”ただアナタの為に”
〜Side ロビン〜
海軍本部が誇る二人の英雄……三大将と同等かそれ以上の実力と言われているその男達の名前は、”拳骨のガープ”そして”迅雷のモモンガ”。
ゴール・D・ロジャーを何度も追い詰めた生きる伝説のガープを世間が知ってるのは当然だけど、モモンガの名前を知らない海賊も、やはり当然のようにいない。
先代の大剣豪”魔剣士ヴェリアル”を討ち取ったのが、当時中佐でしかなかった彼だからだ。
魔術師でありながら剣士でもあったヴェリアルを、三日間に及ぶ死闘の末に打ち破った彼の名前は、大将交代の際にはガープと共に何度も上げられているらしい。
そんな隔絶された世界の住人が、今、私の目の前にいる。男が握る長刀は、私の一番大切な人の身体を貫き、斬り裂こうとしている。
限界まで肥大化したタクミの右腕も、私の百本の腕の腕力も、チョッパーやリーゼントさんの助太刀も無視して、その刃は少しずつ、でも確実に進んでいく。
純粋な力の勝負で彼が負けるところなんて、私は今まで考えた事もなかった。あの青雉にだって、身体能力では勝っていたのに……
彼の顔から見る間に血の気が引いていき、刃の進み方が加速する。
きっと私は泣いているんだと思う。叫んでいるんだと思う。皆もそう。彼の名前を叫び、彼の意識を少しでも繋ぎとめようとしてくれているでしょうね。
でも、私の耳には、何の音も聞こえない。まるで世界から音が消えてしまったみたい。
きっとソレは、私の世界が終わりを迎えようとしてるから……彼が喋る事すら出来そうに無いこの状況で、私の世界に音はいらない。
彼が死ぬかもしれないこの世界に……私はいらない。
明らかに致死量を超える出血をしていても、彼はそれでもモモンガの刃を止めようと、必死に抵抗している……最後まで付き合うわ。
私の力じゃ、どう足掻いてもモモンガを止められないかもしれない。それでもアナタは、私の全てだから、私は限界を超えて戦う。
咲き誇るは千本の腕、制御の限界を超えたその数に、一瞬だけ意志が飛びそうになる。
自壊してしまいそうな危うい腕を束ねて、二本の巨大な腕へと形作っていきながら、私はきっとこの力でもモモンガには勝てない事をどこかで理解していた。
でも、私の全力は完全に無視できるような甘い一撃じゃない。少しでも隙を作る事が出来れば、誰かが彼を助けてくれるかもしれない。
そんな小さな可能性に賭けて、私が腕を振り下ろそうとした瞬間……
「おいおい、俺まで殺すつもりかよ!!?」
私の世界に音が帰ってきた。でも、そのよく知ったハズの声は、何故かどこかの他人の声のように聞こえて、私は直ぐには返事が出来なかった。
「……タク……ミ?」
「ああ、そうだよ。何で疑問系?」
「大丈夫なのか!!!? だって!! だってタクミ!!!」
「おめェ!!!? その身体はどうなってんだよ!!?」
「貴様!!? 何故そんなにも平然としていられる!!!?」
驚愕に満ちたモモンガの声に気づかされた……彼の身体には、もう刃はない。
その身体は、半分以上が斬れていて、どうやったらそんな状態で立っていられるのか分からない。
「タネがわからないから、奇術師は魔術師って呼ばれるんだ。考える時間ならいくらでもある。安らかに眠れ」
「ガフッ!!!?……何を……」
いつの間にか抜いていた小太刀で、僅かに彼に斬りつけられたモモンガは、目を見開いて倒れ、苦しそうに呼吸をしながら腹部を痙攣させ、その目から光を失っていった。
「……ねぇ……アナタはいったい……」
続く言葉を、唇に指をあてられ遮られる……私は何を聞こうとしたの?
「離れていた方がいい。後はコイツに任せるから」
彼はそう言ってニコリと笑うと、手を広げて後ろ向きに橋の下へと飛び降りてしまった。
「タクミ!!? ロビン!!! タクミが落ちちゃったぞ!!? どうすんだよ!!? コイツ死んだのか!!?」
チョッパーが慌てて話しかけてくる。リーゼントさんも何か言ってるみたい。
でも、私はただ混乱するばかりで、何一つ行動する事が出来なかった。
「ちょっと!!! タクミはどうなってんのよ!!? ロビン!! アンタがしっかりしてないと、アイツは案外ダメなヤツなんだから!!!……ってアンタもイイ加減起きなさいよ!!!」
「ぶへっ!!!?」
ナミに怒鳴りつけられて、冷静な思考が徐々に戻って来た……踏みつけられてウソップも意識を取り戻したみたいね。砲撃が止んでるのは、モモンガを傷つけない為? もしかしたら、ビビが暴れてソレどころじゃないのかもしれない。
「リーゼントさん!! 海パンはいてるくらいなんだし、泳ぎは得意でしょ!! 彼を早く助けに行って!!」
「自分で飛び込んだバカをなんでおれが助けにいかなくちゃなんねェんだよ!?……って、ありゃ何だ!!!?」
「ぎゃぁあぁぁあぁあ!!!! 悪魔ぁぁぁあああぁぁあぁぁあ!!!!」
チョッパーが叫びながら指差す先には、赤黒い身体に翼を生やした、まさに悪魔と呼ぶに相応しいナニカが飛んでいた。
でも……アレって……
「タクミ?」
「……愛の力って怖いわね。アレをタクミって認識できるだなんて……でも、多分そうよ。ガレーラで戦った時は体から出た血液を死神みたいな形で操ってたけど、今度は悪魔みたいにして身に纏ったのね。ビックリ人間が多い一味だけど、お兄ちゃんはちょっと常識を学んだ方がイイわ」
なるほど、それで彼の血溜まりがいつの間にかなくなってたのね。
ビビが暴れる軍艦の方向に力なく飛んでいくタクミは、さっきまでよりよっぽど普段のタクミらしく見えた。
『コイツに任せる』っていうのは、あの能力に任せるって意味? それなら普通にあの場で能力を使えばよかっただけなんじゃ…………考えててもしかたないわね。
「ナミ、私も行ってくるわ」
「行くって軍艦に!!!? まだ四人も中将が残ってるのよ!!!? ルフィとゾロが戻ってくるまで、あのバケモノ二人組みに任せておけばイイじゃない!!!」
ナミが必死で止めてくれるけど、私の決意は変わらない。
「もう離れないって決めたから。たとえどんな状況でも、私はタクミの隣に立つわ」
「……敵わないわね……行きなさいよ。でも、どうやってあそこまで行くつもり? わたしが投げてあげようか?」
それはちょっと、勘弁して欲しいわね。
「”二百花繚乱”……”ビッグウイング”!!! じゃあ行ってくるわね♪」
「……なんか皆ムチャクチャね。好きなだけ暴れてきなさいよ」
呆れたようなナミに笑いかけ、二百本の腕の翼で、私はタクミの後を追った。
彼に対する疑問は、今はおいておけばイイ。彼は私を助けてくれた。彼は私を愛してくれた。それだけで十分よね。
私はこれから先、何があってもアナタの傍にいるわ……ただ、アナタの為に。