小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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〜Side ウソップ〜



「おいおいマジかよ!!?」


 衛兵の狙撃を続けるおれに、突如として届いた放送は、この手を止めるのには十分過ぎる衝撃の内容だった。

 この島に……”バスターコール”がかかった。あれだけ強いロビンを、その言葉だけで屈服させるほどの暴力的戦力。

 おれ達みてェな、ちっちぇ海賊団じゃ、到底抗えねェような嵐が、このエニエスロビーに吹き荒れようとしてるってのか……


「ウソップ!! 手を止めるな!! 本格的にヤバくなってきたから、さっさと逃げるぞ!!」

「タクミ!!? よかった、お前ら無事だったんだな!!」


 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、この塔に残ったメンバーのほぼ全員が走ってくるところだった。


「ちょっとタクミ!! 速いわよ!! ていうかなんで乗せてくれないの!!!」

「アホか!!! そんなもん担いだお前を乗せたらな!! 流石の俺でも背骨がイカれるんだよ!!」


 ナミは俺の特大リュック並にでけェ風呂敷を担いでいて、タクミ相手に文句を言ってる。

 政府の施設からまで略奪するとは……タクミ以上にコイツが海賊っぽいな。


「最近のタクミさんは、ツッこみのキレがイイわね。でも、わたしへのツッこみに肉体言語を使うのはヤメてくれないかしら?」

「タクミはツッこみも出来るのか!!! すげェな!!!……で、肉体言語ってなんだ?」


 後からついてきたビビは、相変わらず緊張感の欠片もねェ天然だし、チョッパーもタクミ信者で”なんで君”だ。

 コイツらには危機感ってもんが一切ないみてェだな。タクミが慌ててるって事は、かなりやべェ状況だって事くらいわかりそうなもんなのによ……


「ていうか、お前の乗ってるソレはなんだ?」

「コレかァ? 超合金!! フランキーロボだ!!!」

「イ・ツ・マ・デ・ヤ・ラ・セ・ル・ロ・ボ」


 機械音声みたいな喋り方に若干ココロが踊ったけど、騙されねェぞ……アイツはまだギリギリ人間だ。たぶんチョッパーの遊びに付き合ってやってんだろうな。


「ホラ!! 聞いたか!!? 肩に乗ったらロボ語になったんだ!! タクミはデケェから乗れないな!! うらやましいだろ!!」

「……意外と面倒見イイんだな。とか言わないぞ!!? ”海パン+アロハ+グラサン+リーゼント”お前はヘンタイ以外の何者でもないんだからな!!!」


 タクミまでふざけ始めた……やべェんじゃなかったのかよ? この一味、おれかゾロがいねェと収拾がつかなくなってきたな。


「ソ・ン・ナ・ニ・ホ・メ・ル・ナ……って喋り難いわァ!!! もうイイだろチョッパー、いい加減降りろ」

「えぇぇええ!!!? もう終わり!!!? 延長だ!! 金ならある!!」

「チョッパー……それはどちらかと言えばダメな人間が使うセリフだ。こんなに早くヘンタイに毒されるとは……ロビンになんて言えばイイんだ」


 頭を抱えて座り込む我らが副船長……頼りになるお前は何処へ行ったんだ? ていうか、チョッパーの教育方針は、いつの間にかタクミとロビンが決める事になってんだな。

 しかもタクミはロビンに怒られるっぽい……『夫婦かお前らは!!!』とツッこみてェところだが、今は自重しよう。ゾロがいねェ以上、おれが砦にならねェと。


「脱出するんじゃねェのか? ゾロとは連絡とったのかよ?」

「あぁ、アイツ出ないんだよ。方向音痴だけじゃなくて、機械音痴の呪いも罹ってたみたいだな」


 機械音痴って……ありゃあほぼ生物だぞ? 送話器を上げるだけじゃねェか。たぶんソレが上がりっぱなしになってて……ダメだ、ゾロもダメなヤツだった。


「居場所は特定出来てるんだ。おれ達は”ためらいの橋”でルフィとゾロを待とう。ゾロは長官に勝ったみたいだが、ルフィはもう少し時間がかかるかもしれないからな」

「”ためらいの橋”でって、それじゃ向こうの衛兵の銃の射程に入っちまうじゃねェか」


 おれの言葉を聞いて、タクミは呆れたみてェに溜息を吐いたけど、何がおかしいんだ?


「あのな、銃の性能的には届くかもしれないが、スコープもないただのマスケット銃で当たる訳ないだろ。あの距離で狙い撃てるのは、俺が知ってる限りじゃお前と、お前の親父、それからベックマンとオーガーくらいだ」

「マジか!!? おれは世界四大狙撃手って事だな!!! よーし!!! やってやるぜ!!!」


 タクミの言葉を聞いたおれは、衛兵殲滅任務に戻る事にした。

 考えてみりゃ狙撃ってのはかなり理不尽な力だよな。相手が何も出来ねェ距離から仕留める……めちゃくちゃカッコイイじゃねェか!!!


「おれが!!! 最強だぁぁああああ!!!!」


 ”火の鳥星”が次々と衛兵に襲いかかる様子をスコープ越しに確認しながら、おれは最高にハイだった!!!

 何か忘れてる気もするけど……スルーだな。



〜Side ロビン〜



「ココは…………!!!? 船長さん達はどうなったのかしら!!?」


 腹部に鈍い痛みを感じながら私が目覚めたのは、何処かの階段の踊り場だった。

 周囲に人は見当たらないけれど、扉の向こうから聞こえる音から考えると、私は邪魔だからって事で気絶させられて放りだされたみたいね。

 逃げるなら今しかないけど、私の為に戦ってくれてる船長さんの様子が気になるし、少しだけ覗いてみようかしら?

 もしかしたら、タクミが助っ人に来てるかもしれないし……少しだけなら、気づかれないわよね。


「……何?……コレ?」


 僅かに開けた扉の隙間から垣間見た光景は、異次元の戦いだった。

 巨大な黄色い影はおそらくルッチ。それと同じくらいの速さで動いてるように見える影が船長さんなんでしょうけど、船長さんにしては大きいし……どっちも速すぎて目で追えないわ。

 そこら中の壁が壊れているのに、この扉が無傷なのは、船長さんが配慮してくれてるんでしょうね。剣士さんは静観してるだけだから、多分あの長官を倒したって事。

 残ってるCP9はおそらく彼だけね。タクミがこの場に来てないって事は、残るCP9は彼を筆頭に、一味の皆で制圧してるハズ。

 私はココに残って見届ける方が無難かもしれない……そう結論付けようとした瞬間に、放送の開始を告げるノイズが聞こえてきた。


『『……CP9のカリファです。長官からの伝言を…………一言違わず皆様にお伝えします。『全CP9……及び、エニエスロビーに務める者全てに告ぐ!!! 司法の島を捨て、直ちに脱出せよ!!! 海軍大将青雉殿の権限により!!! 司法の島エニエスロビーへ、バスターコールを要請する!!! 全ての悪に、等しく正義の鉄槌を!!!』…………以上です。動ける者達は、負傷者を連れて、至急この島から脱出してください』』

「何ですって!!!? あの男!!! 本当にバスターコールを要請したっていうの!!!? 剣士さんに敗れたって事は、本人は逃げる事も出来ない状況のハズなのに、いったい何を考えて……」


 まとまらない思考を言葉に出して整理しようとしていたら、カリファの咳払いが聞こえてきて、まだ、放送が終わっていなかった事を知った。


『『……尚、CP9メンバーにのみ、わたしから一言…………”noblesse oblige”…………皆が長官の意志を理解している事を、切に願います』』


 それを最後に、今度こそカリファの放送は終わった。”noblesse oblige”……確か古い言語で、”高位の者の義務”って感じの意味だったわよね。

 雨女さんと同レベルだと思ってた彼女から、そんな言葉が出てきた事も驚きだけど、あの男……自分も死ぬつもりなのね。

 ……私の存在は、そうまでして消し去る必要があるほどの存在……本当に……生きてもイイのかしら。


 放送が始まっても、そして終わっても、巨大な影の戦いは止まる事はない。

 船長さんは、私を生かす為に戦ってくれている。常軌を逸したあの戦闘力は、タクミが教えた戦い方。命を削る……戦い方。

 ……こんな所で、座り込んでる場合じゃない!!! 私は生きたい!!! でもそれ以上に、生きなくちゃいけないのよ!!! こんな私の為に戦ってくれている、皆の為に!!!

 静かに閉じた扉に向かって、私は密やかに語りかける。


「私は先に行くわ。今の私に何が出来るかなんて解らないけれど、待ってるだけじゃだめよね。敵に噛み付いてでも、脱出の用意を整えておくから、安心して戦ってちょうだい。頼んだわよ……ルフィ」


 顔を上げて、私は全速力で階段を駆け上がる。海楼石の手錠のせいで、上手く身体に力も入らないけれど、こんな私にだって、出来る事がきっとある。

 政府は私を生け捕りにしたいハズだし、この身体を盾にすれば、護送船を奪うくらいの事は出来るかもしれないわ。

 チョッパーの作った痺れ薬だってまだあるんだし、ウソップがブーツに仕込んでくれたナイフも気づかれてない。

 私はまだ、戦える!!!


「……え!!?」


 長い螺旋階段を抜けた先で、私が目にしたモノは、そこら中で呻いている衛兵や海兵の姿だった。

 一味の誰も、辺りには見当たらないのに、いったいどうやって……まさか!!!?


「……ウソップ?」


 私が呟いた瞬間、ゴトリと音がして、手錠が外れる。


「!!? どうして急に!!? コレ……斬れてるのかしら?」


 足元に落ちた手錠は、開閉部分だけが綺麗に切断されている。何がどうなってるの!!? カマイタチの能力者でもいるっていうの!!?

 驚きとは別に、言葉に出来ない開放感が私を包む中、ふわりと頭の上に落ちてくるモノがあった。


「コレって、下っ端くんの帽子じゃなかったかしら?」


 ”海イタチのネロ”って、ヒゲがあるからじゃなくて、カマイタチからきてたのかしら?

 私がそんな事を考えていると、遠くに見える司法の塔からナニカがコッチに飛んでくる。


「ロ〜〜〜〜〜〜ビ〜〜〜〜〜〜ン!!!!! 受け止めてくれ〜〜〜〜〜〜!!!!」

「ウソップ!!!?」


 飛んできたナニカがウソップだとわかって、私は慌てて蜘蛛の巣状に腕を咲かせて、そのまま受け止めた。

 泡を吹いていたウソップを強引に起こして、取り合えず事情を聞いてみる。衛兵はほぼ全滅みたいだし、ココで多少時間を使っても大丈夫よね。


「いったい何があったの!!? タクミは何処!!!?」

「そのタクミに投げられたんだよ!!! アイツ何とかしろよ!!! お前が絡むとメチャクビャッ!!!?……」

「メチャクチャなのはてめェだこのボケ!!!! ロビンが怪我してたら本気でメテオストライクだったんだからな!!!!」


 猛然と私に抗議するウソップを拳で黙らせて現れたのは……もちろん彼。

 私はその姿を見た瞬間に彼の胸に飛び込んで……


「ロビン!!? 大丈夫か!!? 怪我むぁ…………」


 余計な事を喋る口を少し強引なやり方で塞いだ。

 解放してあげても、彼は呆然として言葉も出ないみたい。


「フフ、驚きすぎよ」

「……だって、いきなり何!!!? え!!!? 今、俺……」


 一味を抜けようとした、あの夜と同じ。私からの二度目のキス。

 あの時は言えなかったけど……今なら言えるわ。


「助けに来てくれた感謝の気持ち……じゃなくて……愛する人にキスするのに、理由なんて必要かしら♪」

「!!? 今なんて!!? 幻聴!!? リピート!!! プリーズリピート!!!」


 全く……台無しじゃない。でも、彼がこんな事に慣れてないってわかっただけでも収穫ね。


「愛してるわタクミ。もう、離れない……もう、放さない」

「……コレじゃお仕置きは出来ないな……俺も愛してるよ。二度と放さない」


 自由になったばかりの私の身体を、タクミはきつく拘束する。


 息一つ出来ないようなその束縛も、私には生の実感と、喜びしか与えない。


 硝煙の香り漂う戦場で……私達はやっと真実の恋人になれた。
 
 


 
『百獣の王』



〜Episodio 126〜 ”真実の恋人”
 
 
 

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