ねてきた相手が『部屋まで案内してくれ』なんて言ってきたら理由ぐらい聞きそうなものだけど。

「あの……」
「どうかなさいましたの?」

 私の言葉でいちいち立ち止まって聞いてくれるセシリアさん。やばい。私が男だったら完全に惚れてるよ。

「何も聞かないの?」
「当然ですわ。言いたくない事の一つや二つ、誰でも持っているでしょう? それとも聞いた方がよろしいかしら?」
「うっ……。それはそうなんだけど」
「困っている方がいて、わたくしがその力になれると言うのであれば、迷う余地などございません。ましてや言いたくないことを無理やり聞こうだなんて、高貴な者がすることではありませんわ」

 前言撤回。
 セシリアさん。結構どころかめちゃくちゃいい人でした。
 優しく微笑まれた日には、どんな男もイチコロだね、こりゃ。

 だんだんとセシリアさんに慣れてきた私ははっきりとその体を見ることが出来た。

 ……なんか、ちょっとエッチだよね!!

 白人さんって初めて会ったんだけど、とにかく体つきが大人みたい。キメ細やかな肌、長い脚、そして何より胸が大きい。
 山田先生ほどじゃないんだけど、やっぱり外国の人は凄いね。私なんてちょっと発育のいい中学生に負けちゃうような慎ましやかな草原が広がってるから比べてみると良く分かる。

 胸がないわけじゃないよ。ただ小さいっていうだけで……。でも大丈夫!! この間テレビで『小さな胸の女性が好き』っていう男性が増えてるって言ってたし。

 あっ、でも弾さんはどうなのかな。やっぱり胸の大きな人がいいのかな。うぅ、どうしよう。胸って遺伝だったりするのかな。でも私のお母さんは一般的なサイズだし。

 弾さんが『貧乳好き』っていう属性? とかいうのを持っていてくれればいいんだけど。
「着きましたわよ」

 どうでもいいこと、いや私にとってはこれからの人生のことだからとっても重要な事なんだけど。まぁそんな事を考えているうちにセシリアさんが振り返った。目の前の扉にはまごう事なき『1012室』の文字。

 おお!! 凄い!! 疑ってたわけじゃないけど、こうもあっさり辿り着くと目の前のセシリアさんが天才なんじゃないかと思えてくる。
 いや、セシリアさんはイギリスの代表候補生なんだから、それはもう天才だってことなんだけど。

「困ったことがあったらまた。言っていただければ力になれるかもしれませんわ」

 教室の時みたいに気取った感じのない、優しい女の子がそこにはいた。優しくて、格好良くて、そして何より『可愛い』女の子が。

 では、と言って部屋へ帰ろうとするセシリアさんを呼び止めた私はこう言った。

「あの……お礼にお茶でも飲んでいきませんか?」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「イギリスの紅茶には遠く及ばないと思うんだけど……」
「そんなことありません。とてもいい香りですわ」

 私が淹れた紅茶をセシリアさんは上品に飲んでいく。まだ少し熱いはずなのに、そんな事は微塵も感じさせない見事な飲みっぷりだ。紅茶に対して『飲みっぷり』なんて言葉を使うのはおかしいけど、音一つ立てない。

 でも……じゃないね。だからこそ、かな。

 そんな表情の一つ一つが、とっても可愛い。そこいらのモデルよりずっとだ。
 もしかしたら向こうにいる時はそういうお仕事をしてたのかもしれない。

「ふぅ。美味しかったですわ。そろそろっ……」

 セシリアさんが急に声に詰まる。私が急に背中に触ったからだ。
 指先で肌の感触を確かめ、その弾力を感じ、そのまま背骨に沿って下へ下へと進んでいく。

「か、春日さん!? 何をなさって――」
「秋穂でいいよー。私もセシリアちゃんって呼ぶから」

 カップをテーブルに置いてセシリアちゃんがベッドに腰掛けて――椅子もあったけど、二人は座れないので私の使うベッドに座ってもらった――ほっと一息ついていたから良かった。飲んでる最中だったらびっくりして気管の方に入ったかもしれないし。

 後ろに回り私が何をしているのか分かりかねているセシリアちゃんはただただ戸惑うばかり。
 そんな何気ない仕草が、私の中の『何か』を激しく震わせる。

「春……秋穂さん?」

 後ろから抱きつくような姿勢で座る。セシリアちゃん、シャワー浴びたのかな? すっごいいい香りがする。

 柔らかくて、甘い香り。

「…………」
「ど、どうしましたの?」
「ごめんね。ちょっとだけ……このままじゃ駄目?」
「べ、別に構いませんけど……」

 体重を預ける。
 重たいかな……。少し心苦しさはあるけど、でもすごく安心できる。

 包み込まれてるっていうのかな。私のすべてを受け止めてくれている感じがする。

「秋穂さん、何かありましたの?」
「…………」
「相談されるというのは初めてですが、話を聞くぐらいはできますわよ?」

 ……セシリアちゃん、怒らないかな?
 そんなことが頭をよぎる。仲良くしたいって想いと、言うことをちゃんと言うって行動は矛盾しない。
 仲良くなるためにも、正直な気持ちで相手と向き合うっていうのはすごく大切なことだと思う。

 ――それは分かってるんだけど……。

「……あのね、セシリアちゃん」
「はい」

 長い沈黙。言いにくいことをしっかり言わないと、駄目だよね。胸を張って『友達』と言いたいなら、やることはやらないと。

 やらなくても特に問題はない。それも分かってる。
 でも駄目。私には――目の前のことを無視することなんてできない。

「……どうしても、戦うの? 二人で揃ってごめんなさいじゃ駄目なの?」
「……その事ですの」

 聞きようによっては織斑君を擁護しているようにも聞こえる。私がセシリアちゃんだったら、この言葉はきっと自分を攻めるように聞こえてしまっていると思う。

 思わず回した腕に力が入ってしまう。ぎゅっとして、離さないと言わんばかりに。

「今ならまだ間に合うよ。喧嘩なんて止めよ? そりゃ、お互いに言いすぎたところはあると思うよ。織斑君の言い方だって、決して誉められたものじゃないとも思う。でもそれはセシリアちゃんも同じでしょ?」
「そう、ですわね……。確かに、少し言いすぎたかもしれませんわ。ここはあなたの生まれ育った国でもあるんですものね」

 認めてくれる。
 納得もしてくれている。

 でも――絶対に引かないという強い意志も一緒に感じられた。
 重ねられた手が熱い。私、もしかしたら震えてるのかな……。

「秋穂さん、あなたの言いたいことは分かりますわ。わたくしもまだまだ子供だということですね」
「じゃあ――」
「ごめんなさい。それでもわたくしは戦わなければなりませんの」

 重ねていただけの手をしっかりと握ってくれる。
 正面には私はいなくて、私の顔はセシリアちゃんの背中にくっついているけど。そんなことは気にしないようにはっきりと話してくれる。

 ……でも、やっぱり喧嘩はしてほしくない。
 仲良くできるんだったら、それが一番良いに決まってるはずだもん。

「わたくしの方がクラス代表にふさわしいと思っているのは今でも変わりませんわ。でもそれ以上に――これは誇りをかけた戦いですの」
「誇り……」

 私には難しくてよくわからない話だ。『誇り』って言われても、今までの人生でそれについてなにか考えたことなんて何もない。

 日本人として。春日家の一人として。一人の女として……。
 持とうと思えばいくらでも理由は浮かんでくる。でも誇りなんてもの、どうでもいい人からすれば本当にどうでもいい。

『天秤にかけるには軽いものだ』なんて思っちゃ駄目なのは分かるけど……納得できないっていうのが私の本音だった。

「自分から申し込んだ決闘に自分から辞退するだなんて。ここで引いてしまってはわたくしは自分を許せなくなりますわ」
「私には誇りとか、そういう難しいことはよく分からないの。だからセシリアちゃんには怒られるかもしれないけど――」

 かもしれないじゃない。怒られるって自分で分かってる。それでも言おうとしてるんだから、私も負けず劣らず頑固なのかもしれない。

 頭の片隅でそんなことを思った。

「やっぱり私には喧嘩をする理由を並べられているようにしか聞こえないよ。……どうしても駄目、なのかな」
「駄目ですわ。秋穂さんがどれだけわたくしのことを考えていても、これだけは譲りません」
「…………」
「……失望しました? 嫌な女だと思いました? 友人として言っておかなければなりません。わたくしは、自分が正しいと思ったことは誰に何を言われようと曲げることはしません」

 ……ここまで言われたら、さすがに無理だよ。私の説得なんて全然意味ないしさ。
 セシリアちゃんがこれだけ真剣に答えてくれていて、それでもそれを阻むだけの力は、私にはない。

 私だけじゃない。今のセシリアちゃんを止めることのできる人なんて、一人もいない。セシリアちゃん自身は止まる気がないし……。

「私がどれだけ頼んでも駄目?」
「駄目ですわ」
「……絶対?」
「はい」
「……止めてくれないと嫌いになっちゃうって言っても?」
「秋穂さんはそんなこと言わないでしょう? ……駄目ですわ。何を言われても、引く気はありません」

 セシリアちゃんがこの調子だと……織斑君を説得しても駄目そうだなぁ。向こうは向こうでヤル気満々だったし。

 それに――。

「今から織斑君のところに行くって言ったら軽蔑する?」
「そんなことありませんわ。でも、彼も聞いてはくれないでしょうね」

 こんな風に私の行動を全て受け入れられると、私はセシリアちゃんのことを受け入れるしかなくなってしまう。

 はぁ……。私にもっと力があればよかったのに。

「そっか。うん、分かった。……もう止めない」

 ただ、それでも――。

「怪我だけはしないでね? それは約束だよ?」
「分かりましたわ。約束します」
「じゃあ我が家のおまじない、してあげるね」

 せめてものわがまま。ISに乗って戦うっていっても、度が過ぎればそれは命に関わってくる。

 二人がするのは、体育競技の記録会じゃない。
 兵器を使った戦闘だ。

 だからせめて、セシリアちゃんが怪我をしないように。
 本当は織斑君にもしてあげれば公平なんだろうけど……男の子は自分の身ぐらい自分で守らないとね!!

 うん、そういうことにしておいた方があとで色々都合が良さそう。

「よいしょっと。セシリアちゃん、いい?」
「いいかと聞かれても――」
「目を閉じて……」
「は、はい」

 正面に回り込んで向かい合う。少し恥ずかしくなっちゃったのかな? セシリアちゃんの頬が赤いように見える。
 肩も少し強張っているような……。

「……本当はこんなに細い女の子なのに……」
「秋穂さ――」

 おでこに軽くキス。
 固まった肩をほぐすように、優しく抱き締めながら。

 キスが終わった後も、しばらく抱きついたままだった。

 ほっぺを合わせるように。
 お互いの体温を感じ合うように。


 あぁ……。やっぱりセシリアちゃん、いい臭いがするなぁ。
 すごく安心できる、不思議な臭い。
 今日初めて会ったのに、私ってちょっとおかしかったりするのかな……。

 でも、それはまた今度でいいや。今はただこの温かさを感じていよう。

 甘い香りに包まれながら、
 暖かい体温を感じながら、
 セシリアちゃんの緊張が少しでもほぐれれば、少しでも安らげればと。

 そんな風に思ってのことだったんだけど……。
 気がついた時には、完全に私が癒されてました。


 ……だからって途中で寝ちゃうのは良くないよね。
 目が覚めたらすでに朝になっていて、隣のベッドには誰もいなくて、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなっちゃった。

 でも――。

『ありがとう。
 あなたの想い、決して無駄にはしませんわ
          セシリア・オルコット』
 
 そう書かれた一枚の置き手紙に全てが込められているような気がして、それだけで私の心はいっぱいになった。

 あとはただ、祈るだけ。

 どうか、みんなが仲良くなれますように――。

-4-
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