”カリファ”
〜Side ビビ〜
司法の塔の探索を始めて10分くらい経ったんだけど、未だに一人の敵にも遭遇していない。
ノルマ的には最低でも二人は倒しておきたかったんだけど、この調子じゃ厳しそうね。
そうこうしてる間に、そろそろ一階の全ての部屋を回り終えそうなんだけど、
「ホントだ〜れもいないわね。なんか面倒だし、建物全体を浸水させちゃおうかしら?」
流石にダメよね。それじゃあ鍵が奪えないし、何より皆を巻き添えにしてしまうもの。
上の階からは戦闘の騒音が聞こえてきてたし、皆はもう戦ってるんだろうなァ……つまんないわ。
「こうなったら”美々突撃”で各部屋に突撃を……ってサンジさん!!!?」
一度中央ホールに戻って来たわたしは、ホールのど真ん中で、蝋人形みたいになってるサンジさんを発見した。
「いったい何があったの!!!? こんな姿になっちゃって!!!? ナミさんは!!? 一緒じゃなかったの!!!?」
「……悪い……負けた……鍵は奪えなかった。ナミさんには…………出だしでまかれた」
海軍本部の大佐にも勝ったサンジさんがあっさり負けるなんて……CP9……やっぱり只者じゃないみたいね。
誰にやられたのかをサンジさんに問いただそうとしていたら、螺旋階段から良く知った声が聞こえてきた。どうやらコッチに向ってきてるみたい。
「ナミ、鬣をあんまり引っ張るなよ」
「ココ以外に捕まるとこないんだもん。引っ張られるのがイヤならウソップに何か作らせたら?」
緊張感の欠片もない会話からして、二人ともCP9を倒した後みたい。タクミさんが勝つのは当然として、ナミさんも流石ね。
わたしやルフィさんに当然の様に拳骨を決めてくるあたり、ある意味タクミさんより恐ろしいもの。
「ウソップの開発力を鞍を作ることなんかに使うのはちょっとなぁ。それに俺は、本格的に乗り物になるつもりは無いし、どうせ乗せるならお前じゃなくてロビンがイイ」
「ハァ、ロビンバカ過ぎて、お兄ちゃんって偶にウザいわよね。まぁ、ロビンも似たようなものだからお似合いだとは思うけど……あらビビじゃない!! カルーを見かけなかった? それと……何アレ?」
ナミさん。アレ呼ばわりは酷いんじゃないかしら? ナミさんがサンジさんをまかなければ、こんな事にはならなかったと思うわよ?
乗ってたハズのカルーが行方不明になるのも意味が分からないけど……あのコは大丈夫よね。
「アレって……サンジじゃないか!!? 早っ!!! 負けるの早っ!!! お茶を三杯飲んでから負けるんじゃなかったのか!!!? もっと味わえよ!!!」
「お茶三杯って何?……あぁ……アレが原因ね」
わたし達の所までやってきたタクミさんは意味不明な事を口走り、ナミさんは上を見上げてどこか納得したような感じだけど、いったい何を見て……メガネ美女?
「サンジ、こんなに早くやられるなんて、お茶会には招待されなかったのか?」
「相変わらず……お前の占いは気持ち悪ィな……ちゃんと三杯飲んだ……スコーンも食べた……クランベリーのジャムが美味かった」
「アンタバカでしょ!!? 美女とお茶して、我にかえって戦ったってところでしょうけど……まともに戦ったの? 本当に勝てない相手だった?」
「ナミさん? ソレってどういう意味?」
……まさかサンジさん……相手が美女だからって手を抜いたとか?
「負けたのはすまなかった」
「言い訳はしないのね……呆れた。海賊のクセに、そんな”騎士道”守ってたら、いつか死ぬわよ!!?」
ナミさんとサンジさんのやりとりを、タクミさんは微笑みながら見ている。こんな状況なのに随分と余裕ね。
「おれは……女は蹴ったらいかんもんだと、オーナー・ゼフに叩き込まれて育った。だから……たとえ死んでも……おれは女は蹴らん!!!!」
……甘いって言ってやりたい所だけど……サンジさんが、ナミさんにあんなに強い口調を使ってるのは初めて見たわね。
サンジさんにとって、ソレはどうしても譲れない信念ってとこかしら? 気の多いチャラ男だと思ってたけど、ちょっとだけ見直したわ。
「バカね……逃げ出す事も”騎士道”に反するなら、せめてそっちは捨てなさいよ!!! 大事な仲間がやられたら、結局わたし達が復讐する事になるんだし、ムダに死ぬのは許さないんだから!!!」
フフ、素直じゃない言い方だけど、ナミさんもサンジさんの事を認めてるのね。
「言い訳にしかならないのは分かってるんだが……普通に戦っても勝てなかったかもしれん。あの魔女は……強い」
「最近のお前はどこまで卑屈なんだよ。いくらなんでも、お前がカリファに負けるわけないって。アイツを倒さなけりゃナミが殺されるって状況なら、お前だって戦うだろ? んでお前は勝つんだよ。もっと自信持て」
「アンタの”騎士道”……少しは見直したんだから、あんまり情けない所を見せないでよね!!」
そう言ってそっぽを向くナミさん……コレがツンデレ??……コレがツンデレね!!? タクミさん!! わたしにも分かったわ!!!
「ナミさん可愛い!!! ナイスツンデレーション!!! ありがとうございましたーー!!!」
「つ、つんでれーしょん? つんでれって何?? 何でわたしはお礼を言われたの???」
「お前何処でそんな言葉を……って前にゾロに説明した事があったか。それよりビビは「ナミさん? さっき『惚れ直した』って」うん、言って無いからな。そういうアホな発言がなければ、お前は時々凄くカッコイイハズなんだから、少しは自重しろ。で、ビビはサンジに水をぶっかけてくれ。このツルツル化はそれで解消されるから」
「そんなんで治るのか……ってビビちゃん!!!? 少しは加減してくれるよね!!?「”泉の袋小路”!!!」ぐぁばがばぅご……」
サンジさんはあっという間に元の姿に戻ったんだけど、心なしかぐったりしてる……せっかく戻してあげたのに……何で?
「サンジ君!!? ちょっと!! 大丈夫!!?」
「やりすぎだドアホ!!! 人間を洗うのに洗濯機に放り込むヤツがいるかぁ!!!」
”せんたくき”って何かしら? 最近タクミさんのツッこみがウソップさん並に激しいわね。取りあえずやりすぎたみたいだし、こんな状況を乗り切るにはアレしかないわ。
「やりすぎちゃった☆」
「うらァ!!!」
「痛ッ!!!? 何で!!!? 何で峰打ち!!!?」
「うるせぇ!! イラッとくるんだよソレは!!! 二度と俺の前でソレをやるな!!! いいか!!! 二度とだ!!!」
「タクミもやりすぎだと思うけど……確かにイラッとくるし、タクミが仲間相手にこんなにイライラしてるのは珍しいしから、ホントにもうヤメた方がイイと思うわよ?」
そんな!!? ナミさんまで!!? 最近のお気に入りだったのに……可愛いと思ってたのに……封印するしかなさそうね。
「ビビはさっさとあの石鹸女を倒して来い!!! それで許してやる!! 能力的にはお前が負ける要素は皆無なんだから、負けたら罰ゲームだからな!!! 鍵ごと吹き飛ばしたりしても同じ目に合わせてやるから覚悟しとけ!!!」
うぅ、タクミさん本気で怒ってるみたい。ロビンさん救出作戦の途中なのにふざけ過ぎたわね。
タクミさんは相手の能力が石鹸だって事まで分かってるみたいだけど……罰ゲームって何なのか気になるわね。
「……あのォ」
「あ?」
ヒィ!!!? 目が怖い!!! ホントに怖い!!! わたしそこまで怒られるような事した!!!?
「……ちなみに罰ゲームってどんな「”ナミパ〜ンチ”に何発耐えられるかを」行って来ます!!!!!」
タクミさんが最後まで言い切る前に、わたしは”美々突撃”で離脱した……何て恐ろしい事を提案するのかしら!!!?
”ナミパ〜ンチ”って、ナミさんが本気であの津波を止められる威力だと想定してた技よね!!!? シトシトの実の効果もナミさんには無いみたいだし、確実に死ぬじゃない!!!!
目標なんかもうどうでもイイけど、わたしは命が惜しいから、石鹸女もといメガネ美女を倒す事に決めた。
〜Side カリファ〜
一階のホールに集まってきている麦わらの一味のコントを、わたしは最上階の自室前から眺めていた。
このエニエスロビーに少数海賊団が乗り込んできておいて、こうも緊張感が無いとは驚きだったけど、ロビンの彼氏がいるんなら何か納得してしまうわ。
会話を聞く限り、ついさっきわたしが食べたばかりの悪魔の実の事まで知ってるみたいだし、もう彼には勝ちの未来が見えてるんでしょうね。
銀獅子に脅されて、凄い勢いで螺旋階段を上がってくる女のコを確認したわたしは、部屋に戻って到着を待つ事にした。あの勢いで扉を壊されたら堪らないから、入り口は開けておいたけどね。
「到着!! 石鹸女さん!!! アナタ個人に恨みはないけれど、ロビンさんとわたしの為に、ココで消えてちょうだい!!!」
このコが、アラバスタ王家の異端児、ネフェルタリ・ビビ。水を操る自然系の能力者……
あの銀獅子が送り込んできた最強の刺客。能力的に考えても、覇気が使えないわたしじゃ勝ち目はなさそうね。
わたしだってココまで死ぬ気で鍛えてきたっていうのに、自然系って理不尽だわ。
さっきのサンジって紳士のコも、一味の主力みたいだったけど、例え彼が本気で戦った所で、わたしは勝てる自信があった。
それだけの鍛錬を積んできたつもりだったのに……ルッチが羨ましいわね。わたしはどんなに英才教育を施されても、覇気だけは身につける事が出来なかったわ。
「そんなに罰ゲームが怖いの? アナタは自然系じゃない。ひょっとしてあのナミってコも自然系なの?」
こんな少数海賊団に自然系が何人もいるとは思えないけど、銀獅子の能力を使えば、悪魔の実を掻き集める事なんて造作も無い事なのかもしれないと思って聞いてみた。
「ナミさんは何故かわたしを殴れるのよ。別に能力者ってわけじゃないわ」
「え!!? あのコは覇気が使えるっていうの!!?」
わたしが慌てて確認をしても、このコは理解できないって感じの表情ね。どういう事?
「覇気って気迫みたいなヤツ? そんなのちょっと強い人なら誰でも使えるんじゃないの?」
「……そうね。変な事を聞いてごめんなさい」
信じ難い事だけど、このコ達は覇気の存在すら知らずにその一部を使っているみたいね。
銀獅子が覇王色の覇気を使うのはこの目で見てたけど、ルッチの言葉に対する返答からして、彼も無自覚に覇気を使ってる節があった。
ルッチの話では狙撃手のコも覇気の事を知らなかったみたいだし、この予測はおそらく間違ってないハズ。
副船長や一般クルーがこのポテンシャル。船長はとんでもないバケモノなんでしょう……天才……鬼才の集団と、わたし達は戦ってるのね。
きっと……皆も敵わない。カクがやった事を、銀獅子は絶対に知っている。長官はああ言ってたけど、彼なら必ずカクを探し出して制裁を加えるハズだわ。
その銀獅子が平然とあそこにいたって事は、カクがあっさりやられたって事よね。銀獅子には傷一つ見当たらなかった。
カクの道力は3600。スピードだけなら、ルッチをも凌ぐCP9でぶっちぎりのNo.1。そのカクを無傷で倒すような相手が後ろに控えてるとなると、抵抗するだけ無駄みたいね。
わたしはわたしに出来る事をやりましょう。
「参ったわ。わたしじゃアナタを倒せないし、ましてや銀獅子に敵うなんて最初から考えてもいないもの。時間稼ぎは果たしたんだし、鍵はアナタにあげるわ」
「え!? ホントにイイの?」
わたしが投げた鍵を受け取った彼女は、困惑してるみたいだけど、コレがベストな選択のハズ。
おそらく長官もルッチも直に負けるわ。そうなったら政府はわたし達に全ての責任を押し付けて更迭……暗躍機関の人間なんだし、世間にバレちゃいけない情報も抱え込んでるんだから、最悪だと処刑よね。
もしもトドメをさされていない仲間がいるのなら、無傷のわたしが皆を連れて逃げるべき……
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「カリファ、どうして人質にとられたCP6のヤツらを見殺しにした」
「?? 『CP9に弱卒は要らない』が長官の口癖だったと記憶していますが、CP6には必要でしたか?」
「……今回の件では、敵の要求をのんだフリをして人質を救出する事も出来たハズだ。お前程のヤツなら簡単だっただろ?」
「申し訳ありません。任務遂行を優先すべきだと判断しました。次回からは雑魚の方も可能な限り庇う事にします」
「そういう言い方じゃなくてだな……CP9に弱卒は要らない……だけどな、仲間を見捨てるヤツはクズ以下だ。よく覚えておけ」
「……長官? 矛盾しています。セクハラです」
「どこら辺が!!!? 矛盾だとかイチイチうるせェんだよ!!! 弱卒は要らないってのは日々の鍛錬を怠るなって意味で……もうイイ。お前と話すのは疲れる」
「フフ、長官のおっしゃりたい事はだいたい理解出来ました。それでは失礼します」
「お前……本当はそこまで天然じゃないだろ?」
「天然って何ですか? わたしは鍛錬がありますのでこれで」
「はァ、勝手にしろ…………強くなれよ。おれの野望の為に」
「長官は素直じゃありませんね……それでは、世界の平和の為、鍛錬に行って参ります」
「うるせェ!!! さっさと行けェ!!!」
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「ちょっと!!! 聞いてる!!? ホントに貰って行っちゃうわよ!!?」
「え!?……えぇ、構わないわ」
目の前まで詰め寄ってきていた彼女の声で我にかえったけど、どうしてあんな昔の事を思い出していたのかしら?
「わたしだってロビンを助けたいのよ。アナタ達に勝つ事で、彼女を、せめて闇の中で生きられるようにしてあげようと思ってたんだけど、本人に断られちゃったし、アナタや銀獅子を見てたら、それは無理だって分かってしまったわ」
「ロビンさんを助けようとしてくれてたの!!!?」
わたしの言葉がよっぽど予想外だったのか、彼女は酷く驚いた様子ね。
一人で抱えきれない闇を抱えているロビンを助けてあげたいと思ってたのは本当だけど、コレはわたしが……わたし達が助かる為の打算に満ちた演技。
一度は友達だと思ったロビンを利用するだなんて……我ながら醜いわね。
「アナタ達がココまでやれるだなんて思ってもいなかったわ。さっきの彼くらいの戦闘レベルならなんとかなると思ってたけど、今思えば手加減されてたようにも感じたし、ロビンの事はアナタ達に任せるわ」
「……あの……気休めかもしれないけど、タクミさんは前に、戦闘ならサンジさんは一味でゾロと同列のNo.3だって言ってたわ(わたしは認めて無いけど)……そのサンジさんが、アナタの事を『普通に戦っても勝てなかった』って言ってたの。きっとアナタは強いんだわ。その力を、ロビンさんを救う為に使おうとしてくれてありがとう。一味を代表してお礼を言うわ」
ッ!!!?……素直なコね。少しだけ胸が痛いわ。
「……ロビンに伝えてくれる? アナタはわたしの手を取ろうとしなかったけど、離れてしまってもわたし達は友達だって」
「必ず伝えるわ!!……そういえば、お姉さんのお名前は?」
フフ、『石鹸女さんからの伝言よ』とか言って伝えられるのは流石にイヤね。
「カリファよ。アナタはアラバスタの”ネフェルタリ・ビビ”よね?」
「!!!?……え〜っと、何の事かしら? 麦わらの一味に王女なんていないわよ?…………それじゃあまたね!! カリファさん!! 時間があれば、わたしもアナタの友達になりたかったわ!!!」
そう言い残して、彼女は走り去ってしまったけど、嘘が吐けないコなのね。わたしは王女だなんて一言も言って無いのに……でも、可愛いコだったわ。
「……またね、ビビ。わたしもアナタと友達になりたかったわ。ロビンをよろしく」
彼女がいなくなった部屋で、わたしは囁くように本心を零した。
……コレでイイのよね……長官……申し訳ありません。
闇の中で愛を信じて、その愛に真剣に生きるロビンを見ていたら、わたしはこうする事しか出来ませんでした。
無様でもイイんです……卑怯でイイんです……必ず生きていて下さい…………カリファが、助けに参ります。