小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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特別番外編 ”とある一つの平行世界”



 ”偉大なる航路(グランドライン)”のとある孤島に、一隻の船が停泊していた。

 羊をあしらったピークヘッドには似合わない、髑髏を掲げたその船は、海賊”麦わらの一味”の家であり仲間でもあるゴーイング・メリー号だ。

 今日も激しい航海を終えて休息についている彼の上では、いつも通りの日常が繰り広げられていた。





「ナミ、せっかくこんな綺麗な浜辺に停泊してるんだから、こんなとこにいないで、みんなと遊んできたらどうだ?」

「べ、別に好きでタクミの傍にいるわけじゃないわよ!! ちょうど読みたい本があったから、天気がイイから外で読んでるだけなの!!」


「わざわざ獲物を解体してるグロい現場の近くで?」

「狭い船なんだからしかたないでしょ!!」

「浮き輪の替えを取りに来ただけなのに、イイモノが見れたわ♪ タクミさん? 赤くなってるナミさんはかわいいわねェ? ナイスツンデレーション!! ありがとうございましたー!!」


 酷い言われように、メリーは小さく溜息を吐いた。僅か十人の海賊を乗せるには、自分は十分な広さを確保出来ていると自負している。

 例えハンター兼副船長のアイザワ・タクミが仕留めた海蛇が、7mを超える大物であったとしてもだ。

 航海士ナミがタクミの傍で本を読んでいるのは単純に、彼女が心を寄せる彼の傍にいたいからであり、それを口に出さないのは彼女の強がりでしかない。


「な!!? 赤くなってなんかないわよ!!! ツンデレ言うなーー!!」

「相手にするなよ。”ツンデレ”って言葉を覚えたから使いたいだけなんだから」

「ナミさんが怒ったーー!! 逃ーげろーーー!!」


 躁舵手ビビにからかわれて憤慨するナミ。今にも自慢の拳で制裁を加えようとする彼女を、タクミはその腕を掴んで引き止めた。

 ……コレがいけなかった。


「っ!!!? いきなり腕を掴まないで!!!」

「のごっ!!!?」


 照れ隠しに彼女が放った鉄拳は、タクミの強靭な顎を打ち抜き、戦闘では滅多に膝をつくことすらない彼の意識を易々と刈り取った。


「え!!? タクミ!!? 大丈夫!!? しっかりして!!?」

「あちゃー、せっかくのタクミさんからの接触だったのに、ナミさん激しすぎ♪」


「アンタね!! ふざけてないで運ぶの手伝いなさいよ!!」

「わたし知ーらない!! ナミさんが傷物にしちゃったんだし、自分で責任取ったら?」


 自分の冗談にさっきよりも顔を赤くするナミをからかいながら、ビビはワニの形をした浮き輪を手にして笑いながら走り去っていった。

 残されたナミは、いつまで経っても自分の気持ちに気づいてくれないこの鈍い大男を見つめて溜息を吐くと、彼を抱えて男部屋へと歩き出す。


「……何なの?……あの女に何の権利があって、タクミにあんな事をシテルの?……許さない……許さない!! 許さない!!! 許さない!!!!」


 ……その光景を瞬きすらせずに見つめている漆黒の瞳が二つ。その瞳に宿る感情が今のような激情ではなく、普段の穏やかなモノならば世の男性を虜にするような美貌なのだが、唇を咬む今の姿にはドン引きだろう。

 ダイニングキッチンの小さな窓から一部始終を見ていたその女性は、みかんを持つその手に力を込め、勢い良く握りつぶした。


「ロ、ロビンちゃん……食べ物を粗末にしちゃダメだよ?」


 遠慮がちに声をかけるサンジだが、一味のコックとしてどうしても一言注意しなければならなかった。

 この状態の彼女に声をかけられるのは、おそらく彼くらいだろう。


「コックさん、いたの……私、キライなのよね……みかんって」

「……そっか、気づかなくてごめんね。コレはジュースにでもしておれが飲むから、ロビンちゃんはホラッ!! 苺でも食べなよ!! シャンパンにあうよ?」


 この空気に耐えられないと感じたサンジは、とりあえずロビンを酔わせてしまおうと、タクミ秘蔵のシャンパンと、昨日仕入れたばかりの苺を取り出して、彼女の前に並べた。

 あの高級シャンパンを勝手に飲んだ事が、無類の酒好きであるあの男に知られれば、どんな酷い目にあうかはわかっているのだが、それでも今は、この場を切り抜けられるならどうでもよかったのだろう。


「あのー……ロビンちゃん? せっかく苺を出したのに、なんでみかんを八つ裂きにしてるのかな?」

「コックさんが飲むジュースの分よ? さっきの一つだけじゃ足りないでしょ?」


 シャンパンにも苺にも手をつけず、ロビンは懐からサバイバルナイフを取り出して、籠に盛られていたみかんを次々に八つ裂きにしていく。

 サンジにはそのナイフが、タクミが先日失くしたと嘆いていた愛用のナイフに見えてしかたなかったのだが、この際それは無視することにした。


「いや、テーブルに傷がつくし、流石に十個もあれば十分なんだけど……」

「あら、もう目標数に達していたのね。コックさん、十個じゃないわ。ナなつと……ミっつよ♪」


 ロビンの満面の笑みに、サンジは背筋が凍った。出会った頃のどこか妖艶な微笑は、最近タクミ以外に向けられる事は無くなった。

 自分の好みドストライク(もっとも、サンジの守備範囲はかなり広い)の女性二人に想いを寄せられるタクミを、最初は妬ましく思ったし、どちらの想いにも気づかないあの男に殺意すら覚えていたのだが、今となっては軽く同情している。

 日増しに威力を増していくナミの照れ隠しの暴力もキツそうだが、何よりロビンの想いは、それだけで一人の男が受け止められる容量を超えてしまっているのだから。


「そっか!! おれはみかん大好きだし、全部まとめてもらうね!!」

「そうよ……アナタがあの女をモノにすれば、タクミは自然と私のところにやってくるじゃない……ねぇ……なんとかしてよ」
 
 
 鬼気迫る彼女の表情に、サンジは思わず後ずさる。


「アナタがフラフラしなければ、あの女はアナタに擦り寄る可能性だって十分にあったハズでしょ?」

「いや、ロビンちゃんやビビちゃんも魅力的だし、一人だけに優しくするなんておれの騎士道に反するから……ってロビンちゃん!!? 落ち着いて!!!」


 サバイバルナイフを逆手に掴んだままフラフラと近寄ってくる彼女を見て、サンジは確信する。

 ……この女は病んでいる。自分の手に負えるような女ではないと。


「私も?……も? 何? そのついでみたいな言い方? 私があの女に劣ってるとでも? タクミが振り向いてくれないのは私のせいだって言うの?」

「そんな事は言ってないって!!! でも……だってロビンちゃん!! おれの前では素直にタクミへの気持ちを喋るのに、タクミの前では今まで通りじゃないか!! ロビンちゃんのアプローチの仕方にも、ちょっとは問題があったんじゃないの!!?」


 サンジの言葉を聞いて、ロビンは膝から力が抜け落ちたかのように、その場に崩れ落ちる。

 予想外の事態にうろたえながらも、紳士的に彼女を起こそうと覗き込むと、彼女の顔にはこの世の終焉でも告げられたかのような絶望が張り付いていた。


「私の……せい? 私のせいなの? もう手遅れなの? どうしたらイイの? だって、資料が純文学だけなのよ!!? どうすればよかったのよ!!?」

「落ち着いてロビンちゃん!! 今は確かにナミさんに一歩リードされてる感じだけど、ロビンちゃんにだってまだチャンスはあるから、まずはナミさんより「フフフフフ」……どうかしたの?」


 突然肩を震わせて笑い出したロビンの様子に、サンジは嫌な予感がした。とりあえず左手に持ったナイフを取り上げておこうかと手を伸ばした瞬間、彼女の能力によって彼の身体は床に磔にされてしまう。


「そっか……簡単な事だったわ……あの女が消えればイイのよね?」

「な!!? 何をバカなこと言ってんだ!!? そんな事したらタクミは、ロビンちゃんの事を絶対に許さないぞ!!! 他のみんなだってそうだ!!!」


 逆手に持っていたナイフを握りなおすと、ロビンはなおもおかしそうに嗤う。


「やってみなくちゃわからないじゃない♪ タクミだってあの女には迷惑してるに決まってるもの。それに、もしもアナタの言う通りになったら……その時には、タクミを殺して私も死ぬわ。私と彼は運命で結ばれているから、例えこの世で一緒になれなくても、次の世界で必ず巡り逢えるの♪」

「ロビンちゃん!!! やめるんだ!!! 今のロビンちゃんは普通じゃない!!! 冷静になって「五月蝿いわね……アナタから消える?」……おい……嘘だろ!!?」


 ロビンは幽鬼のような足取りで、サンジの元へと近づいてくる。

 タクミによって手入れされていたナイフの輝きは、それが振り下ろされた時、サンジの命が確実に終わりを迎える事を告げている。


「ごめんなさい。アナタが悪いのよ?」

「……そんな……」


 ロビンの手が勢いをつけるために引かれたその瞬間!!


「全く酷い目にあった。またナミに殴られたみたいだけど、イマイチ覚えてないんだよなぁ。なぁロビン、俺は何かしたのか?」

「タクミ?」

「た、助かった……じゃなくて逃げろ!! ロビンちゃむぼっ!!?」


 タクミに今の状況を伝えようとしたサンジの口はロビンが新たに咲かせた手によって塞がれてしまう。


「なんでサンジは磔になってんだ? 覗きでもしたのかよ。こりないヤツだな……って俺のナイフ!!? どこにあったんだ!!?」

「このナイフならコックさんが間違えて果物ナイフと一緒にしまっていたのを私が見つけたのよ。それでお仕置きのために投げナイフの的になってもらおうかと思ってたところなの♪」

「むーーーー!!? まむみーーーー!!! みめもーーーー!!!」


 無警戒にナイフを受け取ろうとするタクミにサンジは必死で訴えるが、その言葉が届く事はない。

 絶対絶命かに見えたこの状況だったのだが、タクミの行動により、予想外の結末を見せる。


「ありがとなロビン!! 助かった!! 「え!!? あ、うぁ!!?」でもナイフを人に投げるなんて冗談でもヤメろよな。コレはハンターの道具なんだから素人が手を出しちゃダメだ!!」

「きゅ、急に頭を撫でたりするなんて!! アナタちょっと非常識なんじゃないの!!?」


「わ、悪い。ついナミにやる時のクセで。大丈夫かロビン? 顔が赤いぞ?」

「大丈夫だから!! アナタはそのナイフを持ってさっさと出て行きなさい!!」


「でも、コーヒー飲みたくてきたんだけど」

「私が後で持っていくから!! さっさと出て行って!!」


 ロビンの態度に納得のいかないタクミだったが、彼女のあまりの剣幕に押されて、そのまま部屋を後にした。

 タクミの出て行った部屋の中で、サンジは拘束を解かれて自由を得る。ほんの数分の出来事だったハズなのに、濃密な数分は数時間にも感じられ、サンジは言いようのない疲労感に包まれていた。


「今、私……あの女みたいに彼と喋ってなかった!!?」

「あぁ、確かにツンデレっぽく見えなくもなかったけど……」


 そこでサンジは言葉を濁す、言ってやりたかった。ロビンちゃんはツンデレじゃなくてヤンデレだと。


「ツンデレ……雨女さんがたまに騒いでるアレね。どういう意味なの?」

「おれも詳しくはわからないけど、ビビちゃんが言うにはナミさんがまさにツンデレのテンプレってヤツらしい」


 サンジの言葉を聞いたロビンは、顎に手をあてて考え込むような仕種をとっている。

 本来は聡明な彼女が出した結論は……


「どうやら彼と仲良くなるにはツンデレというモノを調査する必要があるみたいね。研究対象としてあの女はしばらく泳がせておきましょう」

「ロビンちゃんには似合わないと思うんだけど……まぁ頑張ってよ」


 的外れな事を言うロビンに言いたい事はあったのだが、取り敢えずは一味崩壊の危機がさった事に安堵し、サンジは夕食の仕込みに戻る事にした。




 一連の流れを見ていたメリーは先程よりもさらに深い溜息を吐く、こんなやりとりが日常茶飯事なこの一味。

 ロビンのストッパー役になっているサンジでもなく、一味のストッパー役になっているゾロでもなく、一番気苦労が耐えないのはメリーなのかもしれない。

 彼は自分の上で繰り広げられる愛憎劇から、目を逸らす事など出来はしないのだから。

 この後コーヒーを持って行ったロビンが、その変化を目敏いビビにからかわれて、また船上は混沌へと向っていくのだが、それはまた別のお話。

 彼女の想いが遂げられた世界とも、正史とも関係のない、別のお話。





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〜後書き〜



 どうも、羽毛蛇です。

 もう誰からリクエストされた内容かすら覚えてないくらい前のリクエストなんですが、とりあえず書きました。思ったよりも難しくて、一人称やめてみたりイロイロやってたら日付を跨いでしまいました。ごめんなさい。今回のは完全なIFストーリーなので本編とは全く欠片も関係ありませんのでご注意ください。

 あと、ロビンへの明らかな贔屓が見て取れると思います。リクエスト受けた時はナミ√書けるつもりだったんですけどダメですね。文量が違いすぎます。ロビンヤンデレだったらいくらでも書けそうなんですけど、ナミ√むりです。一緒にやってしまったせいで両想いですらありません。ロビンが本気でヤンデレな状況で完全にナミとくっつくとか無理です。何度シミュレートしてもナミが死んでしまいました。ナミ√を望んだ方々、私の貧困な想像力とロビンへの想いを罵ってください。

 リクエストは随時受け付けます。コレの続きを書いてと言われてもたぶん無理ですが、要望が多数あればいつかやります。いつか、きっと、たぶん、メイビー。

 なんかノッてきたので次の更新は早いかもです。と言ってなんども裏切ってきた私なので、あまり期待せずに次の更新をお待ちください。ではではノシ

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