小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”巨獣”



〜Side ルッチ〜



銀獅子との戦闘を始めて数秒、なるほど……青雉殿が警戒するだけの事はある。

カクを倒しただけあってスピードはなかなかのモノだ。

だが、所詮ソレだけの男……おれの敵にはなり得ない。

まず、防御時の「鉄塊」発動速度が話しにならんし、「紙絵」で避けるそぶりすら見せない。

「生命帰還」で常時「鉄塊」をかけた髪を操って、ソレをカバーしているつもりなんだろうが、おれの攻撃を防ぐには強度が不足している。

動きから視て半自動制御で自身を守るように設定しているその技術は驚嘆に値するが、実際おれの体には傷一つなく、ヤツは既に血まみれだ。


刃状に変化させた脚での「嵐脚」を、只の中段足刀で蹴り返し、ヤツを壁まで吹き飛ばすと、おれは一旦攻撃の手を止めた。


「タクミ!!!? 大丈夫なの!!!?」

「ちくしょう!!! おれが「二人とも黙ってろ!!!!」……ルフィ?」


騒ぎ出した二人の船員を麦わらが黙らせる。参戦するつもりか?


「タクミはあの程度じゃやられてねェ……すげェ戦いだ、瞬きも出来ねェくらいに。おれたちが声をかけたら邪魔になる。危ねェ時はおれが助けに入るから、お前らも黙って見守っとけ」


今の戦闘が見えていたのか!!? それに……中々の船長の器。

歯牙にもかけていなかったが、この男にも注意を払う必要がありそうだな。


おれは気を引き締め直し、まだ瓦礫から出てこない銀獅子に声をかける。


「銀獅子、もうヤメたらどうだ。ニコ・ロビンとの協定があるからな。おれもお前を殺す訳にはいかないんだ。お前のスピードは大したモノだが、ついていけない事もない。カクを倒せたのは、不意打ちでもしたからだろう?」

「っ痛ぇな……だからなんだよ。敵に背を向けて逃げようとしたヤツを後ろから攻撃したって構わないだろ」


瓦礫の中から起き上がった銀獅子は、強がってはいるがダメージは通ってるようだな。


「確かに、だが、お前の自慢のスピードはおれと同程度、そして、おれとお前には絶望的な差がある。手数と……パワーだ」

「片手が無いんでね、「獅子鉄塊」を攻撃に回す余裕をお前がくれない以上、手数はどうしようもない。だが、百獣の王はライオンだ。豹程度に、パワーで負けるわけにはいかないな」


不敵な笑みを浮かべる銀獅子の両脚は、見る見るうちに筋肉で肥大化していく。

コレも「生命帰還」の応用なのか? 脚の形状自体を変化させている事といい、「生命帰還」に関してはおそらくクマドリ以上の使い手と考えて間違いないだろう。


「……なるほど、厄介だな」


口ではそう言ったが、コレは悪手だ。

確かに拳より蹴りの方が三倍程威力が上だが、十全の蹴りを放つには、上半身の使い方も重要になってくるモノだ。

情報によればコイツが片手を失ったのはつい最近の出来事。

慣れない状態で全力を出せば、間違いなくバランスを保てなくなるハズ。

第一あの状態で、先ほどまでのスピードを維持できるとは到底思えない。

コイツは脚ではなく、残った右腕を強化するべきだったんだ。


だが、コイツの人獣形態を始めて見た時から感じている言いようの無い違和感は何だ?

……戦闘において格下だと油断をすれば、或いは喰われるのはおれかもしれないな。


「コレならお前の「鉄塊」の上からでも流石に効くだろ?」


一瞬に全てのパワーを集約させるつもりなのか、ヤツはゆっくりとコチラに歩み寄ってくる。


「素直に受けるとでも?」

「それなら苦労しないんだけどな……取りあえず、一発喰らっとけやぁぁああ!!!」


「なっ!!!? 「紙絵」!!!!」


紙一重でかわしたヤツの斬撃の通り道になった地面は、深々と割れていた。

どうやら髪で自分の体を地面に固定して「嵐脚」を放ったようだな。

おれの前で固定砲台に成り下がるとは、呆れてモノも言えん。


「歴然たる力の差を知れ」


「剃」で銀獅子の背後を取り、渾身の「指銃」を背中に撃ち込もうとした時、ヤツの体が揺らいだ。

ヤツは素早く動いているわけでもないのに残像を残し、おれの周りを舞うように動き回る。


……美しい……洗練された”武”は”舞”と同じだと師匠に教わってはいたが……なるほど、コレがその極地か。


「……「鉄塊 剛」!!!」


この強度を破る為には先ほどの技を出す以外に対抗策が無いだろう。

何処から仕掛けて来るか予測不能な動きに多少は困惑したが、もう一度あの威力の「嵐脚」を放つには数瞬の溜めが必要なハズ。

受ければ致命傷だが、その瞬間を……討つ。

感覚を研ぎ澄ませ!!! 全身の毛穴をブチ開けろ!!! この程度の修羅場は今まで何度も潜ってきた!!!


「…………がはッ!!!?」


唐突に脇腹を斬りつけられ、おれは思わず膝をついた。

何故だ!!!? どうして溜めが無い!!!?


「コイツの情報はスパンダムから聞いてなかったか? あらゆる異能を無効化する刀、”式刀 零毀”。元の肉体の強度だけなら、俺の非力と拙い剣術でも通用するみたいだな」


バカな!!!? ”式刀 零毀”だと!!!? 何故この男がそんなモノを!!!?

……考えるまでもない。あの優秀な長官殿が、こんな重要事項を伝え忘れるハズが無い……青雉殿……面倒でも敵の情報は正確に伝えていただきたい……

銀獅子の眼は既におれには興味が無いといった様子だ……なんという屈辱!!!

「生命帰還」で止血を施し、おれはゆっくりと立ち上がる。


「確かにその小太刀ならおれに攻撃する事が可能なようだが、二度は喰らわん!!!」

「ホザいてろ、今からトドメを刺してやるよ……お前の心臓は何処にあるんだろうな?」


警戒の強い首でもなく、確実な左胸も狙わなかったのはそういう理由か。

正直助かった。おれは内臓の位置を動かせるほど「生命帰還」を極めてはいない。

最初に戦ったであろう「生命帰還」の使い手のレベルが高すぎたのがヤツの不幸。おれにとっては幸運だったわけだ。

あのレベルの剣術を『拙い』と言ったのは、謙遜でも何でもないのだろう。ヤツの目指すレベルはどこまでも高い……危険すぎる男だな。


零毀の切れ味もあるのだろうが、元の体格とさほど差がないような腕でおれを斬れるというな……ら……そうか!!? おれが感じていた違和感はコレだ!!!

となれば……付け入る隙は……ある。


「おれは心臓の位置を動かすような臆病なマネはしない。動物系である己の肉体に、絶対の自信を持ってるからな。お前も小細工に頼ってないでそろそろ全力をだしたらどうだ?」

「……どういう意味だ?」


ふ、やはり気づいていないようだな。ココで出し惜しみをする意味がない以上、そんな事だろうと思った。


「惚けてもムダだ。人形態での身長はお前の方が僅かに上にも関わらず、人獣形態のサイズに大きく差があるのはおかしいだろ? つまりお前は「生命帰還」による二段構えの軽量化を敵に見せる事によって、本来の人獣形態……最終形態とでも言おうか、ソレを切り札として隠している。違うか?」


おれの言葉を聞いた銀獅子は驚きを隠せていない。

あの表情は言い当てられたという感じではなく、眼から鱗といった感じだ。

おそらくヤツは幼い頃に悪魔の実を食べ、肉食系の凶暴性が周囲に被害を及ぼさない様にと、必死に押さえ込む訓練をせざる得ない状況だったのだろう。

その過程で手に入れた力が、あの異常な「生命帰還」。応用性の高いその技術のおかげで、もはや無意識にかけてしまっている枷に気づく事無くココまでの航海を乗り切ってきた……おれの推測は十中八九間違っていないハズだ。


「……よ、よく見抜いたな。このまま零毀でトドメを刺しても構わないが、初めてこの偽装を見破ったお前に敬意を表して、見せてやろう。百獣の王の真の姿を!!!」


……この男、演技が下手だな。予想外すぎたのか?

まぁイイ、おれは見極めなくてはいけない。

この男の真の力がどれほどのモノなのかを。

巨大化すればスピードは落ちるし、真っ向勝負をしなければ殺す手段など1000は教え込まれてきたのだ。

場合によっては協定を破っての殺しも厭わん。



責はおれ一人が負えばイイ……おれは長官の露払いなのだから。



〜Side タクミ〜
 
 

ルッチの指摘を聞いて心底驚いた。というか俺は何で今まで疑問に思わなかったんだ?

確かルッチやジャブラの人獣形態は軽く3〜4mくらいに原作でも描かれていたじゃないか。

「生命帰還」そのモノの修行を始めたのは身長がほぼ固定されてからだから、おれはガイモンをビビらせない為に無意識に「生命帰還」の一部を体得していたって事だ。

何て孝行息子なんだ俺は!!! でも……大丈夫か??

今まで全力だと思っていた姿ですら、時折感情が制御しきれない時があったのに……チョッパー並みの暴走とかしないよな……


だが、大見得きった手前、今さらやらないっていうのもアレだ。

『真の姿』とか言ったせいで、ルフィが真剣ながらも期待に満ちた眼差しでコチラを見ているしな。


やるか……全身の細胞を、普段以上に活性化させるイメージ……俺の中の野性を解き放つイメージ……ついでにガイモンに悪魔の実を食わされた時のイメージ。


……殺せ……敵を殺せ……全てを壊せ……ロビンの前に、俺の前に、仲間の前に……立ちはだかるその全てに、等しく不吉を届けよう。


「”ロブ・ルッチ”……”光を、奪う者”か……その生き方は嫌いじゃない。だが、お前はロビンに手を出した……俺に出会わなければ、もう少し長生き出来たのにな。コレが俺の全力全壊だぁぁぁああああ!!!!」


全身に力が漲る!!! 今までとは一線を画したパワー!!! 何だって出来る気がする!!! 「六王銃」だって撃てそうだ!!! 吹き飛んだ左手が生えてきそうな気配すらする!!!


「……ココまで……とは……」


俺を見たルッチは、声を出すのも難しいほどに驚嘆している。


「やれる!!! やれるぞ!!! コレなら一人でエニエスロビーを壊滅させる事だって!!!?「タクミ!!!!!」…………は???」


新たな力に悦っていた俺は、何かを背中に突きつけられ、急に全身の力が抜け落ちた。

それとほぼ同時に、俺の腹を背後から貫く腕、口から大量の血が出るが、「生命帰還」も上手く使えない、声も出せない……ルッチは、目の前にいる……じゃあ誰が……

ルフィ達が何か騒いでる……ルッチが……いない?


「……ワシは子供の頃、ドラ〇ンボールを読んじょって常々思っちょった。何故大技を出す前に気を溜めちょる主人公を、敵は攻撃せんのかと。大人になった今ならわかる、主人公が”正義”で敵が”悪”だったからじゃ」


……ドラ〇ゴンボール……この世界にあったのかよ……ってそうじゃなくて、この声は……


「ワシらは”サイファーポールNo.9”……正義の執行人じゃ」


薄れゆく意識の中で聞いたその声は、紛れも無くカクのモノだった。

…………やっぱトドメは刺しとくべきだったな。
 
 
 

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