小説『IS―インフィニット・ストラトス― 季節の廻る場所 』
作者:椿牡丹()

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【第三話:受け継がれる刀。抱きつづける想い】



 セシリア・オルコットの宣戦布告から一週間後の月曜日。一年一組のクラス代表を決める戦いが始まろうとしていた。

 一週間。
 計算上、一年間の四十八分の一に相当する時間である。
 しかしそれを言うのであれば、六十万四千八百秒、とも言える。

 もちろん、そんなことを考えることはあまり意味がない。
 一週間という時間の定義など千差万別であり、十人十色、人それぞれによって感じ方は全く異なってくる。

 そんな中で、事の中心人物である織斑一夏も一週間、幼馴染である篠ノ之箒とともに鍛錬を積んできた。セシリアはイギリスの代表候補生である。知識はあっても専用機のない箒。知識はないが専用機を持つ一夏。

 実際に戦うのは一夏一人である。だからこそ一夏は努力した。自分が出来る精一杯のことをしようと思った。
ISを作った束の妹である――というだけが理由ではないが――箒に鍛えてもらった。

 剣道を。

「おい、箒」
「何だ、一夏」

 二人とも、お互いのことを名前で呼び合うほどにまで関係を取り戻していた。だが、今一番必要なものは『幼馴染との関係』ではなく『ISの基本的な事』である。

「し、仕方がないだろう。お前のISもないのだから」

 申し訳なさそうに話す箒だが、一夏としてはたまったものではない。確かに剣道の感覚は少なからず取り戻せた。それだけでも十分だ、と言って感謝しなければいけないのかもしれない。

 自分が勝手なことを言っているのは重々承知である。
 だが。

(……はぁ。大丈夫かな)

 自分の専用機がまだ手元に届いていないということを考慮しても、未練がましくそんなことを考える一夏だった。
 
「織斑くん織斑くん織斑くんっ!!」

 第三アリーナ・Aピット。そこで待機していた一夏達の元に駆け足でやってきたのは一年一組副担任、山田真耶先生だ。

 いつ見ても、見ている側がハラハラするような走り方をしているにもかかわらず、今日はいつにもまして急いでいるように見える。
 それだけ大事なことなのだろう。

 と言っても、今、この状況においてその『大事なこと』の中身が分らぬ者はいないだろう。
 クラス代表を決めるための決闘とはいえ、今は授業中である。当然、他のクラスは普通に授業を受けており、実習もある。

 IS学園が一つしかないことがそもそもの原因であることには間違いないが、そんなこともありアリーナを使用できる時間は限られている。

「来ましたっ!! 織斑君の専用IS」
「織斑、時間がない。さっさと準備しろ」

 走ってくる真耶の後ろを急いだ様子もなく歩いてくるのは彼の姉であり、担任でもある織斑千冬だ。
 いつもと変わらないその態度に、緊張した一夏の心は少なからず和らぐ。が、悠長に会話している場合ではない。

 たとえこの一週間、剣道の鍛錬しかしてなかったのだとしても、既に賽は投げられているのだ。
 逃げることなど、周りもそして一夏自身も、絶対に許さないことだった。

 ごごんっ、と鈍い音を立てながらピット搬入口が開いていく。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりとその向こう側を晒していく。


「…………」
「…………」
「…………」
「……はぁ、馬鹿者が」

 ちなみにこの反応、一夏、箒、真耶、千冬の順番である。
 そこには確かにあった。一夏の専用機、ISに意識があるということを考えれば、相棒ともいえるのかもしれない。

 そう、確かにそこには『白』がいた。

 だが、その場にいた者が思わず言葉を失ってしまったのはその『白』の存在のせいではない。
 影で身を潜め、扉が開いたことに感激している生徒の存在のせいだ。

「……春日、何をしている」
「あっ、先生!! えっとですね。一夏君の試合を観るためのみんなと一緒に移動してたはずなんですけど……」

「気が付いたらここにいた、そう言いたいわけか?」
「凄い!! 先生何でも分かるんですね!! あっ、一夏君。これから試合? まだ終わってないよね?」

 この一週間、箒と仲良くなった秋穂は何かと一夏に近づくようになっていた。
 もともと小学校、中学校と同じ学校なのである。秋穂は弾のことしか見ておらず、一夏も秋穂のことは『同じクラスだった』程度の関わりしかない。が、二人が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 尤も、その様子を近くで見ている箒としては気が気でなかったが。

 気が合うこともあってか、お互い名前で呼ぶほどの仲の良さにもなっている。

「秋穂……まさかとは思うけど……」
「うん、めちゃくちゃ迷ったんだけど。皆がここにいるって事は何とか辿り着けたんだよね?」

 驚く、という感情を持たせない。いつもと同じ秋穂の態度に、その場にいる者は呆れる、というよりも感心してしまう。

 これから戦おうとしている一夏ですら、その光景に自然と笑ってしまうほどだ。

「えっ!? な、何!? 私、何かした!?」

 ついてこれていない一人に説明することなく、着々と準備を進めていく。一夏は専用IS『白式』に身を委ねるようにして乗り、全身の感じを確かめていく。

 千冬も普段は絶対に言わないであろう言葉で――具体的に言うと『生徒である弟を教師である姉が名前で呼ぶ』という普通ならば絶対にしない行為だ――確認を取っていた。

 ISを装着できたからといって浮かれている時間など一夏には与えられていない。今から実戦へと向かっていくのだ。
 一年一組のクラス代表、という重要な役職のためではない。

 自分のプライドをかけた戦い。誇りとは命でもある。とすれば、命をかけた戦いだとも言えるだろう。

 そんな戦いの相手はイギリスの代表候補生。今現在、一学年では片手で数えるほどしかいない才能の持ち主の一人である。

「行ってくる」

 そんな相手を前にしている一夏の表情に諦めはない。
 誰がどう見ても明らかである実力の差、経験の違い。それらを確かに感じながら、それでも一夏の表情は変わらない。
 しっかりと前――正確には相手が待っているであろうアリーナ――を向き、一呼吸置いて足を踏み出す。

「い、一夏くんっ!!」

 そんな彼を止めるのは、姉の千冬ではなく、副担任の真耶でもなく、幼馴染である箒でもない。
 春日秋穂、一夏と妙に息の合う少女の言葉で、立ち止まってしまったのだ。

「その、セシリアちゃんも悪気があったわけじゃないの。たぶん、ちょっと拗ねてるって言うか、貴族の生き方が染み付いてるだけだと思うの」

 だから、と言葉を続ける。
 頭を下げて、この場にいるものとしては最も不適切な言葉を。

「春日!! お前はどっちの味方なのだ」
「そんな、どっちの味方って言われても。私はただ仲良くしてほしいなって思うだけで……」

 箒の苛立ちも尤もだ。この場にいて、一夏の勝利を応援しているのではなくセシリアの応援もしているのだから。だが、織斑一夏、彼も男である。秋穂の言わずとしていることは、あやふやなイメージであるものの理解できるものである。

 だからこそ、一夏も退かない。

「秋穂、俺は全力で戦う」
「……一夏君」
「言いたいことが分らないわけじゃない。でも、これだけは譲れないんだ」

 一夏にそこまで強く言われ、否、言わせた秋穂はそれ以上何も言えなくなってしまう。
 自分の言いたいことを分ってくれて、それでも尚行こうと言うのだ。

 彼を止める術を、秋穂が持っているはずがなかった。


 ――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルーティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり。――。

 一夏専用IS『白式』はその能力を使い情報を一夏に送っていく。三六〇度、全方位が見えるというのも、もちろん白式のおかげだ。

「せめて……」

 |最適化処理(フィッティング)の前段階として行なわれる|初期化(フォーマット)。膨大な量の情報を処理し、次々とその姿を本来のものへと変えていく。
 この調整を経ることで初めて、白式は真に一夏の専用機となるのだ。

「怪我はしないようにしてね」

「……秋穂、ISを装備してるんだから――」
「分ってる。分ってるよ。でもね、それでも私はこう言うしかないの。『頑張れ』なんて事は言わない。だから、怪我しないでね」

 秋穂の言葉に軽く微笑むと、一夏は頷いてピット・ゲートへと進んでいく。
 その後姿に言葉をかける者はいなかった。後ろを向いた状態でかけられる言葉もなかった。

 信頼。そのような言葉を軽々しく使っていいとは思わない。信頼関係を築くというのは、それほどまでに難しいことなのだ。
 血が繋がっているから。幼馴染だから。気が合うから。

 そんなことで結べるほど軽いものではない。

 だが、本人達だけが感じられる『何か』がそこにはある。それは信頼とも言えるし、安心感とも言えるものだ。

 一つ言えること、それは信頼関係を築くことは難しいということ。

 しかしそこに時間の長短は全く関係ない。

「春日、その……さっきは悪かった」
「箒ちゃん?」
「お前に酷いことを言ってしまった。……すまない」

 箒の言葉に大袈裟に手を振って反応するが、頑固な彼女がその程度で納得するはずもなく厳しい顔つきで秋穂を見つめていた。

 罰を与えてくれと言わんばかりのその顔に、秋穂は苦笑さえすることが出来ない。

「私も悪かったんだよ。だからお互い様。ほらっ!! 一夏君の試合始まっちゃうよ!!」

 うやむやにされるのを嫌う箒だったが、この時ばかりは秋穂の気遣いに甘えることにする。目の前のモニターには今まさに戦闘が始まろうとしているところだ。

「……一夏……」
「大丈夫だよ。一夏君は織斑先生の弟なんだもん。セシリアちゃんと仲直りして、ちゃんと帰ってきてくれるよ」

 安心感を持って見送ったものの、いざ事が始まろうとすると不安に襲われる。

 相手はイギリスの代表候補生。ISの稼働時間を見てもその差は歴然。何がどうひっくり返ったところで、今の一夏には勝ち目などまるでない。

 その光景を心配そうに見つめる二つの影。
 その後ろで黙ってその光景を見ている二つの影。
 第三アリーナに詰めかけた無数の影。

 それらの視線と期待、ほんの少しの諦めに包まれたアリーナの真ん中で、二人は堂々と向き合った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あら、逃げずに来ましたのね」

 ふふんっと鼻を鳴らし、腰に手を当てているのはセシリア・オルコット。
 見事な金髪を巻いている貴族のイギリス代表候補生。

「お前こそな」

 静かにその姿を見据え、初めての機体に戸惑いながらも答えるのは織斑一夏。
 世界最強の姉を持つ世界唯一の男性IS操縦者。

 ――警戒、敵IS操縦者を捕捉。武装の展開を確認――。

 セシリアと向き合い、正面でしっかりと話している。が、裏でも同じかと言われればそうではない。

 ――検索、六七口径特殊レーザーライフルスターライトmk?と一致――。

 セシリアは二メートルを超える長大な銃器、スターライトmk?浮いた状態で握っている。直径二〇〇メートル。それだけしかないアリーナ・ステージでは、発射から目標到達までの予測時間はおよそ〇・四秒。試合開始の鐘が既に鳴っている以上、いつ撃ってきてもおかしくはない。

「最後のチャンスをあげますわ」

 しかしその銃口はいまだに下を向いたまま。

「今ここで謝るというのであれば許してあげないこともなくってよ」

 セシリアは目を細めて笑みを作る。強がりなどではない、圧倒的実力がセシリアにその余裕を与えていた。

 だが。

 ――警戒、敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティロックの解除を確認――。

 表情とともに送られてくる情報には、その言葉とは真逆の行為が行なわれていることを表している。
 武力による提案、それは。

「そんなものはチャンスとは言わないな」

 提案でも、交渉でも、譲歩でもない。
 ――命令だ。

「そう? 残念ですわ。それなら、お別れですわ!!」

 ――警告!! 敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填――。

 耳をつんざくような独特の音。それと同時に走った閃光が刹那、一夏の左肩を撃ちぬく。
 白式のオートガードにより一夏の体は守られる。が、その衝撃までは殺せるものではない。

 左肩の装甲が弾け飛ぶとともに捻じ切られるような痛みがくる。

 気絶こそしなかったものの、それさえも白式のブラックアウト防御のおかげである。気持ちの悪い重力を感じてしまう。

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる|円舞曲(ワルツ)で!!」

 言葉と同時、否その瞬間には既に射撃が行なわれていた。
 基本的に空中に浮いているISにとって、回避行動とは二次元的なものではない。

 前後左右、上下におよぶ回避行為にもかかわらずセシリアの射撃は正確だ。まるで一夏の動きを読んでいるかのように撃ち込まれていく。

 しかも。

(無駄な攻撃が一つもない――っ!! またっ!!)

 雨を避けることなど出来はしない。掠るだけならまだしも、直撃することもある。
 白式のガードがあるとはいえ、一夏に襲い掛かる衝撃も相当である。

 動いているのは一夏だけではない。常に一定の距離を保ち、射撃の雨を降らせてくる。

 ――バリアー貫通。絶対防御発動。ダメージ250。エネルギー残量、127。実体ダメージ、レベル高――。

 絶対防御――あらゆる攻撃を受け止める代わりに極端にシールドエネルギーを消費してしまうその能力が発動してしまう。
 ただでさえ激痛がはしる体に更なる衝撃が容赦なく襲い掛かる。


「中距離射撃型のわたくしに、近接格闘装備で挑もうだなんて。……笑止ですわ!!」

 正確無比な射撃。イギリス代表候補生の肩書きは伊達ではない。
 片刃のブレード、渡り一・六メートルはある長大な『刀』を装備していたとしても、その全てを受け流し、止められるものではない。

「やってやるさ」

 両者の間にある距離はおよそ二十七メートル。セシリアのような中距離射撃型の者にとって最も得意とする距離である。
 一方、一夏の武器は刀。近接戦闘専門だ。

 たった二十七メートル。ISで全力を出せば何秒もかかる距離ではない。両者ともに動けば、それこそ一瞬という時間で移動できるものだ。

 しかし、簡単に距離を縮められるのであれば既に格闘戦が始まっているはずだ。それが出来ない、ということが二人の実力の差をそのまま表していた。

「このフィン状のパーツに直接|特殊(BT)レーザーの銃口が開いていますの。この特殊装備こそ、『ブルーティアーズ』であり、この装備を積んでいる実戦投入一号機だからこそ、その名前がつけられているのですわ」

 聞いてもいないセシリアの講演。
 その中でも射撃が止まることはない。避けながらだが、一夏はしっかりと知識をいれていく。

 白式から送られてくる絶え間ない情報と警告アラーム。
 それらにも意識を傾けながら、徐々に、だが確実にセシリアとの距離と縮めていく。

 円舞曲。テンポの良い淡々とした舞曲、及びそれに合わせて踊るダンス。
 なるほど、それは言葉にするに値する、見事な光景である。

 セシリアの動きだけではない。弾雨とも言える攻撃を回避する一夏の動きさえも踊りの一部となっている。

「くそっ、このままじゃ……」

 何とかできるほど一夏はISに乗っていない。このままでは、何も出来ないまま終わってしまうことは実際に戦っている一夏でなくても分ることだ。

「動きが止まっていましてよ!!」

 刹那、後ろから右足を撃ちぬかれる。いくら三六〇度見えているからといっても、それがイコール回避できる、ということに繋がるわけではない。

 白式の装甲も万全の状態からは既に遠ざかっている。白式の能力がなければ、気を失っているのは一度や二度ではない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……一夏」

 ピットで画面越しに映像として観戦している箒の腕に力が入る。
 組んでいる腕に手が食い込み、変色してしまうほどだ。

「箒ちゃん、大丈夫だよ。大丈夫。だから、ね?」

 箒の横で見ている秋穂の方が心配してしまうほどだ。強引に手を握り、体から引き離す。にっこりと微笑む。それだけで、箒の体から力が抜けていくのを感じる。

 中を見透かすように、心を洗っていくように。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 四機のビットによる多方面からの攻撃。

 一夏の反応速度をはるかに超えるその攻撃は、一夏の動きを止めるのに十分すぎる成果を出していた。

(シールドエネルギーは……残り67、か)

 激しい攻撃。
 近接格闘装備を手にしている一夏の攻撃はほとんど届いていない。
 できたことといえば、シールドをわずかに掠った程度。遠距離武器の搭載されていない白式を操縦する一夏にとってこの距離を保つことは非常にまずい。

「いい加減その装備を諦めたらどうですの? 勝ち目のない戦いを続けては意味がなくてよ」

 ビットだけではない、なんといってもスターライトmk?。ライフルの攻撃が一番厄介だった。


(これしか装備がないんだよ!!)

 ブレードで弾く。弾く。弾く。
 弾き、前に進んでいく。

 白式の反応を逃がさない。送られてくる警告に耳を傾け、整理されていく情報を正確に処理していく。

「ぐっ!!」
「これで|閉幕(フィナーレ)ですわ!!」

 ビットは囮。その影に隠れたようにライフルの銃口が一夏を狙う。
 セシリアの声が、一夏の耳に飛び込んでくる。

 回避できる場所も、時間もない。目に映るのは絶望。
 ボロボロの白式に、あの攻撃を受けきれる装甲は残されていない。受ければ、確実に絶対防御が働くだろう。

 しかしその防御が働いて済むほど、白式のシールドエネルギーは残っていない。
 シールドエネルギーが底を尽いてしまえば、それが一夏の負けが意味する。

 だからこそ。

「はあぁぁ!!」
「なっ!? ……無茶苦茶しますわね。でも!!」

 無駄な足掻きだと言いたいかのようにセシリアは指示を送る。と、それを確認すると同時にビットからの攻撃が襲ってくる。

 周囲の空間に待機していたビットによる攻撃は一夏を正確に狙ってくる。

 正確すぎるほどに。

 ――ここだっ!!

 心の叫び。振り向くと同時に一閃。刀をはしらせる。
 金属を切り裂く重たい感触とともに、青い稲妻が走る。切り裂いたビットの爆発に気をとられたセシリアの隙を突き、さらにもう一機。

「なんですって!?」

 いまだに動揺は隠せない。だが、セシリアの復活は以外にも早かった。右手を振るいビットを操作する。
 しかし一夏の動きは先程のものとは違い、いきいきとしている。だけでなく、余裕さえ出てきたためだろうか、表情も少し柔らかくなっている。

 攻撃の糸口を見つけ表情の柔らかくなった者と、攻略されかかり顔を引きつらせる者。

 二人の間にある差は明らかに縮まっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……一夏」

 一方、一夏が糸口を見つけたところで見ている側の心労までが和らぐわけではない。むしろ逆であり、心配は膨らむばかりである。

「あれ? ねぇ箒ちゃん。あれって何?」
「あれ? 何のことだ?」

 握った手を絶対に離さない秋穂は握っている手と逆の手で指をさす。
 モニターに映っている一夏は次々とセシリアの動かすビットを切り裂いていく。

『必ず一番遠いところから攻めてくる』ビットのレーザーをくぐりぬけ、懐にもぐりこむ。

 その姿に、何もおかしなところはない。

「ほら、あの左手」
「あいつの癖だ。浮かれてあの癖が出た時のあいつは大抵簡単なミスをする」

「へぇ、よく見ていますね。全然気がつきませんでした」
「知らなければ分らないような癖だからな。そういう意味では――」

 千冬はモニターから一瞬目を離し、秋穂へ移す。話を聞き終えた秋穂は既にモニターに目を戻し、再び集中して試合を見ている。
 何か言いたげな表情の真耶を視線だけで黙らせ、それ以上は何も言わない。

 だが、口を開かないだけで千冬の表情が変わっていたことは確かだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 四機あったビットは既に残り一つ。剣道の鍛錬によって戻り、磨かれた集中力の中で一夏の動きは負傷した者とは思えないほど軽いものだ。

 ビットからの攻撃を弾き、ライフルから放たれるレーザーを回避する。ISに乗っている以上死角はない。
 しかし操縦しているのは人間なのだ。反応が遅れるところは必ずある。

 セシリアの腕前ならばその隙を確実に捉えることが出来た。

 だからこそ。

「これで――最後だっ!!」
「くっ」

 四機目を振り返りざまに切り裂き、勢いに乗った状態のまま加速していく。
 セシリアとの距離はおよそ十五メートル。一・六メートルの刀の事も考えれば、さらにその距離は縮まっていく。

「うおぉぉぉ!!」

 しかし、一夏は考えていなかった。

 これがイギリスの代表候補生なのか、と。

 そのような状況を考えていないのかもしれない。だが、たった四機のビットを破壊された程度で手が出せなくなってしまう、その程度の装備しか積んでいないのか、と。

 中距離射撃型を得意とする者が、そう簡単に懐に潜らせるようなことをするのか、と。

 国を挙げてのプロジェクト。国家の将来を決めるといっても過言ではないIS開発。

 そんなに甘いものではない。
 その程度で終わってしまうものであるならば、余裕など出せるはずがない。

「――かかりましたわ」

 セシリアの腰部から広がるスカート上のアーマー。その突起が外れ、動く。
 上段から振り下ろされようとする刀。一夏の動きは止められない。

 しかもこの攻撃は今までのものとは全く違う。動いたものはレーザー射撃を行なうビットではなく――。

「おあいにく様、ブルーティアーズは六機あってよ!!」

 ――|弾道型(ミサイル)である。

 まずい、と思う気持ちはある。
 動け、と頭では命令を下す。

 だが、振り下ろされた刀は止まらない。

 頭では分っている。本能が訴えかけてくる。
 世界最強なら、あるいは防げたのかもしれない。しかし一夏の実力はそれには程遠い。

 それ以前に、そうならないからこその世界最強だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「一夏っ!!」

 モニター越しでは声は届かない。こんなことは当然分っている。
 箒の手に力が入る。秋穂の手を握っていることを忘れてしまうほどの力だ。

 しかしそれは秋穂も同じ事。
 箒のことなど全く考えず、画面を食らい付くように見入る。

「……一夏君」

 心配そうにするのは箒と秋穂だけではない。
 真耶も、観客の生徒も、その爆発に目が離せない。

 ただ一人。千冬だけが画面を見つめていた。
 組んでいる腕も、まっすぐに伸びた姿勢も、厳しい目つきも変わらない。

 ただ、わずかに上がった口元だけは隠しようがなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――フォーマットとセッティングが終了しました。確認ボタンを押してください――。

 初めてISに乗る一夏には何の事か分からない。ただ、白式の指示に従うように確認ボタンを押す。
 膨大な量の情報とともに白式が変化していく。

 ボロボロの装甲は光に包まれる。
 弾け、傷だらけになった装甲は新しい状態になる。凹凸の激しかった機体自体もシャープなラインで整えられ、どこか中世の騎士を思わせるデザインとなっている。

「そんな……まさか、|一次移行(ファースト・シフト)!?」

 一次移行。
 初期化と最適化が終わり、操縦者に最適な状態へとISが移行することである。

 一次移行を完了させることで、初めてISは操縦者の専用機となる。
つまり。

「初期設定だけの機体で戦っていたと言うの!?」

 ――近接特化ブレード・(雪片弐型)――。

 刀より反りのある刀身は太刀を思わせる。鎬にある溝には呼応するように光が漏れる。
 その機械的な武装は、ISの装備であることを強く意識させる。

 何よりもその名前。
 雪片。かつて世界最強の座にいた者が扱っていた刀。今尚守ってくれている姉が使っていた刀。

 ずっと見てきた背中。ずっと感じていた思い。
 その後姿に感じてきたもの。


「俺は、俺の家族を守る!!」

 ISの事を隠していた千冬に隠れてずっと見てきた。
 雪片を使った戦い方。どう扱えばいいのか、白式が教えてくれるのではなく、一夏は知っていた。

「くっ……」

 気後れするものの、そこで終わるようなセシリアではない。すぐさまビットを操り、一夏との距離をとる。
 初期設定で戦っていたとしても、一次移行を完了させ真の専用機になったとしても、それがセシリアの負けを意味するのではない。

 一夏のシールドエネルギーの残量は既に底をつきかけている。

 セシリアの絶対的な優位性は変わらない。

 しかし、それは客観的な視点に過ぎない。実際に戦っているのはいくら代表候補生とはいえまだ十五歳の少年少女なのだ。

 形勢の逆転による心理的不安を振り払える者などそうはいない。

「おおおっ!!」

 素早くビットを一機破壊する。
 さらに前に出るとともに、速度を一切落とすことなく続けざまにもう一機。

 障害物はもうない。セシリアへの道は一直線。
 スターライトmk?による射撃では、一夏の動きを止めることは出来ない。

 距離が縮まる。
 五……四……三メートルまで迫る。

「これで――」
「まだですわっ!!」

 二メートル。
 雪片弐型に集まる光から、その力が増していることを感じる。至近距離での射撃を回避し、下段から上段への逆袈裟払いを放つ。

 ライフルの次弾装填は間に合わない。そうでなくともこの距離で一夏に銃口を向けることは物理的に無理だった。

(もらった!!)


『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』


 無情にも、何かが起こる前にブザーが鳴ってしまうのだった。
 一夏も、セシリアも、外から見ていた観客さえも、何が起こったのか分らなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「はぁ……」

 一夏君とセシリアちゃんの試合を見た帰り。私の足取りは少し重かった。
 別に結果に不満があるからじゃない。あの結果はたぶん一番いい結果だと思う。

 二人とも全力でぶつかってお互いのことも色々と分ったんじゃないかなーって思うし。

 不満はない。でも、最後の『あれ』だけはどうしても気になる。

 懐に入るまでは順調だったのに……。

「考えても分かるわけないかー」

 気楽に考えて頭を切り替えたいところだ。まぁ、今度一夏君に聞けば教えてくれるだろうし、それまではおあずけって感じかな。

「あれ? セシリアちゃん?」

 前を歩くシルエットに見覚えがあった。
 ふんわりとした制服、綺麗な金髪。遠目に見てもセシリアちゃんだと一目で分かる。

「……むら……か」

 セシリアちゃんに追いつこうと歩く速度を速める。
 後ろから声をかけようとして――。

「……織斑、一夏……」

 ――それ以上足が進まなかった。
 私に気付くことなくセシリアちゃんは進んでいく。

 えっと……。今、一夏君の名前を呼んでたよね?
 ちょっと頬も赤く染まってる感じだったし……。

「……嘘、ではないよね」

 うわー。マジですか。

 これは……恋だね!!
 箒ちゃんも一夏君のこと想ってるし。一夏君モテモテだね。ここで二人……既にあの人達がいたから。

 今の時点で既に四人!?
 IS学園は女の子だらけだからね。これからももっと増えていく気がするなー。

 これは早速報告しておかないと。
 協力関係を築いている以上、やっぱり情報は大事だよね。

「さて、早く帰らなくちゃ!! ってあれなんだろ」


 案の定、私が寮に着いたのはそこから三十分後のことだった。

-5-
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