小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”CP9長官 〜スパンダムという男〜 ”



〜Side スパンダム〜



 ……”海賊狩りのゾロ”確かに追い詰めたハズのその男は、二刀を鞘に納めて不敵な笑みを浮かべた。


「何がおかしい? さっきの綱渡りのような技が、お前の奥の手なのだろ? 諦めて気でも狂ったか?」

「いや、嬉しいんだ……スパンダム、お前を倒した時、おれはまた一つ壁を越えられる」


 ロロノアは迷いの無い目をおれに向け、力を抜いて白鞘の刀を構えた。さっきも似たような事を言ってやがったが、コイツには戦闘狂の気があるみてェだな。


「本来は三刀流のお前が、二刀流でどうにも出来なかった相手を、一刀流で倒そうってのか? えらく舐められたもんだ。呼吸が読めてないような剣士に、おれが負けるとでも思ってるのか?」

「呼吸なら読める。舐めてるつもりはねェ……本気できてくれ」


 なるほど、さっきはファンクフリードをいなす事に集中してたから、おれの身体を斬れなかったってわけか。

 なら何でワザワザ一刀流で? もう一度さっきの技でいなしながら、今度こそおれを斬りつけりゃイイものを……バカの考えはわからんな。

 ファンクフリードごとおれを斬るつもりなのかもしれんが、コイツは悪魔の実を内包した武器だ。一太刀でおれごと斬ることなんぞ不可能。


「イイだろう。おれは避けない。全力で、一瞬でカタをつけてやる」

「……一刀流……『居合』……」


 刀を脇に構えるロロノア……なるほど、確かに一流の剣士だ。全く隙が無い。不用意に「剃」で回り込めば、一太刀で斬り伏せられるのはおれの方だろう。

 だが、罪人相手に逃げなどせん!!! おれの技がただの大上段だけだと思ったら大間違いだ!!!

 ファンクフリードの鍔を一撫ですると、瞬く間に牙が伸び、刀身を挟むように並び立つ。


「いくぞ!! ”巨象の牙(ザンナ・ディ・エレファンテ)”!!!」


 放たれるは突きの壁、おれの視界すら塞ぐようなスピードで突き出される連突は、目の前のモノ全てを抉りぬく牙となって敵を襲う。

 以前T・ボーンのヤツにも伝授してやったこの技で、今まで仕留められなかったモノはない!!!

 だから……


「……”死・獅子歌歌”!!!!」


 技の内側から声が聞こえた時は、悪い冗談かと思った。


「お前……いったい何を!!?」


 突き出された状態で静止しているファンクフリードから、ピシリと不吉な音が聞こえてくる。

 それに合わせるように、ロロノアは僅かに音を立てて刀を白鞘に納めた。


「ガハッ!!!?……バカな!!!?……斬られていたのか!!!?」


 おれの胸からは鮮血が迸り、ファンクフリードは牙が一本折れていた。


「……ありえない……いつの間に二撃を加えた!!?……」

「『居合』って技は、一太刀で相手を沈める技だ。その剣の呼吸も、お前の呼吸も、全て読みきって、一閃したってだけの話さ」


 ……簡単に言ってくれる……そんな芸当が出来る剣士なんぞ、この海に数える程しかいない。


「複数の呼吸を一太刀で斬るとは……天晴……おれの完敗だな」

「負けを認めるってんなら、さっさと鍵を吐き出しやがれ。胸くそ悪い事をさせんじゃねェよ」


 ふ、この男、おれを生かしておくつもりなのか。まだまだ甘い。鍵を取りに来た瞬間に、一刀両断にして……そんな力は残ってないな。

 …………仕方ない。


「実はさっき飲み込んだ鍵も偽物でな。ホンモノはココにある」

「……お前、イイ性格してんな。ウチの副船長にそっくりだぞ?」


 内ポケットに手を入れるおれを見て、ロロノアは呆れたような表情を見せたが、何一つ警戒はしちゃいねェ。

 ……よかった。無事だ…………右手に触れたソレを感じて、おれはこの間青キジさんに会った事……いや、初めて親父に仕事場に連れて行って貰った日の事から思い出していた。

 アレは…………もう三十年も前になるのか……



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 「スパンダム!! どうだ!! コレが父さんの職場だ!!」


 CP5主官の親父は、自慢げにおれに職場を案内してくれたけど、正直言って、おれはあんまり興味がなかった。

 こんな所にくるより、爺ちゃんが誕生日プレゼントに買ってくれた、象のファンクフリードと、家で遊んでた方が、よっぽど楽しかったし、どんなに無能でも将来が約束されてるのは、親父を見てればわかった。

 ウチの一族は代々CP5主官を経験してから、CP9長官に就くって決まってる。CP9の要請施設にお金を出してるらしくて、身寄りの無い子供を拾ったり、偶に視察にいったりしてるみたいだけど、おれはまだ行った事がなかった。

 だって何もしなくたって出世できるんだし、ウチの世話になった連中は、いずれCP9長官の座におれが就いた時、勝手に恩義を感じて、命がけで働いてくれるんだ。

 そんなワケで将来の踏み台でしかないCP5の視察なんて、興味がなかったおれは、親父の目を盗んで、そこから抜け出した。


 街を歩いてみても、何処も変わらない。何も変わらない。皆おれの服装を見ただけで、おぼっちゃん扱い。お金を払わないでも勝手に世話を焼いてくれる。

 ……ココもつまらない。ふらふらと街を歩いていたおれは、そのうち人通りが少ない通りに出た。こんなとこまで来たのは初めてで、おれは物音がする方へと引き寄せられるみたいに歩いた。

 通りを抜けた先には広い空間があった。でも、その広い空間は金網に囲まれていて、囲いの中ではたくさんの男達(女も少しだけいた)が殴り合いをしてる。おれは初めて目にするその光景に目を奪われた。

 しばらく見入っていたら、一人の男がやたらと目立っているのに嫌でも気づく。もじゃもじゃ頭にヘアバンドのその男は、他の連中が必死になってる中で、一人だけ涼しい顔をして戦っていた。

 でも、その戦い方が奇妙で、のらりくらりと攻撃をかわしながら、相手に軽く触れるだけで倒してしまう。その圧倒的な強さを誇るユルい男は、それから五分もしないで全員を倒してしまった。


「おい!! そこのお前!! ちょっと待て!!」

「はぁ?」


 汗一つかかずにその場を去ろうとするその男を、おれは引きとめた。これだけ強いんだから、将来おれの一番の家来にしてやろうと思ったんだ。


「お前をおれの家来にしてやる!! 名乗ってみろ!!」

「あらららら、いったい何処のクソガキだ〜? 名乗って欲しいんなら自分から名前を言えって、親父さんに教わんなかったか?」


「ク、クソガキ!!!? おれにそんな口の利き方して、タダで済むと思うなよ!!! おれはCP9長官!!! スパンダルの孫なんだからな!!」

「あらららら、スパンダルさんの孫って事は、スパンダインさんの息子か。二代続けてアホが生まれるなんて、可哀想だ」


 何なんだよ!!? なんでコイツはおれにこんな口が利けるんだ!!! 皆おれをチヤホヤしてくれるのに!!!


「親父は本当にバカだからイイけど!!! おれはやれば出来るんだ!!! バカにすんな!!! お前なんかファンクフリードに潰されちまえ!!! いーーーあだっ!!!?」

「他人の力で喧嘩なんかするなよ。おれが気に食わないんなら、お前が、お前だけの力でおれを倒せ」


 初めて叩かれた……コイツ、思いっきり拳骨しやがった!!! ファンクフリードはまだ子供だ。ホントはコイツを潰せる程デカくない。爺ちゃんは……こういう事には手を貸してくれない。多分コイツと同じ事を言う。親父には頼みたくない。

 今のおれじゃコイツに勝てない……でも、おれは親父と違ってやれば出来るんだ。まだ何もやってないだけ。


「……スパンダム……」

「はい?」


「スパンダム!!! おれの名前だよ!!! 先に名乗れってお前が言ったんだろ!!! お前も名乗れよ!!!」

「ピーピーうるさいなぁ。コレだからガキは嫌いで……って泣くなよ。めんどくさいから……はぁ、クザンだ。おれの名前はクザン、ココの将官学校の三回生だ」


 …………泣いてねェし…………そういえばコイツ学校って言わなかったか? 生徒が殴りあいするような学校なんて、聞いた事ないぞ?


「お前は不良ってヤツなのか? この学校は不良だらけなのか?」

「……お前ホントにバカでしょ? 子供とはいえ政府の人間の家系なんだから、ちょっとは勉強しろよ」


 コイツ、またおれをバカにした!!! おれが必殺噛みつき攻撃を繰り出そうとしてると、モヒカン頭の偉そうなおっさんが、コッチに向って歩いてきて、クザンに声をかける。


「クザン……こんな所で何をやってる? その子供は何だ?」

「モモンガさん、コイツはスパンダインさんの息子でスパンダムってヤツです。なんかおれを家来にしたいらしいんですよ。何とかしてください」


 クザンの言葉を聞いたモモンガっておっさんは腹を抱えて笑い出した。このおっさんも失礼な……ってモモンガ? どっかで聞いたような……そういえば、あの肩にかけてるコートって!!?

 おれはモモンガの後ろに回りこんで、そのコートに書かれてる文字をハッキリと目にした。

 そこには”正義”の二文字が、風に揺れるコートの上で踊ってた。


「モモンガって、海軍のモモンガ中佐かよ!!? てことはココは海兵の学校だったのか!!! モモンガって中佐のクセに”魔剣士ヴェリアル”を倒したすげェ海兵なんだろ!!? クザンじゃなくてモモンガが家来になってくれよ!!!」

「ナハハハハ!!! このおれを家来にするのか? ヤメておけ。おれなんか出世しても、精々中将止まりだ。クザンの方が将来有望だぞ?」

「ちょっとモモンガさん!!? ムチャクチャじゃないっすか!!? 煽ってないで止めてくださいよ!!!」


 コイツ、モモンガに期待されてんのか!!? よーし、何が何でもおれの家来にしてやる!!!


「じゃあ、クザンでもイイよ」

「……『じゃあ』ってなんだよ。だいたいおれはお前の家来なんかにならねェの。ガキはさっさとウチに帰れ」

「そう邪険にするな……スパンダム君だったかな? 家来にするには、相手に勝つのが一番手っ取り早い方法だ。クザンに勝ってみなさい」


 結局そこに行き着くのか……こうなったら!!!


「クザン!!! おれはいつかお前を倒して家来にする!!! だからお前は、明日からおれを鍛えろ!!!」

「……ナハハハハハ!!! オモシロいコだ!!! 確かに、それが一番の近道かもしれんな!!! クザン、固まってないで、応えてやれ!!」

「……いや、モモンガさん。おかしくないですか? 何でおれを倒そうとしてるガキを、おれが鍛えなくちゃならんのですか?」


 モモンガ……いや、モモンガさんって呼ぼう。なんかイイ人そうだし。モモンガさんは納得してくれたのに、クザンはウダウダうるさい。


「クザンは器がちっちぇな。『おれを超えてみろ!!!』とかカッコイイ事言えねェのかよ?」

「このガキ!!!…………わかった。明日からおれがみっちりシゴいてやる。訓練の片手間だが、金網の前で「一緒に訓練を受けさせてやれ」ちょっ、モモンガさん!!? コイツはまだガキですよ!!?」

「十七歳のお前も、おれから見たらガキだ。それに、スパンダム君は向上心がある。このコも、いずれは政府の人間になるんだ。責任者にはおれが話をつけておこう……またな、スパンダム君。強くなるんだ」


 モモンガさんは大きな掌でおれの頭を撫でると、空を走ってどっかに消えた……


「うおおおおお!!! カッケェ!!! 見たかクザン!!! 空を走ったぞ!!! だからモモンガなのか!!!? 鍛えたらおれもアレが出来るようになるのか!!?」

「モモンガさんは最初からモモンガさんだよバカ。アレは「六式」ってヤツで、訓練しちゃいるがおれはまだ使えねェ」


「何だ、クザンはやっぱモモンガさんほどは強くねェんだな。モモンガさんが鍛えてくれないかなぁ」

「……どこまでもムカつくガキだな。イイか、明日の朝六時、ココに集合だ。遅れたらその鼻をもぎ取ってやる」


「うるせェ!! 鼻の事は……ってアレ? アイツどこ行ったんだ?」


 モモンガさんが消えていった空を見上げていたおれは、気にしている鼻の事をバカにされて、クザンに文句を言おうとしたのに、そこにはクザンの姿はなかった。


「勝手にいなくなりやがって……って寒っ!!! 夏なのに何で寒いんだよ!!! ていうか朝六時からってふざけてんのか!!? 普通に寝てるっつうの!!!」


 おれはブツブツ言いながら、親父のとこに戻って、心配してたとか何処に行ってたとか小言を言われながらウチに帰った。


 次の日から……おれの地獄が始まった。

 初日は昼頃に学校に行ってクザンに鼻を抓られながら引きずり回されて、モモンガさんが助けてくれたと思ったら、今度は自分の足で走らせられた。腕立て、腹筋、背筋、スクワットを限界まで五セット、その後は竹刀をひたすら振り回して、気づいたら夜。

 ボロ雑巾みたいになって帰宅したおれを見た親父は、メチャクチャ驚いてたけど、偶々帰ってきてた爺ちゃんが、おれの好きさせるように言ってくれた……恨むよ爺ちゃん。

 次の日はもう引きずり回されたくなかったから、ちゃんと六時に行ったんだけど、体が動かないからファンクフリードに乗って行ったら、やっぱりクザンに引きずり回された。

 半泣きになりながら昨日と同じメニューをこなして、一日中待っててくれたファンクフリードの上に捨てられるおれ……クザンは鬼だ!!!

 そんな生活をしていて分かった事なんだけど、クザンは悪魔の実、しかも自然系の”ヒエヒエの実”を食べた氷結人間とかいうヤツで、モモンガさんに期待されてるのはそれのおかげだって、他の候補生の兄ちゃん達が教えてくれた。

 クザンはズルして強くなっただけなんだ。いつもおれをボロボロにするだけで、自分が訓練してるとこなんか見たこと無い。

 最初の日に見たアレも、クザンが皆を集めて、一方的にやったらしい。おれは、何が何でも悪魔の実なしでクザンを倒すって決めた。


 三年が過ぎた頃、おれもいい加減訓練に慣れて……たりはしなかった。訓練はおれが慣れそうな頃には一段階レベルUPして、おれの地獄はいつまでも続いてた。

 何度か逃げ出そうとした事もあったけど、何処に隠れてもクザンはおれの事をすぐに見つけて、鼻を抓んで引きずり回す。

 いつまで経っても強くならないって思ってたんだけど、おれはいつの間にか、クザン以外の候補生とは互角に戦えるようになっていて、四回生までが相手なら楽に倒せるくらいだった。

 でも、クザンには勝てない。悪魔の実の力を使わないクザンにすら、おれは勝てなかった。クザンはもう六回生。七年制の将官学校を来年は卒業して、最初っから曹長として海軍に入隊するらしい。

 それまでに、どうしても勝ちたい。もう家来とかはどうでもイイけど、人をイビってばっかのあんなヤツに負けっぱなしじゃ、おれは親父と一緒だ!!

 その日から、おれはクザンに自分からメニューを増やすように頼んで、偶にやってくるモモンガさんから剣術を教えてもらったりするようになった。


 クザンが卒業する直前、クザンの卒業演習の相手がおれに決まった。モモンガさんが裏で手を回してくれたらしい。

 ギリギリまで訓練に力を入れて、卒業演習の三日前から、おれは身体を万全にする為に、訓練を休ませて貰った。慢性的な筋肉痛に悩まされてたおれの身体は、たったそれだけの事で別人みたいに動ける様になってる……今なら負ける気がしない。

 クザンはおれに負ける事なんて考えてもいないらしくて、悪魔の実の能力を使わずに、おれの得意な剣術で勝負をする事に了承した……絶対に泣かせてやる!!!

 卒業演習前日、モモンガさんに型を見てもらったおれは、クザンをボッコボコにするシミュレーションをしながら、ウチに帰った。

 いつもは玄関の前でおれの帰りを待ってるファンクフリードが居ない事を不思議に思いながら家に入ると、親父が電伝虫に向って怒鳴りつけてる。


『『そう申されましても、私的な理由でCP5を動かすわけには……』』

「イイから犯人を捜せ!!! おれの息子が可愛がってた象なんだ!!! 探し出して八つ裂きにしろ!!!」


 ……親父は何を言ってるんだ? 『可愛がってた』? その手に握ってるのは何? ファンクフリードは何処?

 呆然としていたおれに気づいた母さんが、教えてくれた……ファンクフリードは殺された。

 街の子供達を乗せてあげてたファンクフリードは、通りすがりの海賊に、遊び半分に惨殺されたらしい。


「……どうして? ファンクフリードが何かしたの? 親父は助けてくれなかったの?」


 通信を終えた親父におれが聞いても、親父は中々答えてくれない。


「ねェ!! ファンクフリードは何処!!? 友達なんだ!!! 誰が殺した!!! おれが殺してやる!!!…………お墓を作ってやらなきゃ」

「男がこんな事でイチイチ泣くな。転がってた牙なら拾ってきてやったから、墓ならコレでもたてとけ。犯人は部下達に探させてるし、象なら今度はおれが買ってやがらばっ!!!?……」

「スパンダム!!!? アナタなんて事を!!!?」


 ファンクフリードの牙をおれに握らせて、ふざけた事を言ってきた親父を、おれは思い切り殴り飛ばした。顎を砕く確かな感触を拳で感じながら、意識がない親父を睨みつける。


「おれはアンタを軽蔑する。ファンクフリードの仇は……おれが討つ!!!」


 騒ぎ続けている母さんを無視して、おれは家を飛び出した。海軍の将官学校と、CP5の施設があるこの島に、平気な顔で滞在するような海賊は、年に数えるくらいしかこない。

 港に停泊している海賊船を探せば、それがファンクフリードの仇だ!! 必ずおれが殺してやる!!


「おいクソガキ、こんな時間に、血相変えて何処に行くんだ?」


 港に向って走るおれを呼び止めたのは、この四年間で、一番耳にした声だった。


「クザン……明日は卒業演習だっていうのに、随分と余裕だな」

「お前も相変わらずムカつくな。喋り方に可愛げがなくなって、ますますクソガキになってきやがった」


「どうでもイイ。おれは急いでるんだ。どけっ!!!」

「……なぁ、何があった?」


「ファンクフリードが…………殺された。海賊に、殺された」

「……そうか。そりゃあ残念だ。おれも偶に乗せてもらってたんだがな」


 便利な乗り物がなくなった程度の感想しか抱いていないクザンに腹が立ったけど、コイツを倒すのは明日だ。今は構ってる暇なんかない。

 そこを動く様子がないクザンを避けて、おれは港に向って歩き出す。


「待てよ……おれも行く」

「……はァ? お前は関係ないだろ?」


「イイから、ほら行くぞ」

「ちょっと待てよ!! ファンクフリードの無念は、おれが晴らさないと意味がって降ろせーー!!!」


 クザンはおれを抱えて凄いスピードで走り出した。そのままモモンガさんみたいに空を走って、あっという間に海賊船の甲板に着地する。

 突然現れたおれ達に、海賊達は宴会を止めて、一斉に注目した。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど、象を殺したのはお前らか?」

「象? あの珍しいピンクの象か? 剥製にして売り捌こうかと思ったんだけどよ、牙が一本なかったから、そこら辺の海に捨てちまったぜ? まさか、あんなゴミを取り返しにきたのかよ?」

「こりゃケッサクだ!!! 早いとこ持っていけよ!! 魚に食われて骨だけになっちまうぜ? ギャハハハハハハ!!!」


 海賊連中は、ファンクフリードを殺した事をあっさりと認めて……嗤いやがった。ゴミだって言いやがった。


「殺してやる!!!!」

「はァ? お前みてェなガキが? おれ達を殺す?」


 嗤っていた海賊達は、数人が真剣な表情になった……なんだよコイツら……怖ェ……怖ェ!!……ファンクフリードの仇なのに!! 目の前にいるのに!!

 どうしておれの足は動かねェんだよ!!!……ビビッてんのか?

 震えるおれの肩に、クザンがそっと手を置く。


「子供を相手に覇気を剥きだしにするなんて、大人気ないんじゃないの? アンタ、”串刺しのボリス”だろ?」

「ほぅ、そっちの兄ちゃんはおれの事を知ってんのか、覇気の事まで知ってるって事は、海軍か海賊ってとこか? いかにも、おれは懸賞金3億4000万ベリー、串刺し公爵ブラド・ボリスだ」

「3億4000万!!!?」


 目の前の男がそこまでの海賊だなんて思ってもいなかったおれは、驚きで逆に震えが止まった……今なら、動ける。


「……だからなんだ!!! ファンクフリードの仇は!!! おれがとるんだ!!!」

「……よく言った……スパンダム……後はおれに任せろ。お前は、ファンクフリードを迎えに行ってやれ」


 へ? 今、コイツなんて?……


「なァァァあああああああ!!!!?」


 目の前の光景が信じられなかった!!! 海賊達の間を縫うように動く影が、次々と敵を凍らせていく!!! クザンがやってるのか!!?

 そんな!!? アレは「剃」だろ!!? クザンは「六式」を使えないって……そういえば、さっきは「月歩」を使ってたし……まさか!!?

 アイツ、おれを夜までシゴいた後で、自分の訓練をやってたのか!!!?…………敵うわけがない。

 クザンは悪魔の実の力に慢心しないで、自分を鍛え続けてたんだ。おれには余裕を見せながら、影では必死になって……


「……カッコイイじゃん」


 おれは慌てふためく船長と、クザンの勇士を見ながら、倒れるように海に飛び込んだ。

 ファンクフリード……情けないおれは、お前の仇をとれなかったけど、クザンはカッコイイヤツだったよ。クザンの悪口を言うおれを、お前はいつもたしなめてたけど……知ってたんだな。

 海底に沈んだファンクフリードに、おれは無言で語りかけた。その丈夫な皮膚は、魚を寄せ付けずに、斬られた胴体にしか、魚は群がっていない。

 重たい身体を浮力の助けも借りながら引き上げると、そこにはクザンが待っていた。


「終わったか?」

「まだ墓を作ってないけどな。おれにはそれくらいしかしてやれない…………クザンさん……ありがとうございました」


 おれは初めて、謝罪でも下げた事のなかった頭をクザンさんに下げた。不思議と、悔しさは湧いてこない。


「気持ち悪いからヤメロよな……それに、昔のお前なら、一人でソイツを引き上げてやる事も出来なかったんじゃねェの? お前はちゃんと、ソイツの為にしてやる事が出来たんだ」


 おれの頭を撫でるクザンさんは、良く見れば血まみれだった。おれは申し訳ない気持ちで一杯で、しばらくその場で泣き続けた。

 気づいた時にはクザンさんはいなくなっていて、おれはファンクフリードの亡骸を引き摺らないように、よろめきながらも抱えて帰った。


 次の日の卒業演習に、クザンさんは来なかった。覇気とかいう特別な力で傷付けられたクザンさんは、結構な重症だったらしい。

 それでも、3億を超える賞金首を、卒業前に討ち取った功績を称えられて、クザンさんは異例の准将スタートになった。この四年の間に准将になっていたモモンガさんに早くも並ぶとは、一番弟子として鼻が高い。

 その事をモモンガさんに話したら、メチャクチャ笑われたけど、おれはもうクザンさんを尊敬して、クザンさんみたいになるって決めたんだ!!


 それから四年間、将官学校に通い続けたおれは、ある日突然、将官課程の修了証書をモモンガさんに渡された。どうも通い始めて一年後から、おれは正式にココの候補生になってたらしい。


「スパンダム君……いや、もう君は子供じゃないな。十七歳の立派な大人だ……スパンダム、おれの剣の弟子として、お前にこの剣を贈らせて貰う」


 モモンガさんに渡された剣は見た目からは想像も出来ないくらいに重かった。何とか受け取って抜いてみると、剣がみるみる姿を変えていく。


「”ゾウゾウの実”を食べた剣だそうだ。お前にピッタリだろ? 無機物のハズの剣がどうやって食べたのかは解明されていないらしいが、研究施設送りになるところを、おれが強引に持ち出したモノでな。あまり人前ではその姿にさせんように……スパンダム? 聞いているか?」

「……ファンクフリード……お前の名前はファンクフリードだ!!!」


 モモンガさんの話なんかそっちのけで、おれは相棒に抱きついた。先代と違って紫色をしたファンクフリードは、少し迷惑そうにしている。

 まだおれを主とは認めていないんだな。いつか、お前を軽々と振り回せるような剣士になってみせる。おれは背中に担いだ剣に誓った。


 それからのおれは、今まで以上に、がむしゃらに鍛錬に励んだ。十八の頃には、CP9の要請施設にも顔を出した。

 おれより十一歳も年下なのに、天性の格闘センスを持っていたルッチを鍛えてやったり、カクってコの面倒をみたりもした。

 カクはまだ二歳なのに、五歳も年上のルッチに張り合うみたいに正拳突きの練習をしたり、倒れるまで走ったりとムチャばかりする子供だったけど、おれはクザンさんに張り合ってた自分を思い出して、特にカクの事はかわいがった。


 二十歳の頃にはようやく「六式」を修めて、CP5の主官に就任したり、忙しい毎日が続いたけれど、それでも出来る限りは要請施設に足を運んだ。

 ルッチがCP9の史上最年少構成員に抜擢されたのは、それから僅か二年後の事だった。カクはもの凄く悔しがって、励ますのに苦労したな。

 その頃は親父がCP9の長官になってたんだけど、ルッチを使い潰すようなやり方が気に入らなくて、おれは親父を押しのけて、二十二歳で史上最年少のCP9長官になった。


 それからはひたすらに仕事に忙殺される毎日で、鍛錬の時間も取れずに働き、イライラが溜まったおれは、周囲の反対を押し切って、長官としては異例の前線任務に繰り出し、そこを鍛錬の場にするようになった。

 数ヶ月もすれば見えてきた……CP9が担う闇の正義。親父を押しのけて長官の座に就いたおれを、CP9最強と言われていたラスキーさんが支えてくれなかったら、おれはあそこでダメになっていたかもしれない。

 誰かがやらなくてはいけない。世界の平和の為に、進んで汚れ役になるのが、おれ達CP9の仕事だった。

 部下達になるべく危険が及ばないようにと、おれは謀略の限りを尽くした。半端な正義を振りかざしたところで誰も救えやしないと、時には冷酷な判断も下した。

 戦場でファンクフリードを振り回して戦うおれには、いつの間にか”重剣のスパンダム”なんて二つ名までついていた。


 ……五年の月日が流れた。ラスキーさんが栄転して、荒んでいたおれの心に、一筋の光明が差す……クザンさんが大将になったらしい。

 三十五歳での大将就任は、これまた至上最年少の快挙との事だ。クザンさんとは、もう十四年も会っていなかったが、近いうちに挨拶に行かなければと思っていたところ、なんとクザンさんの方からおれを訪ねて来てくれた!!


「やっと好き勝手出来る地位が手に入ったんでな。ようやくお前に会いに来れたんだが……あらららら、随分と立派になったもんだなぁ……スパンダム」


 部屋に入るなりソファーに寝転がったクザンさんは、予想外に手放しでおれを褒めてくれた。嬉しくて、ただ嬉しくて、おれがコレまでやってきた事は、間違いなんかじゃなかったと言ってくれてる気がした。


「クザンさん……青雉殿とお呼びするべきでしょうか」

「だから気持ち悪ィんだって、お前にそんな態度とられんのは。『クザンてめェ!!!』とか言ってた頃の方が、お前らしいんじゃない?」


 変わらぬクザンさんに、おれは思わず涙した。クザンさんは笑っていたけど、急にアイマスクをつけて寝始めたりして、もしかしたら泣いてたのかもしれない。

 それからクザンさんは、月に一度くらいのペースで遊びに、本当にただ遊びに来ていたんだが、カリファが見習いで来るようになってからは、反りが合わないみたいで足が遠くなった。

 おれが三十になる頃には、カクもようやくCP9に入る事が出来て(とは言っても、十四歳でのCP9抜擢は十分早い)、古参のメンバーとの入れ替わりで、カリファの正式な採用も決まり、CP9は嘗て無い黄金世代と言われる程の磐石体制が整う。


 それから四年後、おれは以前相談を受けていたW7の古代兵器の情報が、確かなモノである可能性が高いとの報告を受けた。

 世界中の悪を黙らせる事が出来る、たった一隻の戦艦。おれはどんな手を使ってでも、それを手中に収める事にした。

 既にNo.1へと上り詰めていたルッチをリーダーに、努力でNo.3の座を勝ち取ったカク、天才肌のNo.4カリファの三人をガレーラカンパニーに潜入させ、街の情報収集担当に、人当たりのイイ穏やかな性格をしたブルーノまで投入した。

 長期任務への四人投入というおれの策に、軍上層部から批判が来たが、クザンさんが黙らせてくれた。

『お前は、お前のやりたいように正義を貫け』……本当にあの人には、いくら感謝しても足りるもんじゃない。

 
 四人を任務へと送り出して五年が経った頃、『今からそっちに行く』と、クザンさんから短い通信があった。

 カリファがいなくなってからは、またちょくちょく遊びに来るようになっていたクザンさんだが、事前に連絡を入れてきたりしたのは初めての事で、おれは何か良くない事でもあるんじゃないか? とか、ついに元帥になるのか? とか考えをめぐらせる。

 部屋に入ってくるなりクザンさんは驚愕の事実をおれに伝えた。二十年前、オハラの悪魔達の生き残り、ニコ・ロビンを逃がしたのはクザンさんらしい。

 ニコ・ロビンが、ルッチ達の潜伏先、W7に近づいている事を告げると、敵の情報を書き殴った紙と一緒に、一つの包みを置いて出て行った。

『後は任せる』……その一言も添えて…………



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 長い長い回想を終えて、おれは右手に触れていたそれを確りと握り締めた。大丈夫だ…………皆わかってくれる。

 今度は左のポケットに手を入れて、カリファにムリヤリ持たされていた、直通の専用小電伝虫を取り出す。


「部下にもう逃げろと伝えたい。構わないか?」

「……構わねェ。好きにしろ」


 倒れたままの状態でロロノアに頭を下げ、おれは送話器をとった。一回にも満たないコール音の後、通信が繋がる。


「カリファ、聞こえるか……おれだ」

『『長官!!! ご無事ですか!!! 聞こえております!!!』』


 取り乱しやがって……情けない声を出すんじゃねェよ……決意が鈍っちまう。


「お前には、全CP9への伝言を頼みたい。生憎と、この直通以外はルッチに持たせていてな。連絡が取れないんだ」

『『長官は今どちらに!!!? ルッチとは一緒じゃないのですか!!? やはりお怪我をなさっているのでは!!!?』』


「おれは、もう動けん。そんなおれでも出来る事が一つだけ残されていてな」

『『……それがその伝言なのですね? なんなりとお申し付け下さい』』


 ふ、冷静さを取り戻したか……やはりお前は優秀だ。カリファの声に重なって、僅かに話し声が聞こえるが、傍に誰かいるのか?……まぁイイ。おれは内ポケットに入れたままの右手に、僅かに力を込める。

 クザンさんが、どんな意図でコレをおれに託したのかはわからないが、今を逃して、使い時はこないだろう。


「……全CP9に告ぐ!!! おれを捨て置き!!! 衛兵達を逃がし!!! 直ちにエニエスロビーより脱出せよ!!!」

『『長官!!!? 何を!!!? 場所を教えてください!!! 直ぐに!! 今直ぐに!! カリファが助けに参ります!!!』』


 一人称は、”わたし”に直せと言ったのに……まだまだ子供だな。

 だが、お前の、お前達の忠誠を……おれは誇りに思う…………無碍には出来んな。


「伝言は確かに伝えろ。その上でどう判断するかは、各々に任せる…………指示に従えんバカ者は!!! おれと一緒に死んでくれ!!!」

「な!!? てめェ、いったい何を!!?」

『『喜んで!!! カリファは、何処までも御供致します!!!!』』

「パオーーーーーーーーン!!!!」


 おれの通信を止めに入ろうとしたロロノアを、ファンクフリードがその巨体で押し留めた。最後まで……お前には世話になる。

 そしてカリファ…………イイ女になったな。


「……バカ者が…………海軍大将青雉殿の権限により!!! 司法の島エニエスロビーへ、バスターコールを要請する!!! 全ての悪に、等しく正義の鉄槌を!!!」


 カリファへの通信を切ると同時に、おれは右手に握った、ゴールデン電伝虫のスイッチを押した。

 クザンさん……おれの正義はココまでみたいです……『後は任せる』……その言葉、お返ししますよ。

 ロロノアの、声にならない叫びを聞きながら、おれは静かに眼を閉じた。
 
 
 


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後書き



 どうも、作者の羽毛蛇です。

『”CP9長官 〜スパンダムという男〜 ”』いかがだったでしょうか? 読者の方より、『スパンダムの少年時代からを番外編で書いて欲しい』とのリクエストをいただき、スーパーダイジェストにはなりましたが、その半生を描いてみました。

 書き終えた感想としては、ただ長かったって感じですねw 今までで一番の文量になってしまいましたw 少年時代を濃密にやりすぎて、そこからのやっつけ感が半端じゃないです。淡々とした文章になってしまったので、機会があれば改訂したいのですが、今はストーリーを進める事を優先させたいので、コレで勘弁して下さい。

 エニエスロビー編はココからクライマックスへと向かっていきます。正史とは大きくかけ離れた物語となっておりますが、コレからも『百獣の王』をよろしくお願いします。
 
 
 

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