小説『IS―インフィニット・ストラトス― 季節の廻る場所 』
作者:椿牡丹()

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【第四話:チャイナ娘、参戦】



 IS学園。
 次世代のIS操縦者を育成するその学校の朝は、意外にも他の一般の学校とさほど変わったところはない。

 学食で朝食を取り授業に向かう。
 昼食は学食組とお弁当組に別れての昼休み。
 昼食後、授業が夕方までありその後は部活動、もしくは自由な時間となっている。

 入浴の時間に大浴場を利用する者は少なくない。が、入浴に時間をかけすぎ就寝時間になっても寝ていないのは少々不味い。というのも、寮長がそれぞれの寮を監視しているからだ。

 しかも一年生寮の寮長は千冬だ。夜更かしがばれれば説教で済むかどうかも怪しい。もちろん試そうとする者はいない。
 入学式の日、『叱ってください!!』と言っていた生徒は何人もいたが実際に叱られるようなことをする生徒はいない。IS学園に入学した生徒である、程度の違いこそあれ、みんな根は真面目だった。


「一夏さん、お隣よろしいかしら」
「おお、いいぜ」

「待て、セシリア。お前の席は向こう側だ」

 朝。いつもと同じように朝食をとる。
 同じ部屋で暮らしている一夏と箒は当然ながら二人で食べていた。が、セシリアの登場により食卓に一人追加される。

「あら、箒さんごきげんよう。わたくしは一夏さんにお聞きしていますのよ?」
「一夏は右利きだ。お前が右側に座ったら食べにくいだろう」
「そうですわね。でしたらわたくしがお手伝いいたしますわ」

 一夏を挟んでの言い合い。一夏としてはもう少し仲良く出来ないのかと感じているのだが、現状では二人が仲良くしている光景など想像することさえできない。

「おっはよー!! 一夏君、焼き魚? 私もそれ悩んだんだけどさ、結局煮物にしたんだよねー」

 元気よくその喧騒の中に入ってくるのは秋穂だ。
 右側だけの三つ編みは朝から面倒臭そうだな、などと思うが口にはしない。
 茶色を帯びた黒髪にはオレンジ色のカチューシャが着けられている。

「そもそもお前は――」
「箒さんこそ――」

「……ははっ」

 箒とセシリアの二人にも挨拶した秋穂だったが、あまりに白熱した言い合いにかき消されてしまう。
 苦笑しながら一夏の向かい側に腰を下ろす。と同時にその箸は一夏の魚へと伸びていく。

「一口だけ貰ってもいい?」
「いいぜ。俺も魚と煮物で迷ったんだよな」

 皿を差し出す一夏。見事な焼き加減の魚を口に運び、秋穂の顔が綻ぶ。特に工夫の施された料理ではないが、その『平凡さ』がたまらない。
 お返し、と言わんばかりに煮物の皿を一夏に差し出す秋穂だが、違ったのは箸が同時に進んでいったことだ。

「はい、一夏君。あーん」
「ん、サンキュ。……おぉ!! 煮物も美味いな」
「ほんと、学食のおばちゃんは凄いよね」

「秋穂!?」
「秋穂さん!?」

 いつもそうしているかのように自然なそのやり取りに、箒とセシリアの反応が一瞬遅れる。
 が、既にやり取りは終わった後。
 何を言ったところで一夏と秋穂のやり取りがなかったことになるわけではない。時間は巻き戻ることなどなく、ただ前に進むのみなのだ。

「こほんっ。い、一夏。なんだ、その……お前がどうしてもというのであれば、私のおかずをやらないでもないぞ?」
「なっ!? 箒さんあなた――」
「う、うるさいぞセシリア!! ど、どうするのだ。早く決めろ」
「決めるも何も――」

 秋穂に突っかかるのを先に止めたのは箒だった。
 自分の皿と箸を持ち、おかずを持って一夏の口へ運ぼうとする。しかし運というのだろうか。
 一夏の言うことを適当に聞き流し頷いていたのが悪かった。誰のせいでもなく、完全に箒のせいなのだが。

「――俺と同じ焼き魚じゃないか」

 箒の箸が止まる。なぜ一夏と同じメニューを頼んでしまったのかと心の底から後悔し、朝の自分を叩きのめしたくなる気分になる。

 だが。

(もらいましたわ!!)

 心の声が聞こえていたならば、さぞかし大きな声だっただろう。食堂全体に響いていたと断言できる。
 それほどまでに歓喜したセシリアは箒の反対側、一夏の背後から声をかける。

「で、でしたら一夏さん。わたくしの朝食などいかがでしょう」

 セシリアはイギリス人である。朝食で一夏や箒、秋穂と同じような和食は食べない。軽めの食事を心がけているし、西洋の料理と焼き魚の相性は試したことがないので美味しいのかどうか分からない。
 だが、そんなことは関係ない。今大切なことは一夏に『あーん』をして食べてもらうことであり、あわよくば同じことをしてもらうことだ。

 そのためであれば多少おかしな食べ合わせなど気にもならない。
恋する女の子はどこまでも直進し、暴走していくのだ。

「セシリア、気持ちはありがたいけど――」

 しかし、恋される側までがそうとは限らない。
 ましてや相手は織斑一夏。『唐変木・オブ・唐変木ズ』の異名を持つ男だ。
 その行為からくる乙女の心情など理解しているはずもない。どころか、なぜそのような展開に持ち込んでいるのかさえ分かっているのか怪しいほどだ。

 だからだろう。
 セシリアの提案に対して。

「トーストだけじゃ足りないんなら初めから取っておいた方がいいぞ。なくなることはないだろうけど今でも随分混んでるからな」

 その場にいる者を凍りつかせてしまうような台詞が出てきてしまうのだから。

「そ、そうですわね。気をつけますわ。それで一夏さん、よかったら――」
「セシリア、そんなに腹が減っていたのか。そうかそうか。なら私のおかずを分けてやろう。箸がないが、まぁこの程度ならフォークでも食べられるだろう」

「あ、ありがとうございますわ」

 セシリアの次の動きを読んだような箒の施し、もとい妨害によってそれ以上何も言えなくなってしまうセシリア。
 せっせとおかずを分けている箒の表情はなぜか柔らかく綻んでいる。

 その光景は仲の良い友人のように見えなくもないが、たとえ初めての者がこの場にいたとしてもすぐに見えるだろう。

 二人の間で激しい火花がぶつかり合っていることに。

「……一夏君、もう一口もらっても――」
「秋穂さん!!」
「いい加減にしろ!!」

 ここまではいつもの日常だ。一夏がセシリアとのクラス代表決定戦に負け、セシリアの辞退によって一夏のクラス代表が決定してからの数日間と何ら変わらない。

 しかし、今となっては少しその光景に違いが生じていた。

 といっても『学食が改修された』などの物理的景色の変化ではない。
 ほんの二、三日前にIS学園に転校してきた転校生の存在がその正体だ。

「……ふんっ」
「おい、鈴」

 一夏の呼び声は聞こえているだろう。自分の不機嫌さをアピールしているようにも見えるその行為は自身に聞かせるのではなく、明らかに一夏に聞えるように言ってきている。

 彼女の名前は|凰鈴音(ファン・リンイン)
 小学五年生からの一夏の幼馴染であり、それはそのまま秋穂にも同じ関係性が言えるのだが。

『あんた誰?』

 その一言でばっさりと切られた秋穂の傷跡はまだ新しい。
 昔からその容姿ゆえに男子のみならず女子にも人気のあった鈴にとって、クラスメイトでしかなかった秋穂との記憶は全くない。

 その頃はまだ秋穂も一夏や鈴――意識し始めてからも見ていたのはあくまでも弾一人である――を意識していなかったので鈴のことはほとんど知らなかった。

 一夏を好きだということ以外は。

「鈴ちゃん。すっごく怒ってたね」
「あぁ、あれは一夏が悪い」

「なっ、何でだよ。俺のせいじゃないだろ。俺は約束をちゃんと覚えて……」

 一夏も口で言うよりは悪く思っているらしく、語尾がだんだんと小さくなっていく。

 その表情に何か言いたい事があることは明確であったが、秋穂は口を出すことができない。

 一夏が話さない以上、無理に聞いてはいけないものだと自分自身に言い聞かせる。友達が困っているのだ。助けたくないはずがない。相手が知り合いの鈴だというのなら尚更だ。

 だが、この問題に秋穂が関係ないのは明らかだ。全く関与していない第三者が間に入ることも一つの手段だとは思うが、一夏がそれを望んでいない。

 織斑一夏という男は、極力自分自身の力で解決しようとする。他人に頼るのが嫌だから、ではない。

 姉の――織斑千冬の姿を見てきたからだ。

 誰よりも助けられているからこそ思う。誰かを助けたい、と。そのせいで余計なことに首を突っ込んでしまうこともあるが、それらを全て合わせてこその一夏である。

 だから。

(話してくれるまではじっとしておかなくちゃ、ね)

 来るべきその時に動けばいい。今はまだその時期ではないというだけで、必ず助けが必要になる時があるだろう。

「ねぇ、今日のお昼ご飯は何食べる? 私はね――」

 そんなことを胸に秘め、秋穂は心からの笑顔で話を切り替えるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「はぁ……毎度の事ながら意味が分からん……」

 ISの基本的な操縦にも慣れた、といえる日が来る事は何時になるのだろうか。そんなことを考えながらグラウンドを整備していく。
 初めて地面にクレターを作った時と同様にまたしても地面に激突、後片付けを命じられていた。

 自分自身の不手際であるため面倒臭いことに変わりはないが不満はない。
 元々、一夏がちゃんと出来てさえいればしなくて良かったことである。そのことに不満はないが――。

「こんなんで大丈夫……なわけないか」

 思わず愚痴ってしまっている自分がいることに気付き首を振ってマイナスの考えを振り払おうとする。
 しかし、そうすればするほど自身の中に不安が溜まっていくが分かる。

 クラス対抗戦。クラス単位での交流、及びクラスの団結のためのイベント、とは言うものの相手はそのクラスを代表してくる者だ。ISの操縦も相当のものだろう。

 いくら専用機持ちが少ないとはいえ、IS学園に入学してくる生徒は既に中学生の時点からISについての指導を受けているのである。
 ISが使えました。ではIS学園に入学して学んでください。といった風な感じで――半ば強制的に――学んでいる一夏とは根本から違っている。

 しかも数日前に発表されたリーグマッチ戦の対戦相手。その相手こそ、一夏がこうも悩んでいる最大の理由だった。

 何故なら――。

「鈴が相手だからな……」

 凰鈴音、一夏のセカンド幼馴染たる彼女に再会したのはほんの数日前だ。ただ転校してきたわけではなく中国の代表候補生としての肩書きまでついている。
 鈴と直接戦ったことはない。が、その強さは既に目の前で証明されていた。

 全国剣道大会優勝者の咄嗟に出た本気の一撃を一切焦ることなく防いでしまったのだ。
 そんな事、今の自分にできるだろか。いや、考えることなど無駄だ。できるはずがない。
 その後でも振る舞いは何事もなかったかのような自然なもの。強者の出せる風格とも言えるものを確かに持っていた。

 そんな相手と当たってしまったこと、それ自体も随分と不幸の部類に入るだろうが如何せん間が悪い。
 再会したその日に喧嘩してしまったからだ。それも、相手にとって一世一代とも言える約束を間違って覚える、というなんとも間抜けなことが原因だった。

 その日から悪化した関係はいまだに修復できていない。
 一夏の方としてはこれであっていると思っているのだ。発言の解釈が間違っているなどとは微塵も思っていない。

 一方、鈴としては堪ったものではない。
 一夏の唐変木ぶりを知らなかったわけではない。むしろ幼馴染として小学五年生から中学二年生までの間をともに過ごしていたのだ、一番良く知っているという自信さえある。
 だが、それでも意味ぐらいは分かるだろう。あろうことか間違えて覚えているなど許せるものではない。


 しかし、その発言をもう一度言うことも、発言の本当の意味を伝えることも、鈴にはできるものではない。そんな自分を歯がゆく感じるものの、最終的には『一夏が悪い』というところで落ち着いている。

「はぁ……」

 一仕事終えた後の、本来ならば休まる時間でさえも今の一夏には重たいものでしかない。
 自分にISが操縦できる原因も分かっていない。これからどうなっていくのかも分からない。鈴との戦いもどうすればいいのか分からない。

 分からない事だらけで、悩みが尽きることはないのだ。

(でも……)

 考えたところで分からないものは分からない。分かる時がくれば、その時はおのずと答えも見つかるだろう。
 ならば今考えることはそんなことではない。『今を』どう過ごしていくかだ。

 一夏にできることなどあまり、というかほとんどない。クラス対抗戦でも白式には≪雪片弐型≫しか装備が搭載されていない以上、それを使って戦うしかない。
 選択肢が決められている分、むしろやることが明確になっていて簡単なぐらいだ。

「よしっ!!」

 何の根拠もないが、自分に喝をいれてやる気を出す一夏だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その頃、授業を終えた秋穂はある所へと向かっていた。
 ぎすぎすした最近の雰囲気に耐えられなくなってしまったのが原因である。

 一度来たことがあるからか、彼女の普段からは到底考えられない歩みの速度と正確さだ。しかしそれはそれだけ彼女が必死だということだろう。

「終わりが近いって言ってもまだ活動中だもんね」

『剣道部』その看板がかかったすぐ隣で一人、誰にも聞こえないように呟いた秋穂は壁に体をあずけるように寄りかかり、空を見上げる。

 夕方に近づいている空はオレンジに染まり、今日の秋穂のカチューシャとお揃いになっていく。と、そんな空を見ながら。

(駄目だよね……)

 確信にも似た想いを胸の中だけで抑える。言葉にしてしまってはそれが本当になってしまう気がした。

 待つ。そう決めたはずなのに、納得できない自分がいることに気づいてしまった。否、最初から納得などしていない。

 一夏が何も話さないから。それで片づけてしまうのは簡単だ。実際秋穂は何の関係もない人間であり、これは一夏と鈴の問題だ。
 自分が首を突っ込む必要などなくそんなことはただの迷惑でしかない。

「ありがとうございました」


 そんなことは分かっている。
 だが、頭でさえも納得してはくれなかった。友達が困っているのならば手助けするのは当然だ。何を躊躇う必要がある。そう言ってくるし、よく考えた今でも両方の思いがぐちゃぐちゃに混ざっている。

「お疲れ様でしたー」


 どうするべきか……。そんな風に考えていたら、急に考えることが面倒臭くなったのだ。

 考えたところで分からない。分からないなら、とりあえず動こう。そう思いまずはこちらに来た。
 一夏の居場所を考えれば、セシリアのところに行った方が早かったかもしれない。そう考えた秋穂だったが――。

(箒ちゃん、何か知ってそうだったもんね)

 わざわざ剣道部にまで来たのはそのためだ。事情を聴くことができれば力にもなりやすい。

「あら、あなた入部希望者?」

 次々と部室を後にする生徒を見送りながら待っていた秋穂に最後の生徒から声がかけられる。急にこちらに来たため何事かと思っていたが、どうやら勘違いされたらしい。
 尤も、じっと剣道部の部室を見ているのだから当たり前だ。

「い、いえ。私、箒ちゃ――篠ノ之さんに用事があったんですけど、今日は来てないんですか?」
「篠ノ之さんのお友達? ならそろそろ『部活に戻ってきてほしいな』って言っておいてくれない?」
「そろそろ……ですか?」

 言い方からしてこの女性が部長であることはなんとなく想像できる秋穂だったが、どうにもその言い方には疑問が残る。
 まるで――。

「篠ノ之さんここのところ全然来てないのよ。まぁ忙しいのも分かるけど。彼女が来てくれるともっと活気づくと思うから。それじゃ、よろしくね」
「は、はぁ……」

 秋穂の考えを先に言葉にしてしまった部長はそのまま秋穂から離れて行ってしまう。

「箒ちゃん、どこにいるんだろ」

 秋穂が抱いた疑問は、至極当然のものだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 季節が春、ということもあって夕方の時間は冬よりも長い。そんな中を私は走っていた。
 箒ちゃんに会いに剣道部まで行ってみたけど、どうやら箒ちゃんは最近部活に行っていないらしい。

 真面目そうな箒ちゃんからは考えられないような事だけど、ちょっと考えれば分かるよね。

 なんて言ってもセシリアちゃんが一夏君のコーチをしてるんだから。
 二人っきりの状況なんて箒ちゃん、絶対に許さないだろうし。って言っても寮に帰れば箒ちゃんは一夏君と朝まで一緒なんだからちょっと不公平かなー、なんてことを思ったりもする。

 私は二人とも頑張ってほしいと思うし、仲良くしてるんだから立場上は蘭ちゃんを応援しないといけないのかもしれないけど……。
 うん、蘭ちゃんは私がみんなと仲良くなりたい事は分かってるよね。

 はぁ、それにしても。

「遠いなぁ」

 思わず声に出てしまう。出したところで距離が縮まるわけじゃないし、私の足が速くなるわけじゃないけど。

 っと、言ってる間に更衣室が見えてきた。特訓をしている以上、アリーナを使ってるのは当然だし、ここまで来たら一夏君に直接聞いても変わりないと思う。
 そこで断られちゃったら、明るくすることだけを考えよう。

 私にできることは限られてるけど、その範囲内でなら頑張ってみてもいいよね。

「失礼しまーす」

「うっさい馬鹿!!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!!」

 えっ!?
 何でこんなことになってるの?
一夏君がいて、鈴ちゃんがいて、箒ちゃんにセシリアちゃんまで、っていうか関係ありそうな人が全員この場にいるってどういうこと?

 それに一夏君と鈴ちゃんは激しく言い合っているみたいだけど、傍で見ている二人は何て言うか参加していないように見える。

 二人が言い合っている状況にどうしていいか分からないからそのままにしてるってとこかな。

 ってそんなことをのんびり考えている場合じゃないよ。早く二人の言い合いを止めないと大変なことに。

「なによ、唐変木!!」
「うるさいっ、貧乳」


 す、凄いね……。場の空気ってここまで固まってしまうことがあるんだね。
 そう、感心してしまうほど誰もが動けなかった。動けなかったわけじゃないけど、動いちゃいけない気がした。

 そしてその勘は見事に当たることになる。

「あ、アンタ……言ったわね。言っちゃいけないことを、言ったわね……」

 あっ、鈴ちゃんの拳が壁に突き刺さってる。ISが展開されてるから当たり前だけど、これって不味いんじゃないかな。こんなところを織斑先生に見つかったら……じゃなくて一夏君の命が危ないよね!!

「ま、待て鈴!! 今のは俺が悪かった!!」
「今の『は』?」

 鈴ちゃんが一夏君の正面に向き直る。鈴ちゃんのISで殴られたら……ぺしゃんこ、なんて可愛い言い方は出来ないよね。っていうか原形を残してくれるかさえ怪しい。

「今の『も』でしょ!! アンタが悪くなかった時なんて一つもないわよ!!」

 罵声だけ残して鈴ちゃんは更衣室を出て行く。ISの解除して、ただの凰鈴音として。

「…………」

 あまりの出来事にみんな呆然としてしまった。もちろん私も。
 でも、その場に来たのが一番最後でその場の流れを知らなかったことが幸いしたのか、一番初めに駆け出したのも私だった。


「一夏君!! 小さくたって胸は胸なんだからね!! 箒ちゃんやセシリアちゃんみたいな大きい方が好みなのかもしれないけど、女の子の価値は胸だけじゃないんだから!! 一夏君だってその……大きい小さい言われたくないでしょ!!」

 ちゃんと一夏君への説教も忘れずに。


 鈴ちゃんが走り出してすぐだったのが良かった。すぐに鈴ちゃんの背中を見つける。

 見つけはしたんだけど……。

「はぁ……はぁ……」

 鈴ちゃん、どこまで走るの!?
 私、体力には自信がある方だったのに、鈴ちゃんに、全然追い付けない。

 さ、流石代表候補生だね。全てが一流だよ……。

 もうここがどこなのか分からない。すぐに鈴ちゃんに追い付くと思ってたし、何より周りを確認してたら見失っちゃいそう。

 もう、限界近いんだけど……。鈴、ちゃん。

「あっ――」

 自分の足に引っかけてしまった。私の馬鹿!! 何でこんな時に!! そう思っても、体は止まってくれない。

「鈴ちゃん、待って!!」
「――っ!?」

 精一杯の声で叫ぶ。今ここで見失ったら、駄目だと思ったから。
 私って声が大きいのかな? 鈴ちゃんが反応してくれたことが分かった。

 分かったけど、そこまでだ。もつれた足は前に進むエネルギーを殺してはくれない。

 慣性の法則って言うんだよね。ちょっと賢い子ぶってみたり。

 ゆっくり感じる時間は、それでもやっぱり永遠じゃない。終わりは以外にあっさりくる。

「痛っ!!」

 派手に転ぶ。箒ちゃんとの再会の時もそうだったけど、もしかして私って転びやすい子なのかな。
 足元が不安定って言うよりは慌てやすいのかもしれない。


「何してんのよ……。ほら、怪我はないの?」

 冷静な私の診断結果が出るよりも先に上から声がかかった。
 見上げた先には呆れたような、でもちょっと安心した様子でトレードマークのツインテールを揺らす鈴ちゃん。

「鈴……ちゃん?」
「追ってる相手に助けを求めるってありなの? まぁ私がこうしてるからありなんだろうけど……」

 見上げた私から視線を逸らすように横を向く。でもその手は私に伸びていて、言ってることが本音じゃないことを私に知らせてくれた。

 不幸中の幸い、って言っても怪我をしなかったって言うだけでめちゃくちゃ痛いんだけど……。とりあえず、私の事は置いておこう。


「ありがとう」
「……あんな目で見られたら見捨てるなんて出来ないじゃない。それに……友達だし……」

「えっ?」
「な、何でもないわよ!! それより、何しに来たのよ」

 最後の方が聞こえなかったんだけど……仕方ないよね。鈴ちゃんが何でもないって言うならそれを信じておこう。


「えっと……」
「何よ、はっきり言いなさいよね」

 言っていいのかな。
 でも……ううん、私はそのために動こうと思ったんだから。
 だから思ったように話さなきゃ。


「一夏君じゃなくてごめんね」

 鈴ちゃんの息が詰まったのが分かる。たぶん当たりだから。
 あんだけ言っても、やっぱり好きな人に追いかけてきてほしかったよね。

 あれだけの迫力を見せられた直後に追いかけてくれる男の子がいるかどうかだけど、その辺り、一夏君は大丈夫かな。

 今回は失敗しちゃったけど。

「い、一夏!? 何で一夏の名前が出てくんのよ!! 関係ないでしょ!!」
「えっ? だって――」

 焦ってるのが分かる。だから、そこに言葉を重ねていく。

「――好きなんでしょ? 一夏君の事」
「はぁ!? ア、アンタ何言ってんのよ。好き? 私が? 一夏を? な、何言ってんだか。そんなわけ――」
「私は好きだよ。一夏君の事」

 もちろん、『友達として』だけどね。今はそれを言う必要はないかな。
 鈴ちゃんにも元気になってもらいたいわけだし、やりすぎは危険だけどこれくらいなら大丈夫。

「なっ……アンタ……何を……」
「パクパクさせてどうしたの? ほらほら、鈴ちゃんも言っちゃいなよ。好きな人誰なのー?」

「い、いないわよそんなやつ!!」

 スタスタと私の前を歩いていく鈴ちゃん。うぅー。強がってる鈴ちゃん、可愛い!!

「ねぇ、鈴ちゃん!!」
「ちょっ!? い、いきなりなんなのよ!! ってか後ろから抱きつくな!!」
「ねぇねぇ……好きなんでしょ? 一夏君の事」

「だぁぁぁ!! 耳元で話さないで!!」
「教えてくれてもいいじゃん。ねぇ、鈴ちゃん」

「ちゃんちゃんうっさいのよ!! あと離れなさいよ、歩きにくい!!」
「鈴ちゃんが言うまで離さないよー。なんなら、話すまでこちょこちょしてもいいんだよ? 鈴ちゃんの肌はスベスベだからなぁ。うっかり滑ってどこ触っちゃうか分からないなー」

「な、何でっていうかいつ服の中に手を入れたのよ!? 服の上からでも出来るでしょ!? ってちょっと聞いてるの!? 止めなさ……そ、そこはダメー!!」


 ちょっとだけ心の距離が縮まったかなー、なんて事を考えている私はやっぱりまだまだ駄目なんだと思う。

 こうして鈴ちゃんが表面上だけでも明るくなってくれたのは嬉しいけど、それでも一番嬉しいのは私だから。

 もやもやした気持ちが晴れていくようで、雲の切れ目から太陽が見えてきたみたい。


 言い合いの最中にそんなことを考えながら、私たちは寮へと帰っていった。

 背けた頬が少し赤く染まっていたのは夕日に当てられたから、って思ってあげて言わなかったのは内緒だ。
言ったら絶対怒るもん。

 さて私の役割はこれで終わりかなー。
 あとはヒーローに何とかしてもらわなくちゃ。

 信用してもいいよね? 何て言ってもあのセシリアちゃんを落としちゃったんだから。

 だから、期待して待ってよう。


「……アンタ……ただじゃおかないからね……」


 うん。やっぱり女の子は笑顔が一番!!

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