小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”VS カク”



〜Side カク〜



「……始まったようじゃな」


塔のいたる所で戦闘が始まったようじゃが、ワシは自室の暖炉の中に隠れておった。

目の前に本棚を置いてココが暖炉だとは一見してわからんようにしたし、コレであのバケモノに見つかる事もないじゃろう。

倒すべき敵が近くにいるというのに、こんな所に隠れているのが知れれば、長官は怒るじゃろうな……ワシとて申し訳ない気持ちでいっぱいじゃ。


ワシとルッチは、子供の頃に長官のオヤジさんに拾われた孤児じゃ。ワシらを施設に放り込んだだけのスパンダインさんには、そこまで感謝しとるわけではないんじゃが、稽古を付けてくれた長官……スパンダムさんには恩義を感じちょる。

『この世の理不尽が気に入らないのなら、己の正義を貫けるくらい強くなれ』ワシが大好きなスパンダムさんの言葉の一つじゃ。あの時ワシらは誓ったんじゃ、強くなろうと。

元から才能に恵まれとったルッチは、どんどん成長して、僅か11歳で、史上最年少のCP9に抜擢された。表面上は祝福しとったが、ワシをおいて一人で活躍するルッチが、羨ましかった。妬ましかった。

あの頃スパンダムさんが励してくれんかったら、ワシはあそこで腐っちょったじゃろうな。

スパンダムさんは言った『おれも凡人だ。いずれルッチに超えられるのはわかってるが、それでもおれは努力する事をヤメようとは思わん』……ワシはスパンダムさんのように成りたかった。

凡人でも、努力を続ければ、己の正義を貫けるくらいの強さは手に入れられると、信じたかったんじゃ。


念願叶ってCP9に入ったワシを待っとったのは、ワシの知らないスパンダムさんじゃった。標的と正面からやりあう事を避けて、二重三重に罠を張る。

ワシの憧れたスパンダムさんはあんな人じゃないんじゃ。もっと誇り高くて、勇敢で、強くて……立派な人じゃった。

そうはいっても、ワシだってもう子供じゃなかった。スパンダムさんがいくら強くても、勝てない相手が居る事分かった。正面から勝てる相手でも、部下を危険に晒さない為に、安全で卑怯な手を使わなんといけん立場なのも分かった。

それでも……ワシはスパンダムさんにはヒーローでおって欲しかったんじゃ。

子供の頃に見た漫画の主人公みたいに、真正面から敵を死闘で捻じ伏せる。そんなヒーローでおって欲しかったんじゃ。


それからのワシは、スパンダムさんが極力手を汚さんで済むように動いた。汚れ役はワシらで十分。ルッチのようには強くなれんと分かっておっても、努力する事もヤメんかった。

いつの間にかワシの正義は歪んでしまったが、確かにワシは強くなった。スパンダムさんよりも強くなった。結局ルッチには届かんままじゃったが、手段を選ばんワシの「行き過ぎた正義」は、あの頃の不条理を蹴散らすくらいの力は手に入れた。

稼ぎの殆どを恵まれん子供達の援助をする団体に寄付して、ワシはあの頃の自分を救ってやれた気になっちょった。

そんな時、何気なく目を通したCP2の報告書で、非営利団体を名乗って金銭を不当に集めとった団体の幹部抹殺リストの中に、ワシが寄付しちょった団体の名前を見つけた時、ワシの中で何かが壊れた。


ダメだったんじゃ。あの程度の正義では誰も救えんかった。また自棄になりかけちょったその時のワシに下された任務が、W7のガレーラカンパニー潜入任務。

古代兵器プルトンの設計図を手に入れ、それを復活させて世界中の悪への抑止力とする計画。理不尽によって理不尽を制する。この任務を達成する為に、ワシはCP9に入ったんじゃと確信した。

暗闇を歩いちょったワシに、一筋の希望が見えたんじゃ。W7での五年間は、希望に満ちた五年間じゃった。

いつか来る世界の抑止力復活の日に、ワシも造船に協力したかったから、船大工としての仕事も真面目にやった。

設計図を手に入れた後で、不逞の輩に奪われたりせんように、体も鍛え続けた。

そんな時にもう一つの兵器復活の可能性と言われとったニコ・ロビンが、W7に近づいて来ちょると、スパンダムさんから連絡が入った。

いくつかの懸念材料も同時に伝えられはしたが、コレで全てがうまくいくと、ワシは信じて疑わんかったんじゃ……そう、あの男に会うまでは。


話には聞いておったが、規格外っちゅう言葉はあの男の為にある言葉。銀獅子はそう断ずるに相応しいバケモノじゃった。

「生命帰還」を異次元まで極め、独学で「六式」を納めた上に、その技を昇華させておったあの男に、ワシは成す術なく敗れた。

確実に殺されたと思っておったのに目が覚めた時は、なんと甘い男なのかと呆れもしたが、あの男のおかげで「生命帰還」に目醒めた事に感謝しながら、海楼石のトンファーをそえて、右腕で腹を貫き、二度目の勝負はワシが勝った。

……そのつもりだったんじゃが、あろう事かあのバケモノは、自らの血を操ってまで戦おうとしてきおった。

大鎌を振り上げた血の死神を見た瞬間、ワシは自分の心が折れるのがわかった。ルッチに進言してすぐさまその場を離脱して、二度とあのバケモノには近寄らんと決めておったのに……

まさかココまで追いかけてくるとは思ってもおらんかった……ワシにはわかる。あの男は、ニコ・ロビンを助けに行くより先に、必ずワシを殺しに来る。


あの男に勝てるのはルッチだけ……いや、ルッチでも怪しいもんじゃ。

ルッチはスピードで対抗出来るワシなら勝機があると言っとったが、悪魔の実を喰ってしまったせいで、純海楼石製のあのトンファーは、もうワシには扱えんガラクタになってしもうた。

しかも喰った悪魔の実がキリン……キリンって……ジャブラが笑うのも仕方ない事じゃ。

何でキリンなんじゃ!!! 鍛えた肉体を生かすには動物系の悪魔の実はピッタリといえばピッタリじゃが、ワシもルッチやジャブラや銀獅子みたいな肉食獣がよかったわい!!!

……キリン……キリン……キリン……涙が出そうじゃ。


おかげでワシはこんな所に隠れて銀獅子をやり過ごす破目に……本当にコレでイイんじゃろうか。

ワシは何の為に今まで己を磨いてきたんじゃ……スパンダムさんは銀獅子が追ってくるのをわかっていながら、ルッチと二人で先行しちょるというのに。

スパンダムさんは、銀獅子が予知で罠を回避する事はないと断言しちょったが、ワシはそうは思わん。

あの男を常識で考えたらダメなんじゃ。銀獅子の指示を受けた麦わらの一味は、罠を回避して正義の門に辿り着いて、スパンダムさんとルッチを……!!!!?

このままじゃとスパンダムさんが死ぬ!!!? まだ恩も返しきれてないっちゅうのに、ワシは何をやっとるんじゃ!!!!


「こうしちゃおれん!!! 早いとここんなとこから出て、スパンダムさんの下に行かねばならん!!! ルッチは世辞なんぞ言うタイプじゃない。アイツがワシなら銀獅子とやりあえると言ったんじゃ!!! 万が一銀獅子に先に遭遇したとしても、ワシが仕留めてみせる!!!」


決意を新たに本棚を退かそうとしたら、思った以上に簡単に右にずれた。


「……見つけた。ブツブツ言ってたみたいだが、時世の句は詠み終えたのか?」

「……銀……獅子……」


視界を遮っていた本棚が退いたその先には、眼を爛々と輝かせた銀獅子が立っておった。

決意を決めたばかりだというのに、ワシはうまく言葉を発する事も出来ん。


「さぁ、パーティーの始まりだ」


式刀零毀を逆手に抜いた銀獅子が、ワシが暖炉の外に出るのも待たずに構えをとる。


「……悪魔と……踊れ!!!」


自らを悪魔と名乗る、正真正銘のバケモノとの戦いが、今、始まった。



〜Side タクミ〜



「逃げるなよ!! ダンスを断るなら理由くらい話せ!!」


目的の部屋の暖炉に潜んでいたカクを見つけ、零毀を抜いて斬りかかったんだが、凄まじい速度の「剃」で逃げられてしまった。


「妖刀片手に誘われたら、誰だって逃げ出すにきまっちょるわ!!! そんなんだからニコ・ロビンにも逃げられるんじゃ!!!……はッ!!!?」


俺を挑発した事を後悔しているのか、カクは頭を抱えている。ソコだけ見れば只のアホなんだが、さっき俺から逃げたあの技は……


「お前、俺の「月剃(ルナソル)」をパクリやがったな?」

「ワザワザ説明してくれたのはお前さんじゃろうが。コレで瞬間最高速度もワシが勝ったじゃろうな。「生命帰還」への扉まで抉じ開けてくれて、お前さんには感謝してるくらいじゃ」


かなりの深手を負わせたつもりだったのに動けていたのは、あの土壇場で「生命帰還」を会得してたからか。あの場で仕留めなかったせいで、随分と厄介な敵になったな。

だが、「剃」の錬度はともかく、「生命帰還」に関しては年季が違う。俺が「生命帰還」の修行を本格的に始めてもう8年の歳月が経ってるんだ。

それ以前から、人獣形態の制御に「生命帰還」を無意識に用いていた事を考えれば、俺の「生命帰還」は18年モノの努力の結晶。傷を塞げるようになったくらいで極めた気になってるなら、少し教えてやろう。


「「生命帰還」は奥が深い。「六式」と組み合わせる事で無限の可能性を追求出来る技なんだ。俺も未だ”個の極地”に達した身じゃないが、その体に教えてやるよ。「生命帰還」の真髄……そのほんの一端をな」

「っ!!!?…………それはそれは、ありがたくご教授願おうかの」


髪を縦横無尽に動かしながら、流れるような動きで各部の筋肉を肥大化させて見せた俺に、カクは明らかにビビッている。

少しでも動揺してくれれば儲けモノだと思いやってみたが、想像以上に効果があったみたいだな。

実際問題、触れる事も出来ないスピードの前では、どんなパワーも意味がない。その事を考えれば、ある程度の真っ向勝負を受けてたちそうなルッチよりも、カクの方が厄介な相手かもしれない。


これから始まる戦いの展開をいくつかシミュレートし、俺は零毀を鞘に納めて戦闘態勢をとる。

「紙絵武身」の状態で、「獅子鉄塊」の強度は低めに調整、「爪鉄塊」を最大強度で普段より鋭利に発動、両脛は端から刃状に形態変化。

……コレがベストな選択なのかは疑問が残るが、形態変化の速度は他の「生命帰還」使いに負ける気がしないし、状況に応じてスタイルを変えれば問題ないだろう。

それにしても今日の「爪鉄塊」はちょっとおかしくないか? 妙に赤黒いんだが……俺もいよいよバケモノじみてきたな。


「武器を使って勝ったところで、俺の気は晴れないからな。お前はこの手で狩ってやる」

「全身凶器のバケモノがようヌかすもんじゃ。ワシは刀を使わせてもらう」


部屋に立て掛けられている二本の刀のもとにカクが歩いて行く。俺を相手にしてる最中に背を向けるとは……


「な!!!? 真っ向勝負がお望みじゃなかったんか!!!?」


全力の「剃」で接近し、カクの背中を切り裂いてやろうかと思ったんだが、紙一重のところでかわされてしまった。


「悪いな。俺の意思じゃないんだ。この右手が血を吸いたいってうるさくてな」

「……呆れて言葉も出ん。それにしても……「剃」の速度が上がったんか?」


俺としては自覚はないんだが、コイツがそう言うならそうなんだろう。どちらにせよ、スピードでは敵わない事が、今の攻防でハッキリしてしまった。

不意打ちに対応されてるようじゃ、正面からやりあったところでどうにもならない。

落ち着け。策はあるんだ。後はタイミングと、カクの行動をある程度まで絞れる状況を作ればイイ。

煙草に火をつけ、俺はカクを正面から見据えた。


「上から目線がムカつくな。確かにスピードは戦いにおける重要なファクターだが、それが全てってわけじゃない」

「!!!? ぶ、分身!!!?」


緩急を付けた体捌きで、敵を翻弄する技「桜舞」。零毀を手に青キジと戦った際、自然と体が動いた結果として出来た技なんだが、何故かコレを使うと女の顔がチラつくし、最初から技の名前が決まっていた気がする。

あまり”ONE PIECE”っぽくない技のような気もするし、”アークス流剣術”ってのがなんなのかも、俺にはさっぱりだ。もしかすると前世での知識が、”ONE PIECE”以外でも抜け落ちてきているのかもしれない。

体が勝手に動いたっていうのも、よく考えれば不可解だ。「六式」や「生命帰還」は、俺が努力によって手に入れた力だから安心して使っているが、この技は得体が知れない。

サーキースが似たような技を使っていた気もするんだが、今はアイツが何処にいるのかも分からないし、現状では、この技がこの世界の技術なのかは確かめようがないな。

……こんな事を今考えていても仕方ないか、今は目の前の敵に集中しないと。


「流石に分身はムリだな。そこまで人間辞めてるつもりはない」

「くっ!!? はっ!! のわ!!!? おちょくりおって!!! 隻腕のクセに、煙草なんぞ吸いながらワシと戦える人間なんぞおってたまるか!!!」


俺の攻撃を巧みにかわしながら、カクは刀を拾い上げ、得意の四刀流で応戦してくるが、コイツの場合、刀を防御に使って「嵐脚」を狙ってきているんだから、ゾロの三刀流とは趣が違う。

刀自体にも、特にこだわりがあるようには見えないし、アレにはリーチを伸ばす以外の利点はないと見てイイ。

まぁ、普通の人間が相手なら、アレでも十分な武器にはなるんだろうが、「獅子鉄塊」を「変形(トランス)獅子鉄塊」へと昇華させている俺の前では、手数の関係上、只の盾になってしまっている。


「まずはそのガードを崩させてもらおうか」


二本の刃と三本の槍として振るっていた髪を、一つの大槌へと束ね、カクの脳天へと振り下ろす。


「当たらなければ意味ないんじゃ!!!」


大槌の一撃を難なくかわしたカクは、俺から距離をとって人獣形態への変形をしようとしている。


「させるかよ!!!!」


まだ悪魔の実の制御になれていない様子のカクは、変形に数秒の時間が必要なようだが、俺がそんな時間を与えるわけがない。


「くっ!!! お前さんは卑怯もんじゃ!!!」


眼球目掛けて放った「獅子針銃(シシシンガン)」で集中を切らしたカクは、俺に向ってムチャクチャな事を言ってくる。

戦いに卑怯も何もないって事は、闇の正義を名乗るコイツらが一番良くわかっているハズだ。


「俺は悪魔の実の力を十全に使っているのに、お前が使えていない事を言ってるのか?」

「そうじゃ!!! だいたい何でワシが悪魔の実を喰った事を知っておるんじゃ!!!」


コイツはもう冷静な判断が出来なくなってきてるな……もう少しだ。


「バカな事を言うなよ。俺の変形速度が速いのは努力の成果だし、例えお前が邪魔をしてきたとしても、「獅子鉄塊」でガードしながら変形する事なんて雑作もない。俺の前でお前が能力を使えないのは、それがお前の実力って事だろ? それに、俺が占い師だって事も忘れてるだろ? お前が暖炉の中でブルってたのも知ってるし、喰った悪魔の実がキリンだって事も知ってる」

「……ワシは、悪魔の実を喰ったばかりじゃ」


完全にバカにした話し方をする俺に、カクは唇を噛んでいる。そんなに変形したいなら、こんなやり取りに付き合わないで、一度思い切ってココから離脱すればイイだけなんだが、カクの頭はもう、そこまで回っていないらしい。


「で? 「生命帰還」が出来るなら、それを応用して高速変形してみればイイだろ?」

「……「生命帰還」はさわりを掴んだだけじゃし、それをお前さんがさせてくれるとは思えん。この姿で、このスピードで仕留めてみせるわい」


変形する事は困難と判断したのか、カクは腰を落として覚悟を決めたようだ。


「そりゃ残念だ。キリンジャーを一度は見てみたかったんだがな」

「貴様はどこまで……死ねェ!!!!」


俺からの最後の挑発を受けたカクは、刀を大きく振りかぶって「剃」で突撃してきた。カクは左手に持った一本を投げ捨て、右手の刀を両手で大上段から振り下ろす。

目前に迫る白刃を前にして、俺は……口元が歪むのを抑えきれなかった。


「よしっ!!!! コレで右腕も「捕まえた」!!!? 何じゃ!!? 何なんじゃ貴様は!!!? あァ、目が!!!? 目がァ!!!!?」


カクの振り下ろした刀は、予め強度を弱めにしておいた「獅子鉄塊」を切り裂き、「鉄塊」の発動が遅れた右肩に、僅かに傷を与えた……それだけだ。


「お前のスピードに体はついていけないが、目で追えないわけじゃないんだ。それなら、致命傷を負わない程度に受け止めて、こうして拘束してしまえばイイ」


俺から右腕を奪ったと確信したカクを、残った「獅子鉄塊」で拘束するのは簡単だった。

ちなみにカクが『目がァ!!!!?』と騒いでいるのは、俺が吐いた煙草の煙を、全てカクの眼球に纏わり吐かせているからで、単なる嫌がらせだ。


「目が……目が……ヒッ!!!?」


必死に頭を振って煙を晴らしながら、僅かに目を開いたカクは、肩から流れる俺の血を見て悲鳴を上げた。

「紫煙操作」は無駄に集中力を使うから、残りは拘束に力を割いて、肩の止血をしていなかったんだが……何で血を見て悲鳴を上げたんだ? インターン中の医学生じゃあるあるまいし。

必死になって開こうとしていた目も堅く閉ざしてるし、顔から血の気が完全に引いてしまっている……何か萎えたな。

煙草を床に捨てた俺は、拘束したカクを床に横たえて、静かに語りかけた。


「どうした? 煙はもうないぞ? 目を開けよ……血が「ッ!!!?」……怖いのか?」


肩から滴り落ちる血を、ワザとカクの頬に落としてやると、声にならない悲鳴を上げて、拘束から逃れようともがく事すらヤメた。


「……もう殺してくれ。長官は、任務で失敗したヤツを二度と使わん。”卒業”の名目で平和な部署に異動になるんじゃ。スパンダムさんの優しさなのかもしれんが、ワシにはそれを受け入れる事は出来ん」


”卒業”って……ツッこむのはヤメておこう。それより気になるのは、うっかり”スパンダムさん”なんて呼ぶって事は、CP9とスパンダムの関係は、意外と良好なのか?

俺が知ってるスパンダムなら、失敗したヤツは殺しそうな気がするんだが、異動させるだけっていうのも妙な話しだし……何かが違うみたいだな。


「そんな事情は俺の知った事じゃない。お前のマヌケな姿を見ていたら、殺すのがバカらしくなってきていたし……そうだ!! 一つゲームをしよう」

「ゲーム……じゃと?」


カクの声の様子は、”助かるかもしれない”というような希望を抱いた声ではなく、単純に疑問に思ったという感じだ。

ココで生にしがみつくような素振を見せれば、問答無用で殺してやろうと思っていたんだが、どうやら本当に死を覚悟していたみたいだな。


「今から一分間、声を上げなければお前の勝ちだ。もしも、声を上げてしまったら、ジャブラの居場所を吐いてもらう」

「何じゃと!!?……何が目的かは知らんが、仲間は売らん!!! 声を上げたらワシを殺せ!!!…………声を上げなくても、ワシを……殺せ。その代わり、長官は、スパンダムさんだけは殺さんでくれ!!!……頼む」


俺の言葉を聞いたカクは声を荒げて抗議をして、さらにスパンダムの命を助けるように嘆願してきた。

スパンダムを殺すなという意図は不明だが、その瞳に偽りの色はない……認めるか。コイツにはこの生き方しか出来なかったんだろう。

俺は肩の止血をするついでに、ほんの少しだけ遊び心を発揮しながら、カクに賞賛の言葉を送る事にした。


「その決意、見事だ。手錠はさせてもらうが、ゲームなしで……カク?……何で気絶してるんだ?」


……まさか、この”血の死神くん”のせいか?

カクが異常なまでに血を怖がっていたから、ちょっとからかってやろうと思って、血を操作して作った死神人形に拍手をさせてみたんだが、気絶するほど怖かったとはな。


「声を上げられる状態じゃなさそうだし、ゲームをしててもお前の勝ちだったみたいだな」


とても演技には見えなかったカクの気絶っぷりが哀れだった為、鍵だけ頂戴して、結局は手錠もつけずに放置していく事にした。


「案外早くカタがついたけど、皆はどうしてるかな?」


他の皆の状況が気にはなったが、俺は一先ず、ウソップのいる屋上に向う。


各所で戦闘が行われているハズなのに、俺が歩く階段は不気味なくらいに静かだった。
 
 
 

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