”ロビンの誘い”
〜Side タクミ〜
荒れる波、揺れる車両、窓を開ければ、激しい水飛沫が俺たちの体を濡らす。
ロケットマンの乗り心地は、最初からとてもじゃないがイイとは言えないモノだったんだが、ココにきてさらに悪化してきている気がするな。
それと、ウォーターセブンを出て、かれこれ一時間は経ったと思うんだが、先行したパッフィング・トムの姿は一向に見えてくる気配も無く、海上で追いつく事はやはり不可能なようだ。
不思議と俺にもう焦りはなかった。CP9がいかに強化されていようと、それを倒せるだけの力が、俺たちにはある。
皆は気を休める為か雑談なんかをしているが、俺は一人で壁に寄りかかり、煙草を吹かしながらじっと決戦の時を待っていた。
今回は派手にやる。ルフィは言わなくても全力で戦うだろうし、リミッターの外れたビビは、その名を世界に轟かせる活躍をするだろう。
今後、俺たち”麦わらの一味”には、簡単に手出し出来ないという印象を政府に植え付けてやるつもりだ。
ギア”2”を多用する事になりそうなルフィが心配な気持ちもあるが、今はある程度使いこなせるレベルになっているし、問題はないと思いたいな。
そういえば、今回も俺が対戦カードを決めるのだろうか?
カクは必ず俺が仕留めるとして、ジャブラ、できればルッチも俺が潰したい所なんだが、流石に厳しいか?
「ぎ、銀獅子さん!!! ちょっとイイか!!?」
「何だ?」
慌てた様子で話しかけてきた網タイツの男の声で、俺の思考は一時中断される。
近寄るなと言っていたのにコチラに来るという事は、よっぽど重大な何かが発生したんだろう。
「あり得ねェ話なんだが、アクアラグナの前兆の高波が、去年のアクアラグナ並みの規模で、俺たちの砲撃じゃどうしようもねェんだ!! 麦わらさんは怪我を治す為に寝てるし、何とかしてくれ!!!」
外を覗いて見ると、遠すぎてイマイチ解らんが、津波みたいなのが発生している。
この距離から砲撃してたなんて、コイツらアホだろ。どう考えても射程外だ。
……この世界は、何が何でも麦わらの一味をアクアラグナに突入させたいんだな。
軽く溜息を吐きながら、俺は網タイツに指示を出す。
「わかった。ゾロは起きてるんだろ? 呼んできてくれ……ナミ? お前は何をやってるんだ?」
立ち上がった俺の視線の先には、勢いよく肩を回すナミと、屈伸をしているビビがいた。
「え? あの波を止めればイイんでしょ? ビビもいるし大丈夫よ」
「待て待て、お前に遠距離系の技なんてあったか!? ついでにビビは海水は操作不可って事をもう忘れてるだろ!!?」
ビビはハッとした表情になり、ナミは首を傾げて人差し指を頬に当てて思案中だ。
その姿は実に可愛らしいのだが、頭の中はあまり想像したくない。
「ナミパ〜ンチで何とかならないかしら?」
「何とかなりそうで怖いわァ!!! 頼むから、タクミに任せてお前らは大人しくしててくれ!! おれはまだ常識を失いたくねェ!!」
「違ェねェ。行くぞ、タクミ」
「お前らは波の一点に砲撃をし続けてくれ。指揮を執るのはウソップだ」
ウソップの常識を軽く破壊しようとする”ナミパ〜ンチ”は、今回は見送られる事になり、網タイツに指示を出した俺とゾロは、ロケットマンの屋根にのぼり、先端へと歩を進めた。
「ゾロ、一点集中突破といこうか。ココは「嵐脚 獅終」で……って左手が無いんだったな」
「あまりに自然に振舞ってたからおれも忘れてたけどよ、お前怪我人じゃねェか。大丈夫なのか?」
失敗したら海の藻屑だよな……「獅子 鉄塊」で体を固定、下半身を最大強化、ついでに遠心力を生かすために脚を長くして、右脚は形態変化で刃状に……
「ココまでやればいけるだろ」
「……お前はいったい何の生き物なんだ」
ゾロは驚いてるっていうか呆れてる。
あまりツッこまないで欲しいな。俺も修行開始時は、「生命帰還」がココまで万能だとは思わなかったんだ。
それにしても、前々から疑問だったんだが、変化した体に応じて、服のサイズまで変わるのは、どういう理屈なんだ?
すごーく伸びる素材なんだと説明がされていたが、んなわけない。
俺のロングジャケットは本皮製だし、ブーツが刃状に変化するだなんて、もうイロイロと常軌を逸してる。
……ま、いっか。考えても答えは出そうにないし、実際伸びないとかなり困るからな。
きっと”不思議服”なんだ。悪魔の実のよく解らない力が働いてるって事にしておこう。
「俺にもよく解らんが、まだ人間は辞めていないつもりだ。それよりそろそろぶつかるぞ。攻撃目標はあそこだ」
「……やるか」
フランキー一家が砲撃を加えているポイントを、俺が指差すと、ゾロは”和道一文字”を銜えて構えを取る。
「三刀流……ひゃ「三百!!!」!!?……”|煩悩鳳”!!!!」
俺が技名を訂正した事に、ゾロは一瞬驚いたが、そのまま飛ぶ斬撃を繰り出し、俺とゾロの斬撃は、アクアラグナを斬り裂いた。
フランキー一家が大騒ぎする中、車内に戻ろうとする俺に、ゾロが不機嫌そうに話しかけてくる。
「さっきの”三百”はどういう意味だ」
「ん? ゾロが”百”、俺が”二百”って事だ」
……冗談のつもりだったんだが、ゾロがプルプルきてる。
素早く”雪走”を抜刀して、一直線にコチラに向かってきた……って疾っ!!!?
「うォらァ!!!」
「なっ!!? 腕を上げたな!!?」
今回は「獅子 鉄塊」ではなく”零毀”でソレを受け、俺たちの久々の喧嘩が始まった。
今回は止める役がいないので、長くなりそうだが、エニエスロビーに着くまでのイイ修行になりそうだ。
青キジと戦った時の体捌きは、何故か体が覚えているんだが、使いこなす為には、剣士として格上のゾロと修行するのがベストだろう。
空気を読んでか、ゾロは”雪走”以外を抜くつもりはなさそうだし、俺も「鉄塊」で受けたりせずに剣士として喧嘩に応じる。
「長鼻さん!!! 止めなくてイイんですか!!?」
「遊んでるだけだからほっときゃイイんだよ」
「アレが遊び!!?」
「あの二人が船長じゃねェなんて、とんでもねェバケモノ一味だ!!!」
確かに他の船なら、ビビやサンジが船長でもおかしくないからな。
そんな船長クラスが集まる一味だからこそ、我が強くてまとめるのも大変だが……楽しいんだよな。
「何を笑ってやがんだァ!!? 随分と余裕だなコラァ!!!」
決戦前だっていうのに思わず笑みがこぼれた俺の行動に、ゾロはバカにされたとでも勘違いしたのか”鬼徹”まで抜いた。
「待てっ!!? 二本は!! 流石に!!……ハハッ!! 楽しいなぁゾロ!!」
「おちょくりやがって!!!」
だってゾロも笑ってたからな。今も文句を言いながらも、笑みを浮かべて斬りかかってきている。
そもそも煮詰まっていた俺の事を、ウォーミングアップに誘ってくれたのかもしれない……イイ一味だ……ゾロが只の戦闘狂だとは思いたくないから、そういう事にしておこう。
ロビン……俺だけじゃない。皆がお前の為に命を賭けれる一味なんだ。
必ず連れ戻す。ロビンには俺たちの傍で、笑っていて欲しいから。
〜Side ロビン〜
カリファの長話に適当に相槌をうっていると、突然窓が蹴破られて、見慣れた金髪の男が車内に飛び込んできた。
男はそのまま一足飛びで役人の背後に到達すると、延髄に正確な蹴りを入れて一瞬で意識を刈り取った。
強烈な蹴りのハズなのに、殆ど音も聞こえなかった……あんなに綺麗な足技が使える人を、私は一人しか知らない。
「ロビンちゃん!! このおれが来たからにはもう大丈夫!! さァ!! タクミの事なんかほっといておれの胸に……ってそちらの綺麗なお姉様は!!!?」
「サンジくん……どうしてココに?」
「うおおおおお!!!? ロビンちゃんがおれの事を始めて名前で呼んでくれた!!!? 追っかけてきた甲斐があったぜェエ!!! 見たかタクミ!!! ココからはおれの時代だァ!!!」
「……どうしてココに?」
訳が解らない。もうすぐエニエスロビーに着くっていうのに、どうして!? どうして来てしまったの!?
「ロビンちゃん達を助けに来たに決まってるだろ? チョッパーはもう取り返したから、早く皆の所に帰ろう!! 宜しければそちらのお姉様もご一緒に!!」
「ちょっと待って!!? どうしてチョッパーの話が出てくるの!!? まさかアナタ達、あのコに手を出したんじゃないでしょうね!!?」
「わたしは知らないわよ!? でも……カクならやりかねないわね。ロビンを逃がさない為の保険のつもりだったのかも」
……一瞬でもこんな組織を信じた私がバカだった。CP9として生きながら、もう一度夢を追えるだなんて、もう考えない。
こんな横紙破りを平気でやってくるだなんて……でも、バスターコールがある以上、私はコイツらに従うしか……
「ありがとう。チョッパーを助けてくれて。でも、私は自分の意思でアナタ達の船を降りたのだから、このまま「タクミは全部知ってるぜ?」!!!?……何を言ってるの?」
サンジくんの言葉を聞いて、私の鼓動は大きく乱れた。
全部知ってる? 何を? 何処まで?
「タクミの事は、ロビンちゃんが一番良く解ってるだろ? バスターコールの事も、ロビンちゃんの過去も、アイツは全部最初から知ってたんだとよ」
「!!!?…………そう」
「”予言者”の通り名は伊達じゃないのね。過去も未来も見通すから、本人は”占い師”を名乗ってるのかしら?」
やっぱり、タクミは最初から全部知ってたのね。
本当に何とかなると思ってるの? バスターコールよ?
「一味の皆も、タクミから全部聞いた上で、一人残らずココに向かってきてる。チョッパーなんか、自分で協定の対象外になる事を望んで、戦いを挑んだらしい。皆ロビンちゃんに戻ってきて欲しいんだ」
「タクミ……みんな……」
「素敵な一味ね。ちょっと味方したくなってきちゃうわ」
無理よ。いくらタクミでもどうにも出来ない。バスターコールに人の意思は無い。
圧倒的な数の暴力の前では、個人の武力なんて何の役にもたちはしない。
軍艦を放り投げるようなサウロでも、アレは止められなかったんだから。
「帰って!!! 迷惑なのよ!!! アナタ達が死んだら、私はどうやって償えばイイの!!? コレ以上、私に罪を負わせないで!!!」
コレは私の嘘偽り無い気持ち。コレで引いてくれないなら、チョッパーの時みたいに実力行使に出るしかない。
サンジくんはポケットから煙草を取り出して、ゆったりとした仕種で火をつける。
タクミとは違う煙草の持ち方、火の付け方、吐き出すタイミング、それなのに彼の姿を思い出して胸を痛める私は、どちらにせよ彼無しでは生きていけなかったのかもしれないわね。
自嘲の笑みがこぼれそうになった時、サンジくんがようやく口を開いた。
「死なねェよ」
「!!? 何を根拠にそんな事を言ってるの!!?」
「タクミだったらこう言うんだろうな……『今日は俺の命日じゃない』ってな」
「っ!!!?…………」
私は声も出せなかった。そう、彼は予言した。
私と彼の未来を。私が彼の傍にいる未来を。私が……笑っている未来を。
私は、アレだけ信じていた彼を、いつの間にか否定してしまってた。
「タクミを信じろ!!! おれ達を信じろ!!! 皆で……笑って帰ろう」
私は……黙って頷いた。
「流石に黙って逃がすわけにもいかないのよね。ごめんなさい。ホントはこんなモノを使いたくはなかったんだけど」
彼女の言葉と同時に、私の全身から力が抜け落ちて、思わずフラついてしまった。
後ろに回された両手に、重量感のある何かが取り付けられているのを感じる。
「ロビンちゃん!!!? 海楼石の手錠か!!?」
「”麦わらの一味”は既にウォーターセブンを出ているわけだし、政府とロビンの協定は一応達成されてるのよ。ココでわたしに挑んでくるのなら、もう手加減は出来ないわ」
「そんな!!!?」
無理よ!!! コレは流石に無理!!! チョッパーとサンジくんだけじゃ、ココから逃げる事すら難しいわ!!!
「お願い、ココは引いて!!! まずは皆と合流してちょうだい!!! 私は大丈夫だから!!!」
「でも「マユゲー!!!」パンツマン!!? 一人倒したのか!!?」
扉を破って入って来たあのヘンタイの声に、サンジくんの言葉は遮られた。
チョッパーとアレが一緒に…………っ!!! 仕方ないわ!!!
「今よ!!! チョッパーを連れて逃げて!!!」
「ココまで来てロビンちゃんを置いていけるか!!! あんなヤツら!!? って何しやがる!!!? 「うらァ!!!」なァアアアア!!!?」
サンジくんはヘンタイに投げられて、二つ後ろの車両まで飛んでいってしまった。
「サンジに何すんだよ!!!?……って「どらァ!!!」ギャァァアア!!!!」
「アナタいったい何を!!!?」
サンジくんに続いてチョッパーまで投げたヘンタイは、私の腰の辺りを両手で掴んで大きく振りかぶった!!?
「確り受け止めろよォ!!!「させない!!!!」アゥ!!!?……せめて……”ビーンズレフト”!!!」
カリファに止められたヘンタイは、左手の内臓機銃で第三車両との連結部を破壊して、チョッパー達を逃がした。
「やってくれおったな!!? 今ならまだ「放っておけ。ニコ・ロビンとコイツがいれば任務に支障はない」じゃが「今回の件のリーダーはおれだ」……わかった」
角張った鼻の男は、チョッパー達を連れ戻そうとしたけど、帽子の男がソレを止めた。
コレで一先ずあの二人は大丈夫。ヘンタイには感謝をしなくちゃね。
ヘンタイから、リーゼントに格上げしましょう。
「まさかブルーノが潰されるなんてね。酒場の店主なんかをやってたせいで鈍ったんじゃない?」
「それは秘書をやっていたお前も同じじゃないのか? ”不夜島”に着いたら鍛えなおす事だな」
リーゼントに手錠をかけるカリファは、帽子の男の言葉に苦々しい表情を浮かべて俯いた。
弱くなったって事を気にしていたみただから、きっと堪えたんでしょうね。
手錠をかけ終えると、リーゼントを床に転がして、一人で機関室の方へ行ってしまったわ。
「丁重に扱いやがれ、あのアバズレめ!!」
ブツブツ言いながら席に座るリーゼントの、向かいの席に私も腰掛ける。
仲間でもないのに体を張って私たちを助けようとした彼と、少し話をしてみたくなったからだ。
「どうして私たちを逃がそうとしてくれたの? 自分を犠牲にしてまで」
「あのマユゲには助けてもらった借りがあったんだよ。捨て身でやったのは、おれ達で勝てそうなのはブルーノだけだったからだ」
助けてくれたからって、また捕まるのを覚悟で借りを返すだなんて、もっと打算的な理由があるのかと考えていたんだけど、思っていたよりイイ人みたいね。
CP9の一人を倒せる力量を持っていながら、自分を過大評価したりしないあたり、結構好感を持てるわ。
「そ、ありがとう、リーゼントさん。コレで希望が繋がったわ」
「アイツらが助けに来るって信じてるんだな」
リーゼントさんは何処か寂しそうな表情で、私の顔を見ている。自分には助けが来ない事を憂いているのかしら?
「私の彼はアナタの百倍は強いから、ついでにアナタの事も助けてくれるわよ」
「ついでって、随分と軽く言うヤツだな。彼ってのはタクミってヤツか?」
元気付けてあげようと思ったのに、さらに落ち込んだのかしら? 今度は視線まで落としてしまった。
「そうよ。海軍大将に大怪我を負わせるくらい強いんだから♪ あ、それと、ウチの船長さんがアナタを仲間に入れたがっていたわよ? サイボーグだって聞いて目を輝かせていたわ。アナタが一味に入ってくれたら楽しそうだし、私も歓迎するわよ?」
「何!!!? おれが海賊に!!!?……考えておく」
こんな状況なのに、タクミ以外には向けたことの無いような笑顔で勧誘する私に、彼はかなり驚いた顔をしてたけれど、その顔にもう憂いは無かった。
……私より年上っぽい彼が一味に入れば、私が最年長じゃなくなるとか、そんな打算は無いわ。
でも、チョッパーと彼を深く関わらせるのは、もう少し観察してからにしようと思う。
〜おまけ〜
「ようやくおれの出番がきたかと思えば、フランキーが相手か。ニコ・ロビン如きに敗北したお前では、憂さ晴らしにもならないな」
「そんなセリフはこの一撃を食らってからにしな」
「ふん、只のパンチなど「鉄塊」ごぼぶ!!!?」
「すっげェ〜〜〜〜!!! 一撃じゃねェか!!!? お前強ェんだな!!!……ハッ!? ビームは!? ビームは出ねェのか!!?」
「……次はどっちが相手してくれるんだ?」
「ブルーノ……不憫じゃのォ」
〜Fin〜